いともたやすく行われるとんでもない取引
今回の依頼は、まず目標が攫われた箇所を特定する必要がある。
宙域の移動はほぼハイパードライブの移動が必須であるため、道の途中で移動用の船が襲撃され攫われたという可能性は限りなく低い。
だが、最近はハイパードライブジャマーが流出した事により、道の途中でハイパードライブを止められ、そのまま捕まってしまうというケースも考えられる。
また、宙賊の本拠地を割り出すのも現実的ではない。敵の船を拿捕できたのならまだしも、それができていないのなら、広大な宙域を闇雲に探すしかない。
それ故に、どうしてこの夫婦が拉致られたのかを徹底的にシミュレートする必要がある。
「って事で、大雑把に宙賊の出現予定地点を絞って、それっぽい所を探してみた結果がこれよ」
宙賊の出現にはある程度のパターンがある。
まず、資源採掘惑星が近場に存在していること。そして、人の通りが多くもなく少なくも無い場所であること。そして最後に、周辺宙域に基地を隠しやすい暗礁宙域や小惑星帯が存在していること。
それらを基にして宙賊の出現地点と本拠地がある場所を予測してみた結果が、今ティファが表示した宙域図だ。
そこには大きく円が書かれており、その広さは大体10光年ほど。場所は、アイゼン公国のかなり端の方。国の中でも田舎も田舎な場所だ。
とてもじゃないが雑に探せるような範囲ではないが、それはそれとして少ない情報からここまで宙賊の基地の位置を割り出したのはティファの経験と勘によるものだ。
「凄いけど……これじゃあ流石に虱潰しは無理よ?」
「無理ね。で、そっから更にこっちで色々と情報を集めた結果が、これよ」
更にティファがもう一つの宙域図を表示する。
そこには巨大な小惑星帯が存在しており、その中のいくつかは今も資源採掘に使われている。
その証拠にソコに存在する小惑星帯はとある会社の持ち物となっている事が宙域図にも記載されている。
こういった資源採掘に使われる小惑星帯はよくハイパードライブで通過するので、そこに小惑星帯がある事は知っていても見た事はほとんどない。
だが、だからこそ。
「で、この会社について軽く調べたのよ。その結果がこれ」
ティファが調査した内容は、救出対象の夫婦が最後に通った航路と、その航路から半径100光年内にある宙賊の基地がありそうな小惑星帯と資源惑星。そして、それを保有している会社についてだった。
何故保有している会社を調べたかと言えば、その小惑星帯や資源惑星が会社の持ち物であるのなら、そこに居るのは最悪でもズヴェーリ程度であり、宙賊が居るなど考えもつかないから。もしもそれを利用して宙賊が巣食っていたら、と考えた結果、ティファはそれを条件に情報を集めた。
その結果は。
「……ダミーカンパニー」
「どこの馬鹿が袖の下を握らされたのかは分からないけど、ここを保有している会社はダミー。一見しっかりと手続きもされているように見えるし活動経歴も存在しているけど、その全てがダミー。昔ながらの賊のやり口ね」
そう、ダミーだ。
実績も資金も社員も、その全てがダミー。特に社員は存在しない人間の名前しか使われていなかった。
ここはこの会社が保有している資源惑星で整備もされているだろうから、ハイパードライブで通過しても大丈夫だ。宙賊なんて、ましてや最近話題になっているハイパードライブジャマーなんて出てくるわけがない。そんな思い込みを打ち砕くための、宙賊の狡猾な罠。
しかも、奴らは通る船の八割は見逃し、残りの二割をこの宙域の周辺で捕らえているようで、ここが怪しいと足が付かないよう姑息な犯行に及んでいる。
「もしも奴らが出てくるんなら好都合。出てこないんなら……」
「出てこないなら?」
「小惑星帯を全部大型荷電粒子砲で吹っ飛ばせばいいだけよ。ダミーであることは割れているし、仮に何か難癖付けられても金で解決できるわ」
呆気からんと言うティファの言葉に思わずサラの表情が引きつる。
そんなテロリストみたいなこと言わなくても。
果たして正義の名のもとに行うテロとはどう呼べばいいのだろうか。神の雷でも呼べばいいか。
「まぁ、流石に冗談よ。少なくとも、奴らは周辺宙域で通信をしているはずよ。だから、周辺宙域でハイパードライブを止めて奴等の通信を傍受するわ。で、傍受した通信を基に場所を逆探知して奴らの基地と船の場所を割り出す。これがプランよ」
「よく分からないけど、通信の傍受ってそんな簡単にできるの?」
「簡単じゃないわよ。専門外だし。一応できるってだけ」
「専門外でもできるってどういう事よマジで」
なんでハード面もソフト面も天災級なのだろうかこいつは。
まぁ、それも今更だ。ティファができると言うのならばできると信じよう。
やるべきこと、準備することを決め、ティファとサラは互いに仕事の準備を行い、その頃になってようやく買い出しから帰ってきたトウマにも事情を伝えて彼にも準備をさせて。
アイゼン公国の端の方、ダミーカンパニーが持つ小惑星帯へ向けて出発したのは、仕事を受けてから12時間も経っていない頃だった。
「しっかし、ティファが子供の依頼を受けるなんてな」
「あによ、不満? 別にいいでしょ、偶には親切心で依頼受けても」
「いや、不満なんかねぇよ。こういう偽善的な行動、俺は結構好きなんだぜ?」
「ふん。まぁ、誉め言葉として受け取っておいてあげる」
普段は依頼を受けてほしけりゃ相応の金を積めと言うティファが、子供からの依頼を、子供の小遣い程度の値段で受けた。今までなかったことだが、それでもトウマはこういう事は結構好きだ。
この親切心も、今は金の使い道が結構限られてきたため、偶にはこういうのもいいかと思って湧いてきた親切心であるがためにティファはあまり突かれたくはないみたいだが。
金に余裕が無かったらこんな依頼はいつも通りスルーしていたことだろうし、似たような依頼をスルーした事は珍しくない。
「で、ティファ。逆探知とかはちゃんとできるの?」
「そこは大丈夫。前に賊の基地を逆探で特定した時の応用でツールも作ったし。軍の通信だって傍受できる優れものよ」
「また頭おかしいもの作ってる……」
多分そのツールは軍にだろうと闇市にだろうと売れば相当な利益を生むだろう。
トウマ自身、未来の世界で生きているという自覚があるのにも関わらず、この船は更にその先の未来を生きているような気がしてくる。
ちなみにサラはこそこそとなにやら相談している。盗み聞きしてみると、ハインリッヒ家に友達価格でそれを売ってくれないか、という相談だった。その上、ティファはそれを軽く了承していた。
こんなものまで送られてくるとは、ハインリッヒ家はどこへ進んでいくのだろうか。
ティウス国で一番の軍事力を保有する家になるのではないだろうか。というか最近サラはサラで家の有利になるように自然と動いているような気がする。これも貴族としての潜在意識が成している事か。
「んじゃ、100万で売るから、後はよろしく。さて、そろそろ目的地に到着ね」
「多分これ兄様が大手振って喜ぶんだろうなぁ……」
なんかとんでもないツールがたった100万で売られた気がしたが気のせいだろうか。
多分気のせいじゃない。
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