センチメンタルな心、酒の力

「……ねぇ、トウマ」

「ん?」

「故郷に帰りたいって思ったこと、ないの?」


 コロニーに人工的に作られた雲を眺めながら、ティファが聞いてきた。

 雲の向かいにある建物は光を発しており、それが星のように見えなくもない。


「……無いって言ったら嘘になるな。最初は結構ホームシックが酷かったし、今でもふと、ホームシックになる事あるし」

「そうだったんだ」

「でも、帰れないからさ。我慢するしかないよ」


 漂流とはそういうものだ。

 一方通行の道を無理矢理進まされて。そうして帰れなくなって。

 その苦痛は、同じ漂流者にしか分からない。

 レイトだって、表面上は平気そうにしているが、裏ではホームシックになって辛い思いをしている時もある。


「……だったらさ、ココノエに住んだら、すこしはマシになったりする?」

「住むって……」

「ココノエってトウマの故郷に似てるんでしょ? なら、ここに住んでる方が落ち着くのかなって。ふと考えちゃって」


 竹とんぼを回したり、けん玉で苦笑したり。

 懐かしい物で遊んで、そして故郷を想うトウマの顔は、見たことが無い顔だった。

 いつもの馬鹿みたいな。戦う時の真面目な。そんな顔ではなかった。

 懐かしいな、と故郷を想い、何かを悲しむ顔だった。


「わたし達さ、ゴールなんて決めてないでしょ? ただ、そうする生き方しか知らないからそうしてるだけで」

「……そう、だな」

「元々のわたしの目標なんて達成してるし、サラだって今のやり方の方が性に合ってるだけ。ゴールなんて決めてないから今もこうしてるだけ」


 その言葉を否定なんてできなかった。

 ただ今の生き方が性に合ってるから。だから前へ前へと進んでいって。

 気が付いたらゴールなんて気にせずに生きていた。

 だけど、今日、思い返してしまった。

 エネルギーマシンガンの件も一段落付いて、やることも無くなって。

 そうしてようやく、これから先どうしようかと考えて、何もない事を理解した。


「まだわたしだって22だから、先の人生の方が長いのは分かってる。けど、今のままの生活を続けても、きっといつか飽きちゃうと思うの」


 縁側の外縁から足を外へ投げ出して。上半身はそのまま仰向けで寝転がって。

 浴衣が少しはだけるのも気にせず。横にトウマが居るのも気にせず。

 思わずトウマが少しだけ顔を赤くして視線を逸らす。普段はメカキチをやってるが、本気でロボットにしか情を持たない訳じゃない。

 というよりも、普段ロボットにエッチエッチとふざけて言っているだけで、マトモな性癖は持っている。

 故に、視線を逸らした。

 それを知らずにティファは、どこか疲れたような声色で心情を吐露する。


「いつの間にか戦うことだけが目標や目的になる、なんて事も考えちゃって。なんでかしらね、急にこんな事考えるなんて」

「…………浴衣の下、見えるぞ」

「いいわよ、別に。どうせ暗くて見えないもの」


 話題を逸らすためのセンシティブな会話も流された。

 ティファの言葉への答えなんて考え付かなかったから。だから、わざとそんな事を口にしたのだが、彼女は気にも留めなかった。


「……お父さんとお母さんに会いたいな」

「…………」

「わかってるわよ。今更親に甘えるような歳じゃないって。でも……人生の先を誰かに示してほしいって、時には思うのよ」

「……わかるよ、その気持ち」


 大学生になってからだ。

 今までのトウマは自立なんて言葉からは程遠い事しかしてなかった。

 親や先生に相談して。正解を聞いて。そうして今後のために独り暮らしして。

 そうして、取るべき単位も一人では理解できず。もっとのめり込みたい物ができて。

 落ちる所まで落ちて。


「俺だって今でも先の事は誰かに委ねてる。主体性なんて無くてさ。多分、ティファとサラの言う方向に犬みたいについて行って……」


 なんとなく、甘いジュースはもう飲みたくなかった。

 酒の缶を手に取り、プルタブを開ける。

 普段飲まないのは、アルコールそのものの味と匂いが好きじゃないからだ。

 でも、偶には飲みたくなる。


「はぁ……だからさ、わかるよ。その気持ち。でも、ティファもサラも、俺より立派だ。ほんと、立派でさ……」


 戦うしかできない自分が、情けなくなる。

 ティファについて行かないと一人の人間として生きていく事すらできないであろう自分が、情けなくなる。

 酒が入ったせいで、余計に。

 まだアルコールは体に回ってないが、多分、そう。酒のせいだ。

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