ブルー・レイン

 キングズヴェーリを目視できたのは、やはり機兵団が一番。

 援軍は後々来るが、それまではたった26機のネメシスで戦域を抑えなければならない。

 最初はそれでも構わないと思っていたが、その心は奴を視界に入れた瞬間、霧散しかけてしまった。


「おいおい、嘘だろ……なんでキングズヴェーリの随伴があんなにも居やがるんだ」

『奴を中心に、大小のズヴェーリの数が凡そ1000を超えている……しかも尚増殖中だ』


 戦いは数だ。しかし、それを何とかできるだけの質がある。

 そう思っていたのも接敵するまでだった。

 キングズヴェーリの随伴ズヴェーリの数は1000を超え、しかも増え続けている。

 ネメシスオンラインにおいて、ズヴェーリの数がここまで増えることなんてまず無かった。故に、気圧されてしまう。

 更に少し観察すれば、キングズヴェーリの体からズヴェーリが新たに生まれ、宙域に放り出されているのが分かる。

 つまり、キングズヴェーリを倒せなければこのズヴェーリ達は増え続ける。しかし、ズヴェーリを倒さねばキングズヴェーリを倒せない。

 最悪の堂々巡りだった。

 しかし、やらざるを得ない。


『……全機発進! 少しでもズヴェーリの数を減らし、キングズヴェーリをここに押しとどめる!! ブレイクイーグル・カスタム、出るぞ!!』


 ランドマンの決死の声に機兵団が応える。

 次々の船からブレイクイーグルが飛び出し、即座にエレメントを組む。


「ティファ、初手でV.O.O.S.Tを使う」

『しかないわね……いい、トウマ。V.O.O.S.Tは1回3分。わたしの整備無しなら、インターバルは10分で合計3回までが限度よ。それ以上は確実に機体とあんた自身が持たないわ』

「わかった。4回目は無しか」


 そして、この戦いは出し惜しみできない。それを察したトウマとティファは即座にV.O.O.S.Tを切る準備をする。

 3回、つまりは合計9分間のV.O.O.S.T。それがスプライシングの限界。トウマの限界も、多分そこまで。


『カタパルト接続完了。スプライシングPR、発進どうぞ』


 ティファではない、機兵団のオペレーターからの声が聞こえる。

 勝てない戦いだが、やるしかない。


「スプライシングPRはトウマ・ユウキで行くぞ!!」


 カタパルトに乗ったスプライシングPRが宇宙を飛翔する。直後、レイトのホワイトビルスターが同じように飛翔した。

 そして、スプライシングPRは一直線に前へ。


『決戦機能開放! 1回目よ!』

「突っ込むぞ! V.O.O.S.Tッ!!」


 1回目の切り札を切る。

 スプライシングとラーマナの動力炉が唸りを上げ、その真の力を現す。

 直後、スプライシングPRはセンサーに残像しか残らないのではないかというレベルの、ネメシスを超えた速度で宙域を駆け巡る。

 残光を残し飛ぶスプライシングPRの進む先に居るズヴェーリは、小型も大型も関係なく、体をざっくばらんに切り刻まれる。

 1秒に1体という驚異的な速度でズヴェーリを狩るスプライシングPRだが、それでも限界は訪れる。

 味方の援護射撃に当たらぬようにと宙域を飛ぶスプライシングPRのコクピットに、レッドアラートが鳴り響く。


『V.O.O.S.T稼働時間、残り10秒! 限界よ!』

「クソッ、一旦引く! レイト、ケツを頼む!!」

『わ、わかった……!』


 およそ200体近いズヴェーリの短期討伐。それでも戦況は一切好転していない。

 機兵団のネメシス達は以前とは比べ物にならない練度で宙域を飛び、そしてマシンガンで確実に核を撃ち抜いていく。

 それでも、それでもだ。

 キングズヴェーリという親玉は倒し切ることができず、雑魚を散らすだけに終わる。

 しかしそれでも、キングズヴェーリの進行速度は若干低下した。


『我等は誉れ高きハインリッヒ機兵団だ! 傭兵におんぶに抱っこなど、認められるか!!』

『彼には及ばんかもしれんが、それでも俺達には誇りが、誉れが、誓いがある!!』

『全員歯を食いしばれ!! 俺達が稼いだ1秒が誰かの明日となるのだ!!』


 絶望的な状況でも、機兵団の士気は決して落ちない。

 ここで引けば守るべき者を守れない。ここで戦えば、その1秒が誰かの明日へと繋がる。

 だから、絶対に引くわけにはいかない。

 死ぬわけにはいかない。誰かの明日を守るために。

 急拵えの練度と決死の覚悟はズヴェーリの進行を押し留める。しかし、キングズヴェーリはその歩みを止めない。

 ネメシス程度の火力では、全長2000メートルの巨体へとダメージは与えられない。


「クソッ、ゲームの時よりハードとか勘弁してくれよ! レイト、そっちは!!」

『や、やってる、よ……!』


 トウマも根性を入れて緊急冷却を行うスプライシングPRを駆り、ズヴェーリを着実に倒していく。

 しかし、レイトの方がどこかおかしい。

 チラッと目に入るレイトの戦い方は、少し……いや、かなり消極的だ。

 弾は何とか当てているが、そのペースはゲーム時代よりも明らかに遅い。


『まずは数を減らすって言ったが、補充の速度が尋常じゃないぞ!』

『弱音を吐くな!! 心で負ければ押し込まれるぞ!!』


 なんとか機兵団も気張っているが、やはり敵の数は膨大。暴力になっている。

 未だ戦線離脱者が居ない事が奇跡としか思えない程の物量。今までの機兵団ならば、とっくに全滅していたであろう波状攻撃の中を付け焼き刃の練度は切り開いていく。

 そして、ようやく戦闘開始から13分。スプライシングPRのV.O.O.S.Tが再使用可能になる。


「数を減らす!! 援護を頼むぞ!!」

『リミッター、再開放! 決戦機能開放!!』

「耐えてくれよ、スプライシング、ラーマナ!! V.O.O.S.T!!」


 再びスプライシングPRがその牙を剥いた。

 しかし、この力は限界を超えた力でもある。コクピットの中は空調が効きづらくなるほどの熱気に包まれ、機体の各所からは嫌な音が鳴り始める。

 それでもスプライシングPRは耐えている。もう二度と、己の相棒に傷を付けないために。


「天に昇れッ!!」


 光の翼が飛翔する。

 毎秒1体という驚異的な速度でズヴェーリを狩りながら。

 だが、このペースなら。ここで更に200体近く減らせば、戦況は楽になる。トウマとスプライシングPRを一度帰し、緊急整備も可能になるかもしれない。

 そんな希望を持ち、宇宙を舞うスプライシングPRの援護を機兵団が行う。

 この調子なら、この調子なら──


「なっ!? ンなの聞いてねぇぞ!!」


 しかし、トウマが声を荒げながら、スプライシングPRの軌道を変える。

 何があったのか、それを機兵団達が確認した時には、全員が冷や汗をかいた。

 キングズヴェーリの体からズヴェーリだけでなく、触手のような物が伸び、それがスプライシングPRを囲み食い尽くさんとしているのだ。


「どうなって……! いや、これはゲームじゃない! そして奴はズヴェーリの親玉……! こういう事もできるっつーことかよ!!」


 そう。ゲーム時代は……そして、今まで現れたキングズヴェーリは自身が攻撃を行ったことは、1度たりとも無かったのだ。

 だからこそ、機兵団はズヴェーリの討伐だけ行えばいいと思っていた。

 トウマとレイトも、それで間違いないと頷いた。

 しかし、現実は非情だ。

 キングズヴェーリは、通常のズヴェーリを遥かに凌ぐ回復能力と、そして攻撃能力を保有していた。

 今までそれが牙を剝かなかったのは、必要が無かったから。本気を出す前に核弾頭により消滅していたから。

 その牙を、スプライシングPRと機兵団は、剥かせてしまったのだ。

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