君がいる限り

 キングズヴェーリ防衛戦。

 それはトウマとレイトが抜けてからも続いていた。

 ハインリッヒ騎兵団は再度出撃し、苛烈なキングズヴェーリの攻撃を1手に引き受け、その後ろから新たに雇われた傭兵や他の領地から何とか到着した騎兵団が援護する。

 ハインリッヒ騎兵団は回避に専念することでなんとかキングズヴェーリの攻撃を引き受けることができている。

 この役目は他の傭兵や騎兵団では決して成し遂げることができない役目だ。

 それほどまでに、キングズヴェーリの攻撃は苛烈だった。


「そう……もうスプライシングでもどうにもならないほどの状況になっているのね……」

「えぇ。あれはもう、トウマ1人が参加したところでどうにかなるようなもんじゃないわ」


 サラの元まで戻ったティファは、未だ目覚めないトウマを心配しつつも、サラと情報共有をしていた。

 ──ティファと顔を合わせたサラは、何も言わなかった。今の彼女に対して慰めは多分、逆に彼女自身を傷つける事に繋がりかねないから──

 ティファはサラから、現状は騎兵団達が頑張っているおかげで何とか被害は拡大していないことを。サラはティファから、あの戦場はもうスプライシングPRが戻ったところで好転することはないことを。


「今日中なら、ウチの騎兵団で時間稼ぎができるわ。でもそれ以上は……」

「結局、キングズヴェーリは国軍が来るまでどうにもならない……そういうわけね」


 スプライシングPRはコクピットハッチを取り替えるだけで戦闘は可能だ。

 しかし、V.O.O.S.Tによる無茶のせいでスプライシングPRは一度オーバーホールをしない限り、十全の性能を発揮できない。

 通常状態での戦闘なら問題ないが、V.O.O.S.Tは使えたとして1回が限界。それ以上を使えば今度こそ問答無用で機体は空中分解し、爆散する。


「……もし、スプライシングPRのV.O.O.S.Tが使えたとして、アレの体内に潜り込んで核を破壊することはできないの?」

「……………………V.O.O.S.Tで光の翼を纏った状態でなら、潜り込むことは可能よ。でも、体内に突っ込んだ所で徐々に勢いが殺されて、最後は動けなくなるわ。おそらく、アイツの核があるであろう体の中心をぶち抜くことはできない。アイツの体内から核を見つけて、ライフル弾程度の大きさの核をブチ抜く事ができる狙撃手を連れて行かないと勝てやしないわ」


 頭の中で軽くシミュレーションしたが、それでは届かない。

 核がある場所に突撃してブチ抜き帰還、再度突撃を繰り返せば倒せるのではないかと考えていたのだが、それでは駄目だ。

 ミサイルですら奴は受け止め即座に再生を始める。ビームの翼であってもいずれは推力を殺されV.O.O.S.Tが切れるその時までなぶり殺しにされる。


「…………もしも、もしもよ。奴を倒すのなら、随伴機と一緒にスプライシングPRで体の中まで潜り込んで、スナイパーライフルなんかを、自身が食われるまでの僅かな時間でライフル弾程度の核に叩き込むしかないわ。しかも、ただのスナイパーライフルじゃ駄目。奴の体内で弾が止まらない程の高威力の弾丸を撃てるスナイパーライフルじゃなきゃ駄目よ」


 例えば、そう。

 ホワイトビルスターのスナイパーキャノンのような、高威力の弾を放てるスナイパーライフルを持つ機体が、失敗すれば殺されるという覚悟を持って戦いに挑む必要がある。


「しかも問題は山積みよ。奴の体内からは例えるなら、ゼリーを何重にも重ねたような視界で物を見ることになるわ。視認性は最悪よ。そんな状況でライフル弾1発分の核をブチ抜けるような凄腕のスナイパーなんて……いる訳が、無いわ」


 狙撃というのは、本来マイナス要素を徹底的に排除して当たる確率を上げ、その上で放つ必殺だ。

 それを自身が食われ始めているという焦りの中で、ゼリー状の物を何重にも重ねた視界で、放つ弾と同程度の大きさの核を撃ち抜く必要がある。

 ──無理だ。できるわけが無い。


「……仮にラーマナの全身に装甲を付けて火力も増やせばどうにか、ならないかしら」

「トウマが好きそうな案ね……名付けるなら、フルアーマーシステムかヘビーウェポンシステムって所かしら……でも、無理よ。作れるとは思うけど、2ヶ月は最低でもほしいわ。一応、色んな武器を詰める外付け装甲は作ってみるけど、間に合った所で……」

「そう、よね…………万事休すか」


 サラは歯を食いしばり、呟いた。

 そんな凄腕のスナイパーは、この世にいるわけが無いのだから。



****



 同じランカー仲間からよく聞かれた質問がある。

 どうしてスナイパーキャノンの武器腕なんて使っているんだ? と。

 スナイパーキャノンはスナイパーライフルよりも威力に優れているが、反動は凄まじく持った時の旋回性も悪く、更に機体の加速力を奪ってしまう。

 ロマン砲という言い方が正しい武器だ。

 何故そんな、当たらなければ隙を晒すだけのロマン砲を選り好みしていたか。

 その答えにレイトはいつもこう答えていた。


「僕、スナイパーキャノンを外したことないから」


 そう。レイトはゲームを始めてからたったの一度も、スナイパーキャノンを外したことはない。

 どこにどう撃てば相手に当たるのか。それが、手に取るように分かるのだ。

 しかしスナイパーキャノンは装弾数が少なく、マガジンも数を持てない。それ故にキングズヴェーリ戦のような大量の敵を裁く戦いは苦手だった。

 それでも対人戦において、その特徴は無類の強さを発揮した。

 全ランカーの中で最速とも言えるスピードで宙域を飛ぶトウマのラーマナは並大抵の射撃では捉えられず、そのスピードと一撃離脱の近接戦により数多のランカー達が苦渋を呑まされた。

 そんな、ランカーになりたての頃から他のランカーに対しても一定以上の戦果を上げたトウマに対して9割の勝率を叩き出したのが、レイトだった。

 幾ら宙域を高速で飛ぼうと。幾ら急所を盾で守ろうと。レイトはスナイパーキャノンを盾から露出した部位に正確に叩き込み、たったの一撃でラーマナを落とし続けたのだ。

 腕に当て、足に当て、武器に当て、セイバーに当て。紙装甲のラーマナにスナイパーキャノンを耐えるだけのHPは無かったが故に、レイトのホワイトビルスターはラーマナに対して絶対的な優位性を確立した。

 外さないロマン砲。それは如何なるゲームにおいても強い物なのだ。

 強い物であった、筈だ。


「…………分かってるんだよ、全部僕がヘタレな事が悪いって!」


 連絡船で与えられた部屋の中、レイトは一人腐っていた。

 ティファが言ったことは八つ当たりに近いものだ。だが、その言葉をレイトは八つ当たりと思えなかった。

 全て事実だ。

 初戦はゲームと同じようにやれば。そう思って洗浄に出た結果が、これだ。

 自身の恐怖が、人を殺しかけたのだ。


「……僕にもう、ホワイトビルスターに乗る資格なんて」


 ホワイトビルスター。

 全一、室伏幕府を最強足らしめた機体だ。

 それに乗る以上、みっともない戦い方はできない。

 ランキング1位という栄光に輝く以上、それは認められない。それこそが、レイトの意地だった。

 だけど、その牙は折られ、もう戦う資格など──


「レイト、ここに居たか。全く、俺自身に人探しをさせたのはお前が初めてだぞ?」


 自室で腐っていたレイトに、部屋に何も言わずに入ってきた人物が声をかけてきた。

 思わず振り返ると、そこに居たのはこの世界で最初に、唯一できた心を許せる友であった。


「ミーシャ……どうしてここに?」

「あのままではいつ戦場で命を落とすか分からんからな。撤退する傭兵の船に乗り合わせて戻ってきたのだ。いや、ランドマンの奴に押し込まれた、という方が正しいか」


 戦場に居たはずのミーシャ。彼がそこに居たのだ。

 ここに来た経緯はミーシャが語った通り。要するに、もう総大将を立てるために戦場に置いておく余裕が無くなったということだ。


「…………話には聞いている。ロクに戦えなかったようだな」

「……そうだよ」


 備え付けのベッドに腰掛けたミーシャが座れ、と自身の横を叩く。

 それに従い、レイトもミーシャの横に座った。

 男二人で1つベッドの上。何ともむさ苦しい絵面か。


「そんなに腐るな。俺はお前を叱りに来たんじゃない。礼を言いに来たんだ」

「……礼?」


 そしてミーシャの口から出てきたのは、予想外の言葉だった。


「例え戦場で牙を抜かれ、そして恐怖に怯えたのだとしても。レイト、お前は我が民達の為に戦ったのだ。例え我が妹が、家族がお前を責めようと、俺はお前を責めたりはしない。感謝するだけだ」

「っ…………」


 やめてくれ。

 それが、口から出そうになった言葉だった。

 だが、友の慰めの言葉すら否定してしまっては、もう二度と自分を許せなくなる。何があってもここから抜け出せなくなる。

 そう思えば、口は閉じていた。


「戦いは怖い。結構じゃないか。俺だってあの船に乗って、実は凄く怖かったんだ」

「え……?」


 ミーシャからの告白。それはレイトを驚かせるには十分だった。


「当たり前だ。もしもたった1匹でもズヴェーリが後方に抜けてきたら、俺は船と共に奴に食われて死んでいた。そうやって死ぬことが、怖かったよ」

「貴族と、して?」

「いいや? 1人の人間としてだ。死ぬのが怖くないわけがないだろ?」


 参ったと言わんばかりに弱った笑顔を浮かべるミーシャの顔は、初めて見る表情だった。

 あのミーシャですら、あの場にいるのは怖かった。それを聞き、どこかホッとしている自分がいる。


「……正直な、俺は今、人生で一番逃げてしまいたい」

「ミーシャ……」

「まさか父の代であんな化け物が出てくるなんて想像もしてなかったからな。俺の代はきっと復興で大忙しだ。3日経とうがどうなろうが、な。今からそれを考えるだけで逃げたくなる」

「……逃げないの?」

「逃げないさ」


 逃げたいが、逃げない。

 そう告げたミーシャは。


「だって、カッコ悪いだろ? そんな事する男なんて」


 カッコ悪い。

 その言葉を聞いて思わず開いた口が閉じなくなるレイトだったが、すぐに笑いが漏れる。


「……ふふっ、そうだね。そうだ。確かにカッコ悪いや」

「だろ? 逃げたっていいが、カッコ悪いんだ」


 レイトとミーシャの笑い声が少しの間響く。

 そう、逃げたままじゃ、カッコ悪い。

 それは貴族としてではなく、1人の男として。

 あぁそうだ。

 逃げたままじゃカッコ悪い。全一として、ランカーとしてではない。

 たった1人のちっぽけな男として。


「……ねぇ、ミーシャ。僕、今からでもカッコ良くなれるかな?」

「なれるさ。お前は俺の友だからな」

「そっか。ならさ」


 そうだ。カッコ悪いままじゃいられない。

 意地突っ張って、胸張って、自身を持って明日のお日様を見るためには、カッコ悪いままじゃいられない。

 この素晴らしい友の横になんて、立てやしないんだ。


「僕、もう1回戦うよ。だから、見ててくれないかな。君の友は、ネメシスでの戦いにおいては紛れもなく最強だって事を」

「あぁ、そこまで言われたら仕方ないな。怖いが、見に行ってやろう。我が友の戦いを」


 怖い。逃げたい。投げ出したい。

 その気持ちは変わらない。

 でも、それじゃあカッコ悪いから。

 前向いて、空見上げて、胸張って、友と一緒に二人三脚で、1歩ずつ成長するために。

 そのために、ちょっと出かけてあのクソッタレな災厄をどうにかするとしよう。

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