NO FUTURE

「クソッ、光の翼よッ!!」


 光の翼を振るい、襲いかかる攻撃を全て切り裂いていく。しかし、それでも敵の体積は減らず、切られても切られても次の攻撃を生やしてくる。

 この戦いは、たった1機のネメシスがどうこうできる戦いではない。

 それが例え、ネメシスの枠を超えたスプライシングPRであっても、だ。


『トウマ!!』

「もう時間!? すまない、もう攻撃を引きつけきれない!!」


 ティファからの声が聞こえた時には、既にV.O.O.S.Tの残り時間は10秒しかなかった。

 その10秒で退路を切り開き、一気にレイトの元まで下がる。しかし、それでキングズヴェーリの攻撃は止まるわけではない。

 より一層激しくなった攻撃の中を、26機のネメシスは懸命に飛び交う。

 しかし。


『はっ、ぁっ……ひぃっ!?』


 レイトの様子が、ここに来て変わった。

 キングズヴェーリとズヴェーリの攻撃を避け、何とか反撃している。

 反撃しているが……その攻撃が、ズヴェーリの核に当たっていない。

 体の一部を吹き飛ばしているが、それだけだ。普段なら確実に当てている一撃が、当たっていない。


『ぁぁ、ぅっ』

「れ、レイト!? ティファ、レイトの様子どうなってる!?」

『待ちなさい、通信を無理矢理繋げ……って、レイト本当に大丈夫なの!? 顔ヤバイわよ!?』

「何!? 顔ヤバイのか!?」

『えぇ、ヤバイわ! サラッとふざけたのに何も言ってこないくらいには! 真面目に言うと恐怖に呑まれてる!』

「何……!?」


 恐怖に呑まれている。

 その言葉を聞いてそんな馬鹿なと思ったのだが、すぐに理解する。

 レイトは恐らく、今日が初の実戦だ。それが確実に勝てない戦闘で、でもゲーム通りにやれば大丈夫だから無理に前に出て。

 だが、その結果がこれだ。キングズヴェーリまでもが動きだし、防戦一方になっている。しかも、敵の攻撃は一撃でも当たれば致命的と来た。

 つまり、レイトは命のやり取りに恐怖している。怖いのだ。ここで死ぬことが。


「そりゃそうだよな! 一般人が訓練も無しに前線に出れる方がおかしい!」


 トウマはそれを最悪な方法で。戦いをゲームの延長線と見ることで何とか初実戦を乗りこえた。

 だが、レイトはそうじゃなかった。

 怖いままに戦い、そして呑まれた。

 いくらゲームが上手かろうと。いくらゲームで強かろうと、レイト・ムロフシという人間は訓練も何もしていない、ただの一般人なのだ。


「レイト! 逃げろ!」

『ひっ……で、でも……』

「そんな動きをされるくらいならいない方がマシだ!! 死にてぇのか!!」

『で、でも、でも……僕が、戦わないと……』

「今のお前がいない程度でどうこうなる状態じゃないって言ってるんだ!! 後は俺達で何とかする!!」


 叫びながらスプライシングPRを駆る。しかし、その動きはどこか精細にかけている。

 その原因が自分であること、自分の動きが十全ではないことが原因であるとレイトはわかった。わかってしまった。

 自分が足を引っ張ってしまっているのだと。義憤に駆られ出てきた自分が足を引っ張ってしまっているのだと。


『……帰投、します』

「あぁ、退路は任せ……」


 だからこそ、これ以上足を引っ張る前に前線から下がろうとした。

 しかし、キングズヴェーリはその光景を見ていた。今にも撤退しそうな敵の姿を。

 それ故に、キングズヴェーリの攻撃がレイトへと一気に集中した。


「そんな知識があいつらにあるのかよ!?」

『ひっ!!?』


 だめだ、このままではやられる。

 歯を食いしばり、一瞬だけ考える。

 そして、叫ぶ。


「ティファ!! V.O.O.S.Tだ!!」

『無茶よ!! 空中分解するわよ!!?』


 先程のV.O.O.S.Tから10分経っていない今、この場でのV.O.O.S.Tの使用。

 それは間違いなく、命がけの1手だ。

 スプライシングPRが耐えきれずに空中分解してトウマ諸共爆散してしまう可能性がある、危険な手だ。

 しかし、今にも己らを貫かんとするキングズヴェーリに対抗する手段は、これしかない。


「このまま串刺しにされるよりマシだ!!」

『…………決戦機能、開放!!』

「無茶かけるぞ、相棒!! V.O.O.S.T!!」


 トウマの声に応え、スプライシングPRが最後の力を振り絞る。

 しかし、光の翼が発生した直後にコクピット内の計器がイカれ、火花が散る。


「あっちぃな、オイ!!」


 更に、空調すらも効かなくなり、放熱しきれなかった熱がスプライシングPRのコクピットを蒸し焼きにする。

 それでもトウマはヘルメットを外して投げ捨て、操縦桿を握る。


「持ってくれよ、光の翼!!」


 光の翼が迫ってくるキングズヴェーリの触手を膾切りにし、更にその後詰めにと突っ込んできたズヴェーリを切り裂く。

 しかし、徐々に光の翼の輝きは薄れていく。

 パイロットのトウマだけではない。スプライシングとラーマナもすでに限界を超えている。

 いつ、文字通り自爆してもおかしくない状態なのだ。

 そんな1秒後には死んでいるかもしれない状況の中で、トウマはひたすらに足掻き、そしてホワイトビルスターの腕を掴んで一気に後退する。


『どちらにしろこのままではどうにもならんか……! 騎兵団全機、スプライシングが作った退路に続け! 一度作戦を練り直すぞ! キングズヴェーリの攻撃までは捌ききれん!!』


 その様子を見たランドマンは撤退を決意する。

 このまま戦い続けたところでジリ貧になり、最後は無駄に命を散らすだけだ。

 相手が本気を出し、トウマのV.O.O.S.Tが決め手にならなかった以上、このまま戦い続けるのは危険だ。それを判断したランドマンの撤退の宣言に、騎兵団の全ネメシスが追従する。

 そして一目散にスプライシングPRの元に辿り着いたランドマンは、ホワイトビルスターの腕を変わりに掴んだ。


『レイトは私が。すまないが、君には退路の確保を頼む!』

「りょう、かいぃ…………!!」


 汗は止まらないし視界は霞む。サウナが生易しく思えるほどの熱気に包まれながらもトウマはスプライシングPRを駆る。

 光の翼は最早バックパックから伸びる一番大きな翼しか出ていない。それ以外の光の翼は、エネルギーの放出がうまくできずに維持に限界が来てしまった。

 それでも一際輝くその翼を用いて一度確保した退路を維持し続ける。

 トウマの様子は明らかにもう限界だ。故に、ブレイクイーグルを駆る騎兵団員は後ろを振り向くことなく、ただ撤退を最優先に退路を突き進む。

 24機のブレイクイーグルがようやくスプライシングPRの後ろへと行ったところで、トウマも撤退を開始する。

 己の作った退路をただ進み、そしてキングズヴェーリの攻撃圏外へと逃げおおせる。


「ハッ………………どんな、もんだ…………」


 攻撃圏外へと逃げた相手はどうやら追ってこないらしい。

 それを見たトウマはそこでようやく一息つき、V.O.O.S.Tを切る。

 しかし、それが限界だった。

 トウマの意識はそこで完全に消え去り、スプライシングPRも無茶のしすぎにより、全身から湯気を放出したまま沈黙したのであった。

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