過去の因縁

 お暇の提案にサラは仕方ないわね、と一言呟くと、チョークを開放した。サーニャはそのままばたんきゅー。


「んじゃ、あたし達はもう帰るから。姉さん、ルーク義兄さんに愛想尽かされないようにね」

「し、しぬかとおもった…………」


 駄目だ、聞こえちゃいない。

 溜め息を吐いてサラが客間から出ようとする。

 が。


「あーーー……サラ、ちょい」


 サーニャがサラの事を呼び止めた。

 返事と共に振り返ると、サーニャは喉を抑えながらではあるが、サラに呼び止めた理由を伝える。


「あんた、学生時代に因縁つけられてたりしなかった?」

「因縁? ンなもん大量に付けられたけど」

「大量て……いや、なんかね? ウチにあんたの客が一回来たのよ。なんでも、学生時代の借りを返すとか言って。女の子よ」

「は? なんでここに?」

「外にはハインリッヒ家の娘とビアード家の次男が結婚した、としか伝えてないからね。私の事知ってるのって同級生程度だったし、結婚したのがアンタって勘違いしたのかも。なんか短気な感じの子だったし」

「ふーん? で、ソイツはどこに?」

「さぁ。ハインリッヒ家の領地を回ってりゃその内見つかるんじゃない? って伝えといたけど」

「なんかよく分かんないわねぇ……まぁいいわ。あんがと、教えてくれて」

「ういうい」


 例え先程までチョークをかけられていたとしても姉妹は姉妹。それに、しっかりと教育は受けた貴族だ。

 ティファが居る手前、あまり物騒な事は言えないが、言葉の裏は理解している。

 宙域では勿論のこと、生身の時も極力気を付けろ、と。


「送迎は?」

「2人用意してあるから。けど、このコロニーの中だけよ」

「わーってる」


 となると、相手の事が分かるまでは大っぴらに動く事は止めておくべき、か。

 トウマも今は別件で離脱中なので、彼を巻き込む前にこちらはこちらでどうにかしておくべきか。


「ティファ」

「ん?」

「ちょいとあたしの事情に巻き込むけどいい?」

「さっきの因縁ってやつ? 構いやしないわよ。こっちの事情に死ぬほど巻き込んでるし」

「さんきゅ」


 2人はそのままサーニャとルークの家を出て、2人の使用人……執事が1人とメイドが1人待機しているリムジンに乗って家を離れる。

 が、行くべきは船ではない。


「ねぇ、港じゃなくて近くのホテルで下ろして」

「よろしいのですか?」

「えぇ。ただ、このコロニーにいる間は、分かってるわね?」

「勿論ですとも。船に乗るまでの送迎はお任せを」

「ほんと助かるわ。今度、あたしの方からボーナス振り込んどく」


 デキる使用人は好きよ、とサラは追加で声をかけた。

 ちなみに、この2人は翌月の給料に加えてボーナスで3桁万の金が振り込まれているのを見て目を見開くことになる。

 それがサラのポケットマネーから簡単に振り込まれているのだから恐ろしい。


「……で、この間訪ねてきたって言うあたしの知り合い、名前は名乗ってた?」

「えぇ。確か、ゴールディング子爵家の方だったかと」

「ゴールディング………………セルマ・ゴールディング?」

「そう名乗ってましたね」

「セルマ・ゴールディングかぁ…………あー、めっちゃ因縁付けられてた。覚えてる覚えてる」


 サラが眉間を揉みながら溜め息を吐く。

 名前を思い出せば記憶の中から彼女の顔が出るわ出るわ。

 思わず溜め息を吐く程度には。


「そんなに?」

「そんなに。あの子の家、ネメシスの自動制御AIの作成に力を入れててね。結構強かったんだけど、ランドマンには勝てなかったの。最初はランドマンに突っかかってたんだけど、ランドマンに負けてからは何でかあたしに因縁付け始めてね……」


 頭の中に浮かぶ情景。

 ランドマンに手も足も出ずに負けるAIが乗ったブレイクイーグルと、その光景を冷めた目で見ている自分。

 そんな自分を睨みつける、子爵令嬢。

 高飛車という言葉がピッタリなお嬢様がプライドをズタズタにされ、しかし相手は冷めた表情で冷めた目。

 侮辱されたと思ってもおかしくはない。


「その因縁の理由は、ランドマンさんの主だから?」

「そゆこと。従者の力は主の力でもあるの。AIより強い人間なんてあり得ない。人間に負ける程度ならゴールディングの財産はたった一人の軍人に劣る。そんな事は許せないってね」

「滅茶苦茶ね……」

「貴族ならよくある事よ」

「そ、そうなんだ……でも、そのAIがそんなに強いなら、軍で使わないってのはおかしくないかしら?」

「コストが高いのよ。ネメシス1機のコクピットをAI用に改造するコストがね。ティファなら分かるでしょ? コクピットブロック丸々特注した時の金額」

「なーるほど。そりゃ軍でも迂闊に使えないわね」


 具体的にはコクピットブロックだけでブレイクイーグルが数機は買える。

 しかも、そのAIは事前に入力した命令はこなせるが、それ以上の命令はこなせない。

 戦況が秒単位で変わる戦場でAIはそれに対応しきれないのだ。

 故に、AIパイロットはまだ導入されていない。

 それが導入されるのは最低でも数世紀は後になる。


「そういう訳で、本当に悪いんだけどセルマの事を調べるの手伝ってほしいの」

「それはいいけど、トウマはどうする?」

「今、トーナメント中でしょ? それに、偶には男友達と2人きりで遊ぶいいタイミングだと思うし、暫くは好きにさせときましょ」

「そうね。なんやかんやトウマには気を使わせること、そこそこあるしね」


 流石に女の中に男一人の環境が続けば気遣いも自然にはなってくるが、それはともかくとして偶にはそんな自然な気遣いもしない間柄で遊ぶのも悪くはないだろう。

 と、2人は思ってトウマには数日合流できないと伝えたのだが、実はカタリナとメルが混ざっているため自然な気遣いは続いていたりする。

 それはともかくとして、2人は近くのホテルで車を降り、二人用の部屋を取り、早速行動に入った。


「よし、そんじゃティファ。港のデータのハッキングよろしく」

「任せんしゃい。所でサラ? なんでダブルベッドの部屋にしたの?」

「間違えたわ」

「そんなドヤ顔で言われても……まぁ、2人で一緒に寝るのもそこそこあるし別にいいか……」


 女同士だし、そこまで気にすることもない。

 ダブルベッドに2人で腰掛け、ホロウィンドウをティファが操作する。

 かつてハインリッヒ家に100万で売った例のハッキングツールで港のデータをハッキング。入港記録と出港記録を確認する。

 実はサラの権力があればこんな事せずに閲覧できるのだが、2人ともそんな事は忘れている。


「んーと…………あったあった。ゴールディング家の船が入港したのが2日前。そこから出港は……してないわね。まだここにいる」

「待ち伏せてるのかしら……? どこにいるか分かる?」

「流石にこのツールじゃ個人の動きまでは追えないわ。レンタカーを借りた記録は探せば見つかるだろうけど、それだけね」

「ふーん…………じゃあ、一先ずは街中歩いてセルマを誘き出しましょうか」

「わかった。付き合うわ」

「ん、ありがと」


 と言うことで、2人は街中を、使用人兼護衛の2人を伴って練り歩くのだった。

 が、セルマ・ゴールディングはアクションを見せず。結果的に2人は歩き疲れただけでその日を終えるのであった。



****



 あとがきになります。

 今回もQAをば。今回のは多分気になってる人ちょくちょく居ると思うので。


Q:エルフとかドワーフみたいなファンタジー種族って宇宙進出してるの?

A:してません。この宇宙における人類はヒューマン、地球人みたいな人間だけです。

色んな星の人種が混ざってるので多少肌色や髪色がカラフルではありますが、星毎の遺伝子の差異はその程度です。

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