100光年の感覚
原生生物という呼称は恐らく現状正しくないと判断し、ティファ達3人はあの蜂の事を宇宙害虫と一度呼称することとした。
アレは獣ではなく虫であり、更に人間にとっては間違いなく害虫であるということから、宇宙害虫。トウマも宇宙怪獣宇宙怪獣言っているとマジでそれっぽいのが出てきかねない、と危惧していたので、この呼称の変更にはホッとしていた。
そんな宇宙害虫の出現地点は、あの宇宙害虫の巣窟となっていた惑星から100光年は離れた場所だった。
「……なぁ、やっぱりおかしくないか?」
ハイパードライブでの移動中、トウマはパイロットスーツに着替えたまま待機中のサラに声をかけた。
「ん? 何がよ」
これから宇宙害虫の駆除を行う。つまりは虫を間近で見なければならないという事実に心底参った様子を見せていたサラはトウマの言葉に若干投げやりに返事した。
「いや、な。奴等って所詮は生き物だろ?」
「そうね」
「そいつらがなんで100光年も離れた場所に居るんだ?」
ティファやサラからしてみれば、100光年などそう遠い距離ではない。
ハイパードライブという技術が確立された現在、100光年なんて距離はトウマ的には車で数十分程度の距離と大差ない程度の感覚だ。
だが、トウマからしてみれば違う。100光年なんて距離は、光の速さで移動しても100年かかる距離。つまりは途方もない距離だ。
通信だって今はハイパードライブを応用した超高速通信により100光年先だろうとほぼリアルタイムでの通話が可能となっているが、光の速度で100年もかかるなんて途方もない距離だ。
「そうね、たかが100光年じゃない」
「いや、100光年も、だろ。考えてみろよ、あの蜂……宇宙害虫はスプライシングやラーマナよりも遅かったんだぞ? それが100光年も先に移動するなんて、どうやったらできるんだよ」
「え? そりゃ普通に……」
「俺達には船とハイパードライブがある。けど、スプライシングで100光年移動しようと思ったらそれこそ100年やそこらじゃたどり着けないんだぞ?」
真っ直ぐ最短で向かったとしても、1000年以上は軽くかかるだろう。
だと言うのに、宇宙害虫は100光年先の場所に存在している。
「…………確かに、おかしいわね」
そこまで言われてようやくサラも気が付いた。
100光年先。そこへ自力で到達しているあの宇宙害虫の異常性に。
「っつー事は……もしかしてあいつらもハイパードライブに近しい何かを使っている、んじゃ……」
それがハイパードライブのような光速を超えた移動なのか、それともワープのようにA地点からB地点へ一瞬で移動する方法なのかは分からないが。
だが、それでも100光年も移動しているという事は、そう言う事だろう。
奴らはハイパードライブに近い移動方法を、生き物という範疇でありながら持っているという事になる。
確かに、宙域生命体であるのならそれはほぼ必須だろう。そう言う移動手段を持たないのにも関わらず宇宙全域で発生しているズヴェーリ――キングズヴェーリはワープ手段を持っていると推定されているが――が異常なだけだ。
星に寄生し、星の中身を丸々自分たちの巣に変え、そして星から星へ、光速を超えて移動する生命体。
それを害虫と言わず何と呼ぶか。
「考えたくは無いけど、そうなる、わね……」
「な、なぁ、もうこれさ、アイゼン公国内で収まる話じゃないんじゃないか? それこそ、この銀河全域にだって……」
「そうだけど、まだそれは予測に過ぎないわ。それに、アイゼン公国内でしか被害は報告されていないんだし……」
今言った事はあくまでも事実から予測した推測に過ぎない。
もしかしたら宇宙害虫は本当に100年以上前から存在し、100年以上移動しているだけかもしれない。
そんなもしかしたらを否定できる材料が、現状はそろっていないのだ。
だから、例えここでトウマが声を上げたとして、他の国からは狂ったと思われるだけで終わりだ。
「実家にはティファが連絡してくれたけど、あたし達にできるのはそれだけよ。今は、こうやって奴らが出た場所へ向かってあたし達が駆除するしかない」
「そう、だよな……」
「ついでに言うと、あたし達だって銀河全域の害虫駆除をしている暇はない。いえ、できるでしょうけど、そうなったらあたし達の今の傭兵生活は終わり。銀河中の国からいいように扱われる害虫駆除業者になり下がるだけよ。だって、駆除できるのがあたし達しかいないんだから」
そうなったら、確かに金はたまるだろう。
だが、代わりに今の自由な生活は終わってしまう。
このまま寿命までの100年以上。もしくは競合他社が出てくるまでの長い年月、3人でただ銀河中の害虫を駆除するだけの人生が始まってしまう。
流石にそれは遠慮願いたい。
「じゃ、じゃあどうすんだよ? アレを放っておいたら……」
「実害が出るまで放っておくしかないわよ。今アレを探知する方法もなく、移動方法すら不明。繁殖方法だって何もわからない。声を上げた所で頭がおかしい人間って扱いになるだけ。あたしの実家でなら対策もできるけど、そこ以外はもう放っておくしかないの」
サラのいっそ非情なまでの言葉に、トウマは黙り込む。
正義感から声を上げる事は確かにできる。だが、そうしたところで、今は実害が出るまで待つしかないのだ。
実害が出る前に動くこともできるが、動いた所でタダ働き。しかも、奴らがどこにいるのかを探すための手段すらない。ボランティアの為に宇宙中を駆け巡るなんて、聖人すら苦痛に思う所業だろう。
「あんたが言いたい事はよく分かるわ。事情を知ってるのに見て見ぬふりして、誰かが死ぬなんて胸糞が悪いって。でも、そうするしかないときがあるのよ、世の中には。事情を話せず、かと言って対策もない事が」
彼女の言葉は、どこか重みがあった。まるで、自分でそれを体験したかのような。
いや、彼女もそれを実際に体験した事は無いだろう。
だが、学んだのだろう。貴族としての生活をする中で、そういう事もあるのだと。それを覚悟しなければならないときが来るのだと。
トウマよりも、よっぽど大人な言葉だ。
「……そう、か」
「そうよ。たった数人で銀河中の人を助けるなんて無理なのよ。それをするには、この銀河は広すぎるもの」
多分、初めてだ。
初めて、この宇宙は本当に、本当に広いのだと。
そう実感したのは。
「……さてっと。なんかしんみりしちゃったけど、気持ちを切り替えなさい。とにかく、今からのあたし達はお金で動く正義のヒーローよ」
「金で動くって……なんか俗物みてーなんだけど?」
「俗物でしょ。あたし達みたいなのは」
「ちげーねーや」
2人して笑い、立ち上がる。
それと同時にハイパードライブが終了。ティファがハイパードライブ終了後に展開するように設定しておいたバリアが自動的に展開される。
バリア展開時の独特の揺れを感じた後、2人は操縦室へと向かってモニターに外の様子を映す。
バリア越しの外の様子は、スペースデブリこそ存在するが、宇宙害虫らしき姿は無かった。
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