傭兵同士の戦い

 ハイパードライブのコツは経験が物を言う。

 経験が無いうちは、宙域図を見て距離を測ってここだ、と決め打ちしてハイパードライブしても距離が離れている事がよくある。

 特にトウマはハイパードライブにあまり慣れてないため、よくやりがちだ。


「まぁ、いいか。その内慣れるか……ん?」


 まだ痴話喧嘩は通信越しに聞こえてくるので、早目に着くためにスピード上げるか、とフットペダルを踏み込もうとしたときだった。

 目の前の、ちょうど先程ハイパードライブしてきた船から通信が入っていた。しかも目の前の船は格納庫のハッチを開いている。

 嫌な予感がするが、とりあえず通信を繋げる。


「こちらユニバースイグナイター。どうかしたか?」

『よう兄弟。いや、なに。中々イカすネメシスに乗ってんじゃねぇかと思ってな。その後ろのやつもな』

「分かってんじゃねぇか。この機体イカすだろ?」

『あぁ、随分とな。俺達もネメシスは色々と見てきたが、見たことがねぇ』


 トウマは答え、一度マイクをミュート。目の前の光景と通信の記録を始めてからレイトに話しかける。


「レイト」

『なに?』

「牽引用のワイヤーロープをパージする。戦闘準備だ」

『え? なんで?』

「傭兵ってやつのいざこざだよ。攻撃はしなくてもいいけど、いつでも回避できるようにしておいてくれ」

『わかった』


 作戦会議を手早く済ませ、ワイヤーロープをパージ。ユニバースイグナイターの方で巻き取って回収する。

 これで準備はできた。ミュートを戻す。


「そりゃな。大会のために特別なルートで調達したネメシスだ」

『しかも見た所、その機体、単騎でハイパードライブできるみてぇだな。どこで買った?』

「残念、企業秘密だ」

『なるほどな。だが、少しソイツには勿体無い所がある』

『それは?』

『お前みたいな若造が乗ってる事だ』


 やっぱりな、と思った時には船からネメシスが3機飛び出してくる。


「おいおい。今ここで大会の予行練習か?」

『そういうこった。まぁ、お前らが負けたら機体は置いていってもらうがな』

「そうなったら俺達ゃどうすりゃいいんだよ」

『知らねぇよ。生身で宇宙遊泳でもしたらどうだ? そうなりゃ俺等は大会に出る奴を減らして高値で売れそうなネメシスも手に入れられる。いい事尽くしだ』

「なるほどね。その喧嘩、買った。死んでも恨むなクズ野郎」


 相手のネメシスは既にエネルギーマシンガンをこちらに向けている。

 完全なこちらへの敵対。ならば、むざむざ殺られる気はない。


「さぁて……レイト、オールウェポンフリーだ! あの馬鹿共を殺してやれ!!」

『えっ、殺していいの?』

「ああいう手合はただの賊と変わらねぇからな! こっちで証拠も撮ってるから好きにやれ!」

『なるほど、オーケー。カタリナお嬢様、メルさん、ちょーっとキツいの行きますよ!!』


 敵船との通信を切ってから戦闘行動に入る。

 初撃の敵からの攻撃は互いに避け、どうしても避けられない弾をトウマは変形して盾のエネルギーシールドで、レイトはディフェンダーウィングで防ぐ。

 速度はライトニングビルスターの方が上。しかし、ユニバースイグナイターもネメシス不相応の速度で変形を繰り返してエネルギーマシンガンの弾幕を凌いでいく。


『やっぱイグナイターの変形の速度と精度凄いね!? 何その軌道!』

「こちとら元から可変機だからな! ちなみにそっちの女性陣は大丈夫か!?」

『えっと』

『れ、れーと……よ、よってきもちわるく……』

『流石に三半規管がクソザコ過ぎませんかお嬢様……?』

『カタリナお嬢様が駄目みたいですね』

「乗り物酔いしやすい体質ってナノマシンでどうにかならないのか……?」

『どうなんです?』

『治せますよ? ただ、お嬢様は今まで宙域をネメシスで飛び回る事は無かったので、今初めて露呈した感じですね。今度病院に叩き込みます』


 どうやらカタリナはネメシスに乗ってとんでもない軌道をすると酔ってしまう体質だったらしい。

 チラッと通信モニターの方を見てみると、カタリナの顔が面白いように青くなっていた。

 ちなみに、こんな事をしていてもしっかりとエネルギーマシンガンは避けている。


「おっと、そろそろ奴さん達はリロードタイムか?」

『なら仕掛けよっか』

「だな。んじゃ、そっちは2機よろしく。俺は船の方もやってくるから」

『りょーかい』


 普段から10倍以上の敵を相手している2人にとってこの程度の敵は苦戦するような相手ではない。

 エネルギーマシンガンのリロードを行ってる隙にトウマはユニバースイグナイターで突貫する。


「行け、セパレートウィング弐式ッ!!」


 それと同時に、ユニバースイグナイターの腰部レールガンがパージされ、宇宙を舞う。

 パージされたレールガンはそのまま自身のブースターを使って飛び交い、目の前のネメシスのコクピットをレールガンでぶち抜いた。

 これがユニバースイグナイターに搭載された無線式のウィングだ。


『出てこなければ殺られなかったのに!』


 そしてレイトも、一機は変形を解除してスナイパーキャノンで一撃。

 そしてもう一機は脚部ビームセイバーで真っ二つにした。

 正に瞬殺。この2人を相手にたった3機のネメシスでは碌な時間稼ぎはできなかった。


「さぁて、覚悟はいいな?」


 トウマはセパレートウィング弐式を腰部に戻し、ネメシス形態に変形してエネルギーライフルを敵艦のブリッジに突きつけ、通信を開く。

 覚悟はいいな? その言葉に返ってきたのは。


『ま、待ってくれ! じょ、冗談じゃねぇかこんなの、な?』

「そうかそうか」


 冗談だという言葉。

 それにトウマは笑顔で頷いて。


「じゃあ今からお前の事を冗談で殺すんで」

『畜生!! ハイパードライブで!!』

「喧嘩売った相手が悪かったな」


 ブリッジとエンジンをエネルギーライフルで撃ち抜いた。

 船はそれにより爆発。破片が宙域に拡散した。


「はい終わり。レイト、行くぞ」

『あー、うん』


 変形してエネルギーライフルを背中にマウントしたユニバースイグナイターが先行し、それに遅れてライトニングビルスターが続く。

 しかし、通信モニター越しに見えるレイトの顔は何か言いたげだった。


「……なんか言いたいことあるか?」

『あーー……いや、そうじゃないんだけど。ただ、結構アッサリ殺すんだなって』

「そうしないとこっちが殺られるしな。ってか、傭兵同士が宙域でぶつかって殺し合いなんてそこそこの頻度であるんだぜ?」

『えっ、そうなの?』

「元々、そういう事でしかイキれない奴等の巣窟だしな、傭兵ってのは。お前に言ってないだけでこういうのは別に初めてじゃねーのよ、実は」


 傭兵達は利害が一致すれば協力するが、少しでも自身の損失に繋がると思った相手に対してはすぐに敵対する。

 流石に誰かが見ている場所で殺れば捕まるのでコロニー内などでは起こらないが、宙域ではよくある事だ。

 宙域で相手を殺せばそれだけでほぼ完全犯罪になるのだから。

 トウマとて、こういう経験は少なくない。

 依頼に見せかけた待ち伏せをされたり、ズヴェーリとの戦闘中に援護に見せかけた誤射を何も言わずにされかけたり。

 そうやって敵対した相手は大抵塵になっているが。


「まっ、もしなんか言われても映像証拠を出しゃお咎め無しだよ」

『過剰防衛にならないの?』

「ネメシス持ち出した殺し合いを吹っ掛けた時点でンなもんは存在しない」

『わーお野蛮……』


 だって相手が銃火器より物騒なモンで攻撃してくるんだもん。こっちだって応戦したら相手が死んじゃうことはありえるさ。


「あっちは下衆な考えでこういう事してんだ。死んだって文句言わせねぇよ」

『んー……でもやっぱ物騒だなぁ』

「そうかもしれんけど、よく考えろ。あそこでお前が殺したくないからって無抵抗を貫いて捕まったら、お前の横の婚約者はどうなると思う?」

『前言撤回。殺しとくべきだったね』

「そゆこと」


 どうやらレイトの超えちゃいけないラインにはカタリナへの加害がもう含まれてしまっているらしい。

 なんやかんやで愛してんねぇ、とトウマはニヤニヤ。

 ちなみにカタリナはそんな場合ではなく、青白い顔でエチケット袋を口元に当てている。何が起きてるかは聞かない。まぁ、アレな音は聞こえないのでまだゲロってはいないだろう。


「さーて、次の馬鹿が来る前にコロニーに急ぐぞ。レイト、スピード上げろ」

『オーケー』


 2人はフットペダルを踏み込み、さらにスピードを当ててコロニーへと一直線に飛ぶのであった。

 なお、カタリナはこのスピードアップにより無事、乙女の尊厳を口から射出した。



****


 あとがきになります。

 今回はサラッと出てきたセパレートウィング弐式について。


セパレートウィング弐式

ユニバースイグナイターに装備された腰部レールガンの真の姿。

レールガンが撃てる無線兵器。

ティファの努力によりディフェンダーウィングよりも小型化し、無線化も成功した。が、その代わりに稼働時間に制限があり、5分でイグナイターに戻らないとエネルギー切れとなってしまう。

また、大分小型化しているため、弾薬も実はかなり小さく、貫通力特化ではあるが、素の火力はかなり低めとなっている。

当初はエネルギーマシンガンをこの形にしようとしていたが、流石に無理があった。

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