ただの平穏へ愛を込めて
プシュッ、の音が2回響き、ナノマシン注入という名の手術が完了する。
トウマもお世話になったポット型の医療装置は今回使用せず。多少の事ならナノマシンでなんとかできてしまうこの時代って凄い。
「これで老化が暫く止まる……って言われてもなんか実感ないな……」
「止まるというよりも、すっごくゆっくりになるだけ。もちろん、その分だけ寿命も伸びるわ」
「ちなみに何年くらい?」
「人によるけど、平均は40年くらいだったかしら? 保証は30年ね」
「すげー伸びるじゃん……結構嬉しいなおい」
人によっては50年、60年は老化がゆっくりになる人もいるので、普通に150歳の老人が居てもおかしくないのがこの時代だ。
トウマとレイトも、まさか自分が100歳超えはほぼ確実にできるかもしれないという事でちょっとテンションが上がった。
ちなみに2人は気付いていないが、人の平均寿命が伸びた事により定年の年齢が90歳近くにまで伸ばされていたりする。伸びた寿命分だけ働けとの国からのお達しだ。
「にしても、この時代の医療技術って凄いよね。ナノマシン打ち込むだけで大体治るんだもん」
「そこはまぁ、時代の積み重ねの結果ね」
視力回復の手術をしてもらい、実はつい最近、地球にいた頃からちょっと煩わしかった偏頭痛と治療済みの虫歯の再治療までしてもらったレイトはこの時代の医療に感謝しているし、同時に驚いている。
ナノマシン一つでここまでどうにかなるなんて、と。
歯なんてガッツリ穴を開けて詰物をしていたのに、口の中にナノマシンを注射してもらって1日寝たら詰物がポロっと取れて歯が復活していた。
その時の感想はナノマシンってすげー、だ。
「トウマさんも色々と治してもらったりしてるの?」
「え? 俺、視力回復と歯と鼻だけしかしてないけど……」
「何で歯と鼻……? 一応僕は偏頭痛と虫歯治とお腹冷えるとすぐに下しちゃう体質を治してもらったけど……」
「マジ? じゃあ俺の油物食ったら腹下す体質治ったりする?」
「オッサン……? 偶に食事のすぐ後にトイレ行くのってそういう理由があったのね……まぁ、治ると思うわよ……」
「マジかよもっかい病院行ってくる」
「連続で行くのは流石に迷惑だからまた今度にしなさいよ……」
という事でトウマは後日、油物に強い胃腸を手に入れるための手術をする事となった。
それはともかくとして、病院から出た3人は時間も時間という事で、昼食を食べに行くことにした。
出てくる食事はフードカートリッジで出力したものだとは言え、どの店も基本的には独自の製法を用いたフードカートリッジを使っているため、家庭の味とはまた違う味を経験できる。
「ん、ここの飯美味いな」
「あらほんと。地上特有の何かがあるのかしら?」
「普通にこの店のご飯が美味しいんじゃない? 僕も初めてこの店知ったし。リピートしよかな」
どうやらお昼にと選んだ店は当たりだった模様。レイトのお気に入りに入ったらしい。
そんな感じで昼食を楽しんでいたのだが、量が少なめ故に早めに食べ終わったティファが、そういえば、と口を開いた。
「あんたら、ネメシスオンラインとやらで知り合ったのよね? どういう経緯で知り合ったのよ」
「ん? そりゃまぁ、互いにレイド相手を探しててな」
「そうだね。当時はキングズヴェーリのレイドが実装されたばかりで攻略に必死だったんだ。当時は本当に色々と手探りだったんだよね。それで、偶々目的が同じだったトウマさんが話しかけてくれたんだ」
「そうそう。当時はレイド発生アイテムの『物質化した宇宙線』も貴重品でさ……変にマナー悪いやつを混ぜると空気最悪になるから、人当たり良さそうなやつを選んだんだ。そっからだな」
「へぇ……ちなみに、顔を知らなかったのは?」
「そりゃ互いにリアルとは似つかないアバターの姿だったからな」
「偶にリアルの顔持ってくる人いたけど、僕はそんな勇気なかったなー」
「なるほどね…………あとキングズヴェーリとかいうトンデモの事は聞かなかったことにしとくわ」
かつて少しだけ話題に出たキングズヴェーリ。
ネメシスオンラインのPvEのレイドバトルコンテンツであり、それを発生させるには『物質化した宇宙線』というアイテムを使用する必要があった。
それの収集が、当時はまぁ大変で。しかも難易度も当時的には高めであり、トウマはマナーが良く、失敗を許容し合い、腕の立つプレイヤー探しにだいぶ苦戦していたのだ。
そんなトウマが見つけたのが、同時期くらいに始めたのであろうレイトだった訳だ。
「……ちなみに、『物質化した宇宙線』ってこの時代にあるわけ?」
と、ティファがふと気になった事を野郎共に聞いた。が、野郎共は首を傾げるだけ。
そんなのは見たことない。
が、もしあるとしたら危険だ。なので、ティファは己の端末で調べ始めたのだが。
「…………うわっ、実在する。しかも最近取引されたって」
どうやらゲームのアイテムは実在するらしい。
マジかよ、とトウマとレイトが顔を顰める。もしかしたら取引された『物質化した宇宙線』のせいでどこかでキングズヴェーリが発生している可能性がある。
怖いなー、と思いながら食事を続けていると、目の前のティファの顔色が急に青くなった。
何事? と思っていると、ティファは青い顔のままそっと己の端末からホロウィンドウを投影して2人に見えるようにした。
ふむふむなるほど。
超希少な宝石である『物質化した宇宙線』は長きに渡る交渉の末、ハインリッヒ婦人が買い取った、と。
なるほど。
なるほど。
「…………んじゃ、レイト。俺達サラを拾って国に帰るから」
「逃さないよ!!?」
「テメっ、離せ! おめーが対処しろあのバケモン!!」
「無理に決まってるでしょ!? ネメシス単騎で何しろっていうのさ!?」
「俺が知るかぁ!! ってかスプライシングPRでも無理に決まってんだろあんなの!!」
野郎共が暴れ始めた。
ハインリッヒ婦人。つまりはサテラの事。
その元へキングズヴェーリ召喚アイテムがやって来る。
厄ネタ意外の何者でもない。なのでトウマが暴れてレイトも暴れ始める。
そんな暴れ始めた野郎共の片割れの端末に通信が入る。片割れとは勿論、レイトの事。
トウマの視線が飛んでくる。
出ろ、と。
渋々レイトは一度トウマを離し、そっと端末を手に取って通話に出る。
『すまない、レイトか。休日なのに悪いが、緊急事態だ』
「はい……」
『──キングズヴェーリが周辺地域に出現したとの報告があった。レイト、君には一度トウマくんとティファ嬢を連れて屋敷に来てほしい』
どうやら、既に事態は最悪な方面に傾き始めているらしい。
ここまで来たらもう逃げられない。トウマも顔を顰めながら、覚悟を決めるのであった。
ティファは白目を剥いていた。今回ばかりは駄目かもわからんので。
―――――――――――――
後書きになります。
キングズヴェーリはこのために前の話でポロっと出してました。ミスリード用の伏線とかではなく、トウマ達が倒せるようになったら出すためのボスでした。
ちなみにもう一つ、敵候補で伏線出したのも居ます。多分みんな忘れてるしコイツな訳がないって思ってる。
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