楽しい楽しい口封じ

 それから3時間ほどあと、ティファはミサキと共に彼女の家の前にいた。トウマは念の為少し離れた所で眺めており、サラは実家に連絡中である。

 どうしてあれから3時間も経っているのかと言えば、単純に港に入るまでの順番待ちがあったからだ。2時間半程は待った。


「えっと、その、本当に大丈夫……?」

「大丈夫よ。あなたの父親みたいな手合は金渡しゃなんとかなるわよ」


 そう言ってティファはインターホンを鳴らした。

 音は鳴らなかった。


「あっ、それ壊れてる……」

「キレそう」


 半ギレでドアを叩いた。

 しばらくすると、ドタドタと音が鳴ってドアが開いた。


「誰だ、こんな真っ昼間から……あぁ? なんだガキ」

「失礼な奴ね。こう見えても成人済みよ」

「そうかい。俺ぁ今機嫌が悪いんだ、とっととどっか行かねぇと…………ん? テメェ、ミサキィ! 今までどこほっつき歩いてやがった!!」

「ひっ…………」

「このガキ、今日まで育ててやった恩を忘れ──」

「おっと。自分の子供をそう殴るもんじゃないわよ」


 玄関から出てきた彼はミサキを殴ろうとしたが、ティファがその拳を手のひらで受け止めた。

 ティファだって傭兵の端くれ。そんじょそこらのゴロツキ相手ならステゴロでもどうにかなる程度には鍛えている。

 最近はリアルファイトはご無沙汰ではあったが、鍛えてない男との1対1なら流石に負けることはない。


「ンだこのガキ! テメェからぶっ殺してやっても!」

「こっちは交渉に来たのよ。あんたの娘の」

「あぁ? 交渉だぁ?」

「身請けってやつよ。ここでその話、した方がいい? もしも大声で話したら明日には警察が呼ばれるかもね」

「…………チッ、入れ」


 これでまずは交渉の第一段階成功。

 トウマはそれを見てから端末を耳に当てる。端末はティファの端末と通話が繋がっており、交渉の内容が聞こえるようになっている。

 もしも何かティファの身にあればトウマがフル武装で殴り込みをかける手筈である。

 現にトウマは警棒に防刃ベスト、防刃手袋といった、拳銃以外のミーシャから護身用に買っておけと言われた防具やら武器を全身に装備している。流石にここまで色々と装備してたらトウマでも時間を稼ぐくらいはできるので。

 一方、家の中に入ったティファは交渉を続けていた。


「それじゃあ、交渉ね。内容は至極単純。この子、ミサキをわたし達は引き取りたいと考えているわ」

「なんでだ」

「言う必要ある? 自分の娘の事でしょ? 何が得意かとか知ってるはずよね?」

「知らん。とっとと言え」

「あらそう。まぁ、端的に言えば彼女の体目当てね。需要があるのよ、こういう子は」


 間違っちゃいない。

 体、と言うよりも才能目当て。

 需要はある。主にティファみたいな傭兵業をしていたりサラみたいに騎兵団を抱えているようなのには。


「なるほどな。で、幾ら払う?」


 ニヤニヤとしながら男は聞く。

 ミサキを幾らで買うのか、と。


「これくらいでどう?」


 ティファが提示したのは、100万。男にとっては喉から手が出るほど欲しい額だろう。

 だが。


「安いな。俺ならそのガキでもっと稼げる」

「……どっから来るのよ、その自信」


 下に見ているのか、それとも本気でそう思っているのか。ティファは心底嫌そうな表情で相手に聞こえない程度の音量で吐き捨てた。

 だが、すぐにビジネススマイル。そう。と一言。


「なら、幾ら欲しいの? この端末に入力しなさい。金額を入力したら、誓約書が出てくるわ。それも読んでサインをしなさい。それでこっちが構わないと判断したら契約は成立。この子は連れて行くわ」


 端末を投げ捨てるように渡す。今回限りの使い捨ての端末だ。

 男はニヤニヤしながら額を入力し、誓約書を流し読みしてサインを入れる。

 誓約書には特別な事は書いていない。

 ただ、サインを入れた者は先に入力した額以上の請求をしない事。『商品』を買い戻すには先に入力した額+100万を払う事。この取り引きを口外しないこと。これらの契約を破った場合、あらゆる手段を用いて対象を『排除』する。

 これだけだ。

 それを読んでいるのかどうかは知らないが、男はサインを入れると、端末を投げ返してきた。


「ほらよ」

「確認するわ」


 入力された額は。


「…………2000万」

「払えるもんなら払ってみろよ、傭兵さん?」


 なるほど、中々の額だ。

 だが、相手は誓約書を読み飛ばしていると思うので、一応。


「…………契約が成立したら、あなたはこの額以上の額を請求しない。この子を買い戻すには、この2000万+100万を必要とする。取り引きを口外しないこと。契約を不意にした場合はわたし達の如何なる手段を用いても……お前を殺す。それでいいわね?」

「あぁ?」

「誓約書に書いてあった事よ。念の為の確認」

「言いやしねぇよ、ンな事。バレたら俺がしょっぴかれるだろうが」

「ならいいのよ。じゃ、契約成立。コレに2000万突っ込んでおいたからこれごとあげるわ」

「は?」


 相手が誓約書の内容を理解したならいい。

 2000万でミサキを引き込めるのなら安いものだ。

 2000万を端末に送り込んで投げ渡す。すると、男は呆気にとられた顔でそれを受け取り、そこに入っている2000万の金を見て呆けた。


「んじゃ、行くわよミサキ」

「う、うん……あの、本当にこれでいいの? あたしのために2000万も」

「あなたの才能で2000万なら安い方よ。なぁに、リゾートコロニーに4人で1週間泊まった額と同程度なんだから安い安い」

「ぜ、絶対安くない……というかこれ、やっぱり普通に人身売買……」

「あら、違うわよ。これはあの男にあなたの行動を縛らないっていう契約をしてもらっただけ。こっからわたし達の方で働く場所は融通するけど、強制じゃないわ。まぁ、働くとは言っても数年は見習いだろうけどね」


 ガッツリと人身売買です。

 ただ、人身売買された本人はそれでいいと思っているし、相手側も2000万が降ってわいてきて喜んでくれているだろう。

 誰も損しないなら人身売買だって手段の一つだ。


「さて、あなたの父親が再起動する前にトンズラするわよ。そら急げ急げ」

「わ、わ、わ」


 そうしてティファはミサキを連れ、彼女の家を離脱するのであった。

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