少女の事情/決意

 トウマ達から荷物を受け取った少女はそれから2時間ほどかけて港へと到着した。

 自転車のような乗り物もなく、ただ歩きで。

 朝の早い時間から家を逃げるように出てトウマ達の居た場所の付近を夜まで出歩き、仕事を貰えれば往復。昨日今日のように割のいい仕事に出会えた時は適当な所で座って時間が経過するのを待つ。

 それが少女の日常だった。

 2時間かけてようやく着いた港。そこに入って昨日も歩いた道を歩き、一隻の船の前へ。

 大きな船。大型船に分類されるソレは少女が同じことを何百年頑張っても買えないような途方もない値段がする船だ。

 それを一瞬見上げ、すぐに視線を落として目的のコンテナまで歩く。

 小さなコンテナには昨日入れたばかりの土産が入っており、それらと一緒くたに土産を纏めて入れる。


「……いいなぁ」


 ポツリと少女は呟いた。

 船を見上げて、コンテナを見て。

 この船で好きなだけ宇宙を旅できたら。ネメシスに乗って金を稼げたら。

 そうしたら、あんなのの家から出られて。


「…………行こ」


 トウマ達の前で見せてた活発さは鳴りを潜め、暗い表情をした彼女は踵を返した。

 港を出て空を見上げると、そういえばもうお昼だ、と思い当たる。それと同時に感じる空腹感。

 だが、腹が減っても食べるものはない。

 食べ物は家に帰って、父親からお情け程度に与えられる酒のツマミや父親が食い散らかして余らせた残飯程度。

 このまま歩いてもただ疲れるだけだと、少女は港から歩いて離れ、適当な公園のベンチに座りボーッとする。

 時折巡回中らしい警察官が来るので、そういう時はそっと隠れる。

 何度か警察に補導された事はあったが、その度に父親が迷惑そうな顔でやってきて彼女を引き取り、家に帰ったら殴る。それが繰り返された。

 だから、警察には見つからないようにしている。見つかれば父親に殴られるから。


「…………はぁ」


 溜め息を吐いて時間が経つのを待つ。

 そうしてようやく、時は夕飯時を過ぎて、普通の子供なら寝ててもおかしくない真夜中になる。

 その時間になってから少女は家に帰る。

 父親に寝ててくれ、と願いながら。


「…………ただいま」


 家に入り、靴を脱いで居間へ。

 父親が寝ててくれれば、本当にいいのだが…………


「あぁ? ミサキか。ようやく帰ってきやがったか」


 父親は起きていた。

 しかも、手には昨日の稼ぎで買ってきたのであろう酒が握られている。


「で、今日はどんだけ稼いできたんだ」


 何も言わずに少女、ミサキは端末に金をチャージして渡す。

 その額を見て父親は舌打ちをした。


「けっ、昨日と同じかよ。まぁいい、これでまた酒が買える」


 そうして父親は礼の一つも言わずに金を巻き上げる。

 いつもの光景だ。

 だが、安堵した。酔っていてもこっちを無意味に殴らない程度の理性は残っているらしい。

 ならあとは何も言われないように自分の定位置に戻って寝るだけだ。


「……あ? もう酒が無くなっちまった」


 知ったことか。


「おいミサキ」

「……はい」


 呼ばれた。多分、また殴られる。


「酒買ってこい」

「え?」

「いいから酒買ってこいってんだよ。聞こえなかったのか?」

「あ、あたし、お金ないよ……?」

「あぁ? 知らねぇよ、金がねぇんなら盗んでこい!」


 そう叫びながら父親はミサキの事を殴った。

 栄養不足のため小柄で軽いミサキの体はそれだけで吹き飛んでしまい、壁に背中を打ち付ける。


「俺に口答えする気か、あぁ!? 盗んでこいっつったら盗んで来るんだよ! 誰のおかげでこの家に住めてると思ってんだ!?」


 とうとう無茶振りもここまで来たか。

 ミサキは殴られた頬を抑えながら、内心で悪態づく。

 だが、悪態づいて何もしなければまた殴られる。ミサキは何も言わずに立ち上がり、そして家を出る。

 そうして夜の外を歩くと、自然と涙が出てきた。

 もう嫌だと思ったからか。頬が痛いからか。頼れる人が誰も居ないからか。

 それも全部ひっくるめて、全部が全部嫌になっちゃったからか。

 物を盗む度胸なんてない。したところでどうせ失敗して捕まって、アレに殴られるだけだ。


「…………なら、いっそ」


 逃げちゃおうか。

 ミサキの足は、自然と港に向かっていた。

 どうせ行方不明になったってアイツは何も言わない。探しやしない。

 だから、あと何日かかるか分からないけど。

 あそこでじっと待ってれば、きっと。

 ──ふと、空を見上げた。

 鳥すら飛んでいない、人工の空。人工の雲。

 あぁ、だけど。

 あぁ、何故だろうか。無機質な空だというのに。

 今は、あの空を自由に飛んでみたい。一対の羽根を広げ、どこまでも、どこまでも。

 その光景を、ただ夢想した。

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