復讐劇の開幕

 言い訳するように呟きながら、セレスは操作パネルに手を置き、何かを操作した。

 次の瞬間、スピーカーから軽いノイズが入る。どうやら、通信を繋げたらしい。

 中型船の正面を映すモニターには何も映っていない。が、通信を繋げてから10秒ほど経ったのち、正面に一隻の大型船がハイパードライブして現れ、即座にネメシスを20機発進させた。

 

『どうやら仕事は果たしたようだな、使用人』

「……そういう契約だからね」


 その20機のネメシスのマシンガンの銃口が船に向いた後、最後に1機のネメシスが発進し、マシンガンの銃口を中型船に向けた。

 銃口を向けたネメシスは、趣味が悪い装飾と金色のペイント。

 そして聞こえた声と、直後モニターに表示された通信主の顔は。

 

「……ウェイド・ホーキンス」

『誰が俺の名を呼んでいいと言った? が、まぁいい。どうせ貴様はここで死ぬ人間だからな。多少の無礼は大目に見てやろう』


 ウェイド・ホーキンス。

 やはり、やはりだ。

 奴は諦めてなんかいなかった。

 

『貴様に与えられた屈辱、今日まで忘れた日は無かったぞ』

「お前の傲慢さと弱さが原因のソレが? はっ、こんな事するくらいならシミュレーターで訓練でもすりゃよかったんだよ。あっ、もしかしてそれすらできないからこうやって烏合の衆で囲んだってこと? クズが考える事は単純明快だね」

『減らず口を……!!』


 ウェイドを挑発しながらレイトは横のメルを見る。

 メルは小さく頷いた。

 

「それで、その戦力はどこから持ってきたわけ? 傭兵って割には旧式の機体も見えるけど?」

『こいつらはタダの賊だ。金を握らせただけのな』

「へぇ、宙賊。つまりお前は今、宙賊の親玉って事だ」

『遺憾だがな。だが、お前らを殺せばこいつらとの関係は自然と切れる。証拠なぞ残らん』


 その言葉を聞いてレイトは小さく笑った。

 つまり今、ウェイド・ホーキンスは己の事を宙賊だと認めた。

 メルもその言葉を聞いてレイトに向かって小さく頷いていた。

 ならば、後は――

 

「ちょっと待ってよ。レイトとメル、それからお嬢様を売ればアタシの事は助けて、母さんの病気も治すって約束でしょ。攻撃するのはいいけど、アタシが脱出するまでは――」

『そんな約束、果たしてしたか?』

「…………は? あ、あんた、何を!!」

『したかもしれんが……たかが平民にそんな金をかけるのも馬鹿らしいだろ? それに、ここでお前も消せば、煩わしい馬鹿は消える』

「ちょっ、そ、そんな、約束が違う!! あんた達のためにアタシはこっちのスケジュールを売って、指定された宙域でハイパードライブを止めさせたってのに!!」

『知らんな。どこかの馬鹿がここでハイパードライブを止めただけだろう?』

「ッ……!! この、クソ野郎!!」


 レイトとメルは、セレスとウェイドの会話を聞いていた。

 案の定、だった。

 セレスは、レイト達を売ったのだ。

 母親の難病を治すための金で、操縦士を含めたこの船の乗員たちの命を。

 ウェイドは、そう仕向けていたという事だ。

 

「セレス……」


 そのやり取りを聞いたメルはセレスに声をかけた。

 その声を聞き、セレスは表情を歪めて叫んだ。

 

「う、うるさい!! アタシは、アタシは母さんを助けるために!! そもそもビアード家で働いていたのだって、全部母さんのためだ!! ビアード家に忠誠を誓った事なんて、一度たりとも!!」


 セレスは握った拳銃をそのままに、錯乱したように叫ぶ。

 ――分かっている。そんな事、分かっている。


「セレス、隠していましたが、私は……」

「セレ、ス……? なに、してるの……?」


 まずは錯乱したセレスを止めなければ。そう思ったメルが口を開いたが、すぐに後ろから第三者の声が聞こえた。

 振り返ると、そこには待っていろと言ったはずのカタリナが。

 

「なんで……? なんで、ウェイド・ホーキンスがそこに居るの……?」

「お、嬢様……」


 カタリナの姿を見たセレスの動きが止まる。

 きっとセレスは、カタリナにだけはこの光景を見せたくは無かったのだろう。でなければ、操縦室に呼び出す際にカタリナは来なくてもいい、だなんて態々言わない。

 だが、来てしまった。

 その姿を通信越しに見たウェイドは嗤う。

 

『カタリナ・ビアードか。ようやく来たな?』

「なに、を」

『貴様のせいだ。貴様が俺に恥をかかせたから、貴様の使用人も、貴様も、ここで宇宙の塵となるのだ』

「ホーキンス、お前!!」

『事実だろう? 貴様たちはここで死ぬ。あの日、俺に恥をかかせたそこのカタリナ・ビアードのせいでな』


 レイトがウェイドに噛み付く。

 だが、その言葉もカタリナには聞こえない。

 ただ、冷静に、この状況を理解していた。

 船は大量のネメシスに囲まれていて。そして、セレスは拳銃を構えていて。ウェイド・ホーキンスが嗤っていて。

 その原因は、自分で。

 

「……わたしが、決闘をした、から?」


 その根本足る原因は。

 あの日、燃え滾らせた正義で。

 その復讐に来たウェイドが、そこには居て。

 

「お嬢様!」

『そうだ、カタリナ・ビアード。お前のせいだ』


 それが原因で、みんなが死ぬ。

 それを理解した時、カタリナが崩れ落ちた。

 カタリナの心に、その事実はあまりにも重すぎた。

 

『はははは!! これは気分がいい!! さて、後はそこの使用人。確か、レイト・ムロフシだったか?』

「……なんだ」

『貴様の愛機に乗って出てこい。勿論、戦闘行動に入った瞬間、船は撃つがな。あぁ、通信ももう切っていいぞ。もう十分だ』


 ウェイドの耳に触る笑いが聞こえる。それを聞きながらレイトは操作パネルを叩き、通信を切った。

 不愉快だ。あまりにも、不愉快だ。

 だが、まずは。

 

「セレスさん」

「っ……」


 セレスに声をかける。

 セレスはレイトの言葉に声を詰まらせる。

 きっと、責められる。殴られてもおかしくない。殺されたって。

 セレスはそう思い、目を閉じた。全てを諦めるように。

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