裏切り

 それからというもの、特にこれといった波乱は起こらなかった。

 カタリナは毎日が楽しそうで、友達もできたんだ、とレイトやメル、セレスに紹介したり、小テストも最近は調子いいんだ、と笑顔を浮かべたり。

 あの決闘が皮切りとなり、カタリナの毎日は充実していた。

 その笑顔にはメルもレイトも、心からホッとできた。

 だが、やはりセレスの表情は晴れなかった。ただ日に日に、表情は暗くなっていく。

 そうやって毎日を楽しく、ただセレスを心配しながら過ごしているうちに、あっという間に帰省の時期となった。

 この帰省の時期は人によってまちまちだが、カタリナの場合は休日の2日を使ってビアード領に帰省し、両親に学校の事を伝えてからランドマンを連れ、もう一度学院に戻ってくるという軽い強行軍になる。

 だが、カタリナにとってそれは問題ではなかった。

 

「……そっか、もうレイトとはお別れなんだね」

「そうなります。僕は、元々ハインリッヒ家の使用人ですから」


 レイトとの別れ。

 完全に友人の距離感となり、その距離すら徐々に縮まりかけていたというのにも関わらず、時という物は無情にも別れの時を告げた。

 既にティファの手にかかったホワイトビルスターは送迎用の中型船に積み込まれており、レイトがここを離れる準備はできている。

 ビアード領に向かった後、レイトはハインリッヒ家からの迎えの連絡船に乗ってランドマンとバトンタッチ。ホワイトビルスターとブレイクイーグル・カスタムを積み変えたら晴れてお別れとなる。

 レイトは再びハインリッヒ家に戻り、カタリナは学院への生活に戻る。

 ただ、互いに普通の日常に戻るだけなのだ。

 戻る、だけだ。

 

「……寂しくなるね」

「はい。恐らく、もうお嬢様と僕は会う機会もなくなるでしょうし……」


 本来、カタリナとレイトの会合というものは、存在しないはずだった。

 家が違う使用人と貴族令嬢。この2人が出会い、友人関係になるなど、普通はあり得ないから。

 だから、もう会う事も無い。

 レイトはカタリナを思い出の一つにして、カタリナもレイトとの日常を思い出に、成長し、そして学院を卒業する。

 そして、もう出会わない。

 

「そう、だね……」

「お嬢様。こういう出会いと別れも、貴族にはよくある事です。慣れろ、とは言いません。ただ、理解してください」


 メルのいっそ冷たいとも思える言葉。

 だが、それはカタリナも理解していること。

 自身の産まれ故に仕方のないことなのだ。

 不自由ない生活を約束される代わりに、様々な試練が降り注ぐ。それが、貴族というものなのだから。

 

「……うん、分かってるよ、メル。分かってる……」


 この3か月でカタリナは成長した。

 友ができ、自分に自信が付き、表情も明るくなった。

 でも、それを支えたのは、間違いなくレイトなのだ。レイトだったのだ。

 

「ほら、船に乗りましょう、お嬢様。これ以上遅れると旦那様方が心配します」

「そう、だね」


 既にセレスは船に乗って準備を整えている。

 あとはカタリナ達が乗り込めば、船は出る。

 そして数時間も経てば、レイトはハインリッヒ家に戻り、カタリナとは二度と会う事は、ないだろう。

 だからこそカタリナも足取りが重くなるが、時は戻らない。

 カタリナは船に乗り、レイトとメルも船に乗った事でハッチが閉じる。もう、後戻りはできない。

 ――きっと、今日の事もカタリナにとってはいい思い出になる。なるはずだ。

 レイトは肩を落とすカタリナを見ながら、メルと視線を合わせる。

 カタリナの事は気がかりだが、それ以上に。

 

「……船が動き出しましたね。お嬢様、もう数分も経てばハイパードライブに入ります」

「うん……」


 ハイパードライブが始まる。

 約1時間ほどのハイパードライブだ。少しゆっくりしていれば、目的地であるビアード領には到着するだろう。

 そう、1時間もあれば。

 ――ハイパードライブが途中で中断されない限りは。

 

「……あれ? もう着いたの?」


 それから30分ほど経った頃、急にハイパードライブ特有の揺れが収まった。

 それにカタリナは首を傾げたが、レイトとメルは視線を合わせた。

 その瞬間だった。

 

『レイト、メル。操縦室に来て。お嬢様はどっちでもいいよ』


 艦内連絡でセレスの声が聞こえた。

 やっぱり、何かあった。

 

「お嬢様はここに。メルさん!」

「行きましょう」

「あっ、2人とも!?」


 レイトはメルと共に操縦席に走り出した。

 恐らくこれから起こることはカタリナに見せてはいけない。そう直感が注げている。

 2人はカタリナを置いたまま、操縦室へと辿り着き、廊下と操縦室を遮るドアを開いた。

 

「あぁ、2人とも、来てくれたんだ」


 そこに居たのは、セレスだった。

 ただ、その表情はいつもに増して暗く。その手には拳銃が握られており、その銃口は雇った操縦士に向けられている。

 幸いにも発砲はしていないためか操縦士たちに怪我はない様子。しかし、その表情は恐怖に歪んでいる。

 

「……セレス、どうして」

「仕方ないじゃん。アタシだってこんな事はしたくないよ。でも、仕方ないじゃん」


 間違いない。ハイパードライブを止めたのはセレスだ。

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