さらば思い出の船
取材が終わったため、もう傭兵協会には用はない。そのため、とっとと建物から出ていく。
が、本部の建物を出たところで、ふとティファが振り返り、建物を見上げた。
「どったの」
「いえ……ただ、ちょっとね」
殊勝な態度のティファに2人は首を傾げた。
「……まぁ、その。パパとママですら、こうやって傭兵協会の本部に呼ばれることなんて無かったのになーって」
ティファの両親は凄腕の傭兵だったとトウマはロールから聞いたし、サラも軽くではあるがティファ自身から、先のキングズヴェーリとの戦いが終わった後に聞いた。
船を改造し、そしてネメシスを改造し。それで稼ぐ凄腕の傭兵ペア。それがティファの両親だ。
しかし、そんな両親ですら、今のティファのように稼いだり、名声を得ることは無かった。
「……実はね、まだパパとママの後ろを追っかけてるような気分だったのよ、わたし。追い越してるなんて、思いたくなかったなって」
頬を掻きながら、少し恥ずかしげにティファは口を開いた。
彼女の中で、両親の背中は大きかった。大きすぎた。だから、ネメシスの改造で精一杯だった両親を既に超えていることは、あまり考えたくなかった。
けれども、ふとティファはそれを考えてしまった。
両親でも来れなかった所に来てしまったんだな、と。
「敢えてティファの心境考えずに本音を言うけど、確実にご両親を周回差つけて追い抜いてるからな?」
「そこは自覚した方がいいわね。あんた、メカニックとして横に立つ人間が居ないレベルよ?」
「そこまでじゃないと思うけど……まぁ、パパとママは越えたかなーって」
どうやらティファさんは案外謙虚らしい。
このロリっ子にメカニックとしての腕で勝てる人間は確実にこの世に居ない。居たとしても片手の指で数えられる程度だ。
いつか本当にビームライフルなんかも開発してしまうかもしれない。
「……まぁ、それでね。わたしもそろそろ過去には踏ん切りつけなきゃなーって」
「過去って?」
「小型船。あれ、パパとママのやつをわたしが引き取って改造してきたんだけど……格納庫がね、ちょっと手狭になってきたの」
その言葉にトウマとサラがあー、と声を出して理解する。
スプライシングPRとラーマナMk-Ⅱ。更にはティファが現在プライベートの時間で作っている2機のネメシスの強化プラン。
更にはスプライシングPRとラーマナMk-Ⅱの改造スペース等々。後部格納庫はかなり手狭になってきている。
「あの船は近くのコロニーで倉庫を一個買って、そこに置いておこうかなって思うの。で、新しく格納庫が大きめの大型船を買おうかなって。そうしたら予備パーツ作成用のプリンターとか置けるし」
「俺は別にいいと思うぞ。な、サラ」
「そうね。そこら辺はティファに一任するわ。ティファが伸び伸びやれる環境が整えば、あたし達もそれだけ強くなるって事だし」
トウマとサラなんて、自分の部屋とネメシスさえあれば文句なんて言わない。
ついでに言えばトウマのお財布はティファに握られているわけでもあるし。
故に、ティファが船を買い換えるというのなら、2人としては異存はない。
「ありがと。それじゃ、散財しますかぁ!」
ティファの頭の中には既に買いたいものがリストアップされている。故に、2人から許可さえ貰えれば、後は実行するのみ。
****
と、言うことで。
「最新の格納庫特化型の大型船と業務用パーツプリンター、買っちゃいました」
「えっと、全部で幾ら?」
「4億と数千万」
「明らかに個人で買うもんじゃねぇんだけど」
ティファさん、超散財。
しかし、これでも貯金の半分程度しか使っていないというので驚きである。
大型船、業務用パーツプリンターは合わせて3億ガルド程。更に大型船は格納庫の性能に特化させたオプションを付けたため、プラス1億ほど。ついでに家具もいい物にしたので追加で数千万。
ロールの年収が300万程なので、ロールが百何十年か真面目に仕事してようやく得られる額をティファはサクッと一括で支払ったのだ。
一応、トウマとサラも5000万ずつ、計1億ほどポンッと払ったのだが、この買い物は確実に3人でやるものでは無い。
「格納庫はネメシスを6機は格納可能よ。しかも居住区は各個人の部屋に加えて客室を4部屋。あとダイニングにトレーニングルーム、それからお風呂も完備。しかも酸素作成装置と水浄化システムも最新の物だから、今まで以上に快適な生活が可能よ」
「もうこれ空飛ぶ豪邸じゃん」
「間違っちゃいないわ」
ロボットアニメに出てくる宇宙戦艦並み、とは言わないが、3人で使うには十分すぎるほど拾い船だ。
今までは2機、頑張って3機格納可能な格納庫はあら不思議。ネメシスよりも大きい業務用パーツプリンターを入れても4機以上はネメシスを格納可能だ。
更に生活設備はどれも最高級品。風呂は最大でも2人一緒に入れる程度の大きさだが、それでも宇宙船の中にある風呂としては十分大きい。
ついでに貴族令嬢であるサラに家具やら内装やらは整えて貰ったため、貴族にも通用する大型船となっております。
「もう納品も済んだし、これからこの船はわたし達の物よ。だから……」
ティファが目の前の大型船から目を離して後ろにある小型船に目を移す。
ピッカピカの大型船に比べれば、今まで使っていた小型船はボロボロだ。
外装はボロボロ。塗装もはげてしまったままの部分があり、まだ腕が未熟な頃に修理した跡は一目で分かるほど浮いてしまっている。
それでも、この船はティファがその青春と共に暮らした船だ。
「……この子とも、もうお別れね」
元々この船は改造に改造を施し、もう改造しようがない程には原型を留めていない。
どちらにしろ、船は近い内に買い換えなければならなかった。
「……まっ、いつかまた使う日が来るさ」
「何もこのまま廃棄する訳じゃないんだしね。それに、あんたのご両親も、この船も、この門出を喜んでくれてるわよ」
「…………ん、ありがと」
ティファにとってこの船は家だった。
両親が存命の頃はコロニーのアパートの一室に住んでいたが、この船にはその頃からよく乗っていた。
そして、両親が死んでからは、この船が家になった。
この船には、ティファが物心ついてからの思い出が、ギュッと詰まっているのだ。
少し内装を剥がせばティファが子供の頃にやった落書きなんかが出てくるくらいには。
「…………さっ、もう荷物も乗せ換えたし、次の仕事も決まってるし、最低限の改造も済ませたし。新しい船で仕事に行くわよ」
「おう」
「はいはい」
小型船はこの後、業者の人間の手によってティファが購入した倉庫の中に入れられる。
次に乗る日は、来るかすら分からない。
それでもティファは前を向いて新たなる船に乗り込む。
「さーて! おセンチな気分はここで終わり! またガッポガッポと稼いで使った分を取り戻すわよ!!」
ピカピカの船が出航する。
その光景を、ティファの小型船は何も言わずに見送るのであった。
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