握りしめたその手に

 トウマは医療ポットに入れられてから騎兵団の大型船の中に格納されている小型の連絡船に医療ポットごと移され、スプライシングPRと、そしてレイトとホワイトビルスターと共に戦場を離れることになった。

 医療ポットの中で眠るトウマを見て、ティファはただ目覚めるのを祈るしかできなかった。


「トウマ…………早く、目ぇ覚ましなさいよ」


 V.O.O.S.Tは元々複数回の使用を前提としていない、文字通りの決戦機能だ。

 それを何度も切って、まだこうして生きていることは奇跡に近い。

 それでも、ああしていたら、こうしていたら、と幾つものもしもがティファの頭の中を過る。

 2人で最善は尽くした。そう思いたい。そう思いたいのだが、その結果がこれではトウマが報われない。


「ティファニアさん、そう考え込まないでください。こうして医療ポットに入って容態が悪化していないのなら、すぐに目を覚まします」

「…………はい」


 医療ポットによる治療は、それこそ死んでいなければ治せるくらいには凄まじい。

 それでもここまで重症だと、目を覚ますまでにも時間がかかる。

 だからこそ、思ってしまうのだ。もしトウマがこのまま目を覚まさなかったら、と…………

 そうやって嫌なことを考えてしまい、ただ俯くしかないティファだったが、彼女の耳にこの部屋に続くドアが開く音が聞こえてきた。

 視線だけをそっちにやる。そこにいたのは。


「そ、その…………トウマさんの様子を、見に……」


 レイト、だった。

 彼の姿を見て、そして、先程の戦闘を思い出して。

 ティファは何も言わずに立ち上がり、そのままレイトへと近づいて。


「どの、面でぇ!!」


 なんの躊躇もなく、レイトの顔面を殴った。

 その光景に、思わずその場にいた誰もが動きを止め、吹き飛んで倒れたレイトに追撃を入れようとするティファを止めに入った。


「ちょっ、抑えて!!」

「怖いのなら1人で逃げていればよかったのよ!! 態々戦場に出て、足を引っ張るだけ引っ張って!! 怖がって動かなくなる程度の覚悟しかないのにネメシスになんて乗って!! アンタのせいでトウマは灼熱の地獄の中で戦い続けて死にかけてるのよ!!」


 しっかりと10分のインターバルを挟んでV.O.O.S.Tを使えば、少なくともトウマはこんなことにならなかった。

 レイトが怯え竦み、逃げることすらままならなかったから、トウマが命がけの無茶をしたのだ。

 ──例えそれが、トウマが望んだ事なのだとしても。それを認めてしまった自分も同罪なのだとしても、八つ当たりなのだとしても。ティファは、自分の中の怒りをぶつける相手が欲しかった。


「……仕方、ないだろ」


 レイトが小さく声を漏らした。


「怖いものは、怖いんだ……1回ミスしただけで、死んじゃうんだ…………ゲームとは違って、ここはリアルで……だから、怖くて、いつ、死ぬか、怖くて」

「こいつッ!!」


 自身の体を抑えていた手を無理矢理振りほどき、レイトの胸ぐらを掴んで持ち上げる。


「トウマが戦うのが怖くないとでも思ってるの!? アイツは、一回スプライシングに乗ったまま蜂の巣にされてんのよ!! ガトリングに真正面から撃たれて、奇跡的に助かって、普通ならもうネメシスになんて乗れないくらいのPTSD患ってんのよ!! 次に飛んでくる弾で自分の体が粉砕されるか分からない状況を経験してるのに、アイツが戦うのが怖くないなんて思っているわけ!?」

「思っているわけ無いだろ!? トウマさんだって、死ぬのは怖いに決まっている! だから、僕だって!」

「その恐怖に呑まれるようなやつは必要ないって言っているのがわからないの!!? 戦場でそうやって文句言ってりゃ相手は可哀想だと思って攻撃してこないとでも思っているわけ!!?」

「そんなわけ無いだろ!!?」

「あんたの行動はそうやって言っているようなもんなのよ!!」

「っ…………」


 レイトはティファの言葉に黙るしかなかった。

 戦うのは怖かった。

 戦場に出て、たった1回ミスするだけで機体は爆散して、ゲームのようにコンティニューはなく、そのまま死んでいくことが。

 それでも最初はゲーム通りだったからなんとかなった。

 だが、キングズヴェーリが攻撃してきた瞬間。ゲームから外れた瞬間、レイトは恐怖に飲まれてしまったのだ。

 戦いたくない。逃げたいという恐怖に。


「…………どっか行きなさいよ、臆病者」


 ティファは自分の中の怒りをなんとか抑え、レイトを突き飛ばしながらそう言った。

 突き飛ばされたレイトは何も言わず、ただその表情を歪めて、部屋の前から走り去って行った。


「……最低ね、わたし。こんな時に八つ当たりなんて」


 そしてようやく怒りが収まり、ティファは今にも泣きそうな顔で呟いた。

 この怒りは本来自分にぶつけるべきだ。レイトの事なんてただのキッカケであり、トウマの現状を後押ししたのは、間違いなく自分自身だから。

 本当に、最低で、クソみたいな八つ当たりだ。

 ただレイトの行動の粗探しをして八つ当たりしただけだ。


「…………ホント、最低」


 消えてしまいたい。そんな気持ちすら抱いてティファはトウマの医療ポットの横に備えられた椅子に座った。


 ──お願いだから、早く目を覚まして。あんたが居ないと、わたしは──

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