示すは価値、未来開く才能

 明らかにおかしい。しかし、あの子がそんな事できるはずない。

 そんな2つの言葉が3人の中で反響する。


『……なんか速くね?』

『そうね、なんか……いや、速い、というよりも、上手い?』

「速いって……確かにあの子、スペースイグナイターはカタログスペックだと3機の中で真ん中の速さだけど、ユニバースイグナイターの方が速いはずよ?」


 第3のイグナイター、スペースイグナイター。

 青と白のカラーリングのこのイグナイターは、レイトのために作られたイグナイターだ。

 だが、本人がスペースイグナイターを受け取ることを固辞した為、2人の予備機として格納庫で眠っていた機体だ。

 スペック的には他のイグナイターとはあまり変わらないが、一応3機の中では2番目に速度を出せる機体でもある。

 だというのに。


『な、なんだ!? ユニバースイグナイターで追い付けねぇぞ!?』


 一番速いユニバースイグナイターが追い付けていない。

 一向に距離が縮まらないどころか、徐々に離されていく距離を見て思わずトウマが声を荒げた。

 ここまで追い付けないということは、トウマとミサキの間に隔絶たる腕の差がある事に繋がってしまう。

 故にこれは明らかにおかしい。一体何が。


『……分かってきちゃった』


 通信越しにミサキの声が聞こえてきた。

 ──宇宙に一対の羽広げ。

 羽ばたくように。

 ただ、前へ。前へ。天へ。宇宙へ。


『さっきまでは腕とか足とかよく分かんなかったけど、足のコレを押し込んで棒を動かせばいいなら……!!』


 柵も何もない宇宙。閃光の如く舞えばどこまでも行ける。

 そんな確信を持ち、ただ前を見据え、天へ上り、宇宙を駆ける。

 変形して飛んだ瞬間に感じた、。その感覚を信じてミサキはひたすらに飛ぶ。


「あー………………なるほど、これアレね。サラみたいなバグ」

『誰がバグよ』

『こうやって飛べば!!』


 どんな分野にも天才は存在する。

 狙撃の天才はレイト。ネメシス操縦の天才はサラ。メカニックの天才はティファ。

 その誰もが、下地は基本的にとんでもない。

 1を知れば10を身に着ける。そんな化物共だ。

 ならば、ならばだ。

 もし、ミサキがネメシスの操縦ではなく、航宙戦闘機の天才であったなら?


『もうあんな所には戻らない……! 飛んで、翔んで! 逃げて!!』

『チィッ!! ティファ! スペースイグナイターをある程度壊してでも止める! いいな!!?』

「…………そうね、構わないわ。ちょっと確かめたい事もあるし」

『了解ッ!!』


 トウマもサラも、巡航形態の扱いには慣れたものだが、天才と呼べるほどではない。

 2人の本業はネメシス戦。航宙戦闘機の戦いは中の上程度。

 そんな2人の内、努力の天才でもあるトウマをぶつけたらどうなるか。


『いい加減、止まりやがれ!!』

『わっ!? う、撃ってきた!!?』

『殺しはしないが、止めさせてもらう!!』

『いやだ!! あたしはもうあんな所に戻らない!! 戻されない!!』


 2条の流星が宇宙を駆ける。

 流星によるドッグファイトは時に直線、時に曲線。様々な線を描いていく。

 ミサキが乗るスペースイグナイターは細かなテクは使っていないが、メリハリの効いた動きと直感だけでトウマを引き離し、トウマはそれを追うのがやっとの状況。

 そもそもトウマの本領ではない航宙戦闘機でのドッグファイトとは言え、あのトウマからあそこまで逃げられるのは流石だと言わざるを得ない。


『……ねぇ、ティファ』

「えぇ。全く……天才ってそこら辺に落ちてるもんだったかしら? これじゃあ怒る気も失せるわね」


 ティファがあの子を警察に突き出そうとしたのは本気だ。何せ、密航された挙句、土産をつまみ食いされ、更には機体強奪。

 子供だろうが犯罪役満。結果的にそうなったとは言え、それが通る程の規模ではない。

 だが、ミサキが価値を示せるのなら。

 これらの犯罪から目を逸らして彼女の身柄を確保したいと思える程の才覚があるのなら。


『ふーん。で、そんな逸材を偶々見つけたわけだけど……どーする?』

「どうしましょうかね。サラ、あなたも混ざってきて。それでも逃げて、『着火』しても逃げれるんなら連れていきましょ」


 余ってしまって予備機となってしまったイグナイターのパイロットにしてやってもいいと考えられる。

 まぁ、パイロットにしたらその後の事はハインリッヒ家におまかせだが。

 どこに出しても恥ずかしくないパイロットに仕立て上げるのがいいだろう。

 それに、いつまでもメインパイロットが居ないのはスペースイグナイターも可哀想だ。ここら辺でパイロットを見繕うのが丁度いいだろう。


『へぇ、本気?』

「あんたの家、ああいう子欲しいでしょ? どうせ家庭崩壊してるんだし、拉致ってあんたの家の専属パイロットにしても何も起こらないわよ」

『ウチを人身売買業者みたいに言わないでよ……まぁでも、高速戦闘に特化した人材ねぇ。金の卵間違いなしだし、ここでテストしちゃいましょうか!』


 そして、ドッグファイトにサラが混ざる。

 黒と白の流星が追うは青と白の流星。

 放たれる弾をいつの間にやら身につけたバレルロールや変形しての急制動で躱し、ネメシス戦へと持ち込まないようにひたすらに逃げる。

 その動きは天才としか言いようがない。

 まさか今日初めて乗った、動かし方も分からない、変形するネメシスで猛者である2人から逃げてみせるなんて、想定外も想定外だ。

 これはいい拾い物をしたのかもしれない。


『クソッ、2人がかりでもこれかよ!!』

『後ろに目でも付いてんのあの子!!』

『よく分かんないけど、なんとなく分かる! どうやったら逃げれるか!!』

『これだから才能マンってやつは!!』

『同感!』

『うるせぇ才能マン!!』

『えっ』

「おーい2人とも。そろそろ本気でやりなさい」


 さぁ、最後のテストだ。

 もしもこれを潜り抜けれるのなら、本物だ。

 そんな本物は、あんなコロニーで屑な親の元で腐らせるのはあまりにも惜しい。


「スペースイグナイターのあんた。えっと、名前、なんだっけ?」

『え? あたし? ミサキだよ』

「ミサキね。じゃあ、ミサキ。もしもあそこに戻りたくないなら、価値を示しなさい。あなたが乗っているその子の力を引き出して、後ろの2人から逃げきってみせなさい。そうしたら、あなたを連れ出してあげる」

『価値……? よく分かんないけど、逃げればいいんだよね?』

「そう。あなたの才能は、捨て置くには勿体無いとわたし達に思わせなさい。あなた自身の力で」

『…………やってみる!!』


 さぁ、ここからが本番だ。

 トウマとサラも、ティファの言葉で何となくやるべき事を察し、意識を切り替える。

 ここからは、本気で捕まえる。

 そのためには力の温存も、しない。


『だったら、行くぜ、サラ』

『えぇ、本気で行くわよ!』

『リミッター出力開放! 余剰エネルギー放出!!』

『全制限開放! 臨戦機能抜剣!!』

『イグナイトシステム、ブーストアップ!!』

『イグナイトシステム、アクティブ!!』


 イグナイトシステム。それを使用した瞬間、2機のイグナイターが青い光に包まれる。

 各部の関節から漏れ出た青色の光は機体を包み、そして今までのスピードとは桁外れのスピードを与える。

 全身からのエネルギー放出による加速とエネルギー防御膜の展開を行う、イグナイター共通の時限強化。

 それこそがイグナイトシステム。イグナイター達の真の力だ。


『速くなった……!?』

『イグナイトシステムを切ったんだ、さっきまでの俺達とは思うなよ!!』

『これから逃げ切れたら本物よ!』


 そして、真の力を引き出したイグナイター達がスペースイグナイターを追う。

 流石にカタログスペックが違いすぎるためすぐに追いつかれるものの、そこからスペースイグナイターは捕まらない。

 攻撃は避け、ネメシス形態へと変形してからの捕縛は加減速を使い分けて避けてみける。

 ネメシス形態での理論値を叩き出せるのは間違いなくトウマとサラだ。

 だが、ミサキはそれとは真逆。巡航形態の理論値を叩き出している。しかも、殺す気が無いため攻撃の頻度がかなり少ないとは言え、間違いなくこの世界で最強のネメシスパイロット2人から逃げられている。

 間違いなくその才能は本物だ。

 しかし、それでも限界はある。


『捕まえ、た!!』

『う、うそっ!?』

『よくやったわトウマ! こっちも抑えた!!』

『う、動かない!? そんな!!?』


 流石にイグナイトシステムを切ったイグナイターと、イグナイトシステムを使っていないイグナイターでは天と地ほどの差がある。

 いくらパイロットの腕が良くても捕まって当然だ。


「はいご苦労さま。2人とも、スペースイグナイターを連れて帰ってきて」

『はいよ』

『りょーかい』

「それと、ミサキ」

『っ…………』


 逃げ切れなかった。捕まった。連れ戻される。

 その言葉が頭の中で連想され、ミサキは泣きそうな顔を浮かべる。

 だが。


「よくやったわね。凄いじゃない」

『…………え?』

「あなたは自分の価値をしっかりと示した。その才能、あなたの屑親父の下に置いておくには勿体無いわ。だから、あなたが望むなら、連れて行ってあげるわ。その才能を活かせる場所に」


 十分だ。

 イグナイトシステムを切ったイグナイター達から短時間とは言え逃げ切ったのだ。

 まだネメシスに乗って数分も経っていない女の子が、だ。

 その才能は磨けば更に光る。あまりにも大きすぎる原石だ。使いようは幾らでもある。

 だから。


「あなたの父親の件は任せなさい。こう見えても金はあるのよ、金は」


 その原石は、今の内に抱え入れる。

 情も湧いてた事だし。


「さーて、楽しい楽しい人身売買の時間よ」



****



 あとがきになります。

 今回は第3のイグナイター、スペースイグナイターとイグナイトシステムについて。

 イグナイター達はスパロボ的にはトウマ、サラ、レイト、ミサキの4人で乗り換えが可能な感じ。そしてミサキは回避値がニュータイプ並+天才技能持ちの代わりに攻防のステータスが終わっているイメージ。実際に書いている時もニュータイプに目覚めた人間、みたいな感覚で書いてたり。

 初手加速で敵陣の真ん中に突っ込んで回避しまくって生存する光景が見える。


スペースイグナイター

ティファの作ったイグナイターの3番機。

レイト用に開発された機体であり、武装はエネルギースナイパーキャノン、ビームセイバー、ディフェンダーウィング弐式。

ミサキ搭乗時は武装を装備していなかったため、ビームセイバーとディフェンダーウィング弐式のみ装備済みとなっていた。

ディフェンダーウィング弐式はかなり小型でバックパック内にマイクロミサイルの代わりに格納されている。(ケルディムガンダムのシールドビットが2つだけ格納されているイメージ)

この小さなシールドから巨大なエネルギーシールドを展開する他、エネルギーライフルと同等の弾を放つ事ができる。

レイト用に開発されたものの、レイトが受け取りを固辞したため、トウマとサラの予備機となっていた。

イグナイトシステムとハイパードライブも搭載しており、スペックは5.5世代ネメシスと言えるものになっている。


イグナイトシステム

機体名であるイグナイターの語源であるシステム。

発動すると全身の関節から青色のエネルギーを放ち、それを纏ったような見た目になる。

外見イメージはn.i.t.r.o+V-MAX。一応V-MAXみたいに体当たりで敵を貫く事もできるが、敵の装甲がある程度厚いと普通に事故になるので推奨はされていない。

エネルギー放出による機動力の強化と、マシンガン程度の実弾を弾くバリアとして機能する。

制限時間は無いため、好きな時に好きなだけ発動可能。出撃後常時使っていても問題は無いが、あまりやりすぎるとティファの舌打ちが飛んでくるため、基本的には気力がある程度滾ってきたら使うのがオススメ。

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