不穏の風

 サラvs機兵団、サラvsトウマ。その映像は勿論、ハインリッヒ家の家族の元へ届けられた。

 ミハイルとサテラは己の娘が十何機ものネメシスを相手に大立ち回りをしている光景に興奮し、トウマに辛くも敗北する様子に思わず声を漏らしていた。

 その映像は当然、ミーシャにも届いていた。


「……素人目線では凄まじいの言葉しか出ないな。まさかズヴェーリだけではなく、対人戦においてもここまで腕を上げているなんて……」

「これでネメシスに乗って半年ちょっとなんだよね……? トウマさん、とんでもない逸材見つけてきたなぁ……」

「実際には数ヶ月ほどブランクがあったみたいだから、3、4ヶ月と言っていたな」

「ひぇー……」


 ミーシャはレイトを呼び、その映像を見ていた。

 ミーシャが一番驚いたのは、己の騎兵団を相手に八面六臂の立ち回りでネメシスを蹴散らす映像。対してレイトはトウマとの対人戦の様子を見て驚いていた。

 レイトの見立てでは、サラはランカーほどでは無いものの、ランカーに限りなく近い腕を持っている。恐らく足りないものは様々な相手との実戦経験だけ。それさえ積めば、サラの腕はトウマにも並ぶだろう。

 恐らく、ネメシスオンラインを3、4ヶ月プレイした時のレイトにすら負けていない。

 サラが同時期にネメシスオンラインをプレイしていたら、レイトとサラは間違いなく拮抗した実力を持ったライバルとなっていた事だろう。

 それほどまでに、サラの持つ才能は凄まじかった。


「多分、サラお嬢様が実戦経験を積めば、サラお嬢様を一対一で倒せる人はほぼ居なくなるよ」

「そこまでか?」

「間違いなく」


 それこそ、レイトとトウマのようなランカーくらいだ。

 まだサラの腕前はマリガンに届いていないが、いずれサラの腕前はマリガンを凌ぐ。そうなれば、サラを真っ向から倒せる者は居なくなる。


「それに、騎兵団の人達も凄い。最初は全然だったのに、最後はしっかり動けてる。この調子ならハインリッヒ機兵団は、世界中どこを見ても右に出る者は居ない機兵団になるよ」

「ほう! それは……なんともなんとも。いい事ではないか」


 ミーシャの機嫌が目に見えて上がった。

 己の抱える機兵団が世界一強い。己の民を守る盾は世界中どこを見ても右に出るものが居ないほど固く、更に狼狽を働く者を許さぬ鉾となる。

 いつかその評判は王国中を駆け巡り、その果てに民は安堵するだろう。ハインリッヒ機兵団がいる限り、この領地は武力による弾圧を受ける事はないと。


「ふふふ、なんとも誇らしい事か。我が機兵団は世界のどこに出しても一目置かれる軍となるか。民を守る盾として、鉾として、これ以上誇れる物はないな」

「間違いないね。宙賊にも、ズヴェーリにも恐れることなく立ち向かって、そして無傷で帰ってくる鋼の強者達……あっ、やばい。僕もなんか興奮しそう。ロボオタの血が騒ぐ」

「そうだろうそうだろう!! ただでさえ我等が誇りであったハインリッヒ機兵団が更に強くなるのだ!! これが誇らしくない訳がない!!」


 少数精鋭の最強機兵団。あぁ、何とも男心を擽ってくれる。

 それに、貴族としてもそんな軍が居ることは頼もしいし嬉しい事であり誇らしい事だ。我が領地を守る機兵団は世界最強なんだと誇れるなんて。


「あら、ミーシャもレイトくんもご機嫌ね?」


 とか言っていたら、なんか急に母であるサテラが部屋に入ってきた。


「うぉっ、母様!!? せめてノックはしてくれ!?」

「お、奥様!? す、すみません、気を抜いてしまって」

「いいのよいいのよ。ミーシャのお友達なんだもの。この部屋の中でくらい、気を抜いていても咎めはしないわ。むしろ、ミーシャの事をよろしくね?」

「は、はい。自分なんかで良ければ。私も、ミーシャ様と話すのはとても楽しいので」

「れ、レイト……!」

「で、では、私は一度席を外します。ご家族の会話に混ざるわけにもいかないので」

「あら、気にしないでもいいのに」

「私が気にしますので……!」


 完全にオフモードだったミーシャとレイトが慌てふためいていたが、最終的にレイトは使用人モードになって何とかその場を離脱。

 その場にはレイトに話すのを楽しいと、今まで一度も言われなかった事を言われて照れたミーシャと上機嫌なサテラが残った。


「ふふふ、今まで友達なんて居なかったの、実は心配してたのよ?」

「母様……! 心配などされずとも、問題はありません。今はもうレイトが居ます」

「えぇ、分かっているわ」


 最初は友人とは名ばかりの愚痴り相手みたいな物だったのだが、気が付けばレイトはミーシャの唯一の友人。いや、親友とも言える存在になっていた。

 そんな友ができたことで、ミーシャ自身、毎日に今まで無かった色が足されて新鮮な気持ちなのだ。


「と、ところで。母様、ご用件は?」

「そうそう! 実はね、凄く珍しい宝石を落札できたのよ!!」

「はぁ……またコレクション予定の宝石の自慢ですか」


 宝石。その言葉を聞いてミーシャはげんなりした。

 そう、サテラには一つ趣味がある。

 それは、宝石を集める事。要するに宝石限定のコレクターだ。

 宝石の価値に関係なく、宇宙中の宝石、もしくは綺麗な鉱石を集めるのが趣味なのだ。

 変わってる点があるとするならば、サテラは同じ種類の宝石を複数は集めない。1種類の宝石を1つだけ。それがサテラのコレクターとしての心情だった。

 しかし、そこまで詳しく知らない仲の人間は、贈り物として被っている宝石なんかを送ってくるため、そういうのは手持ちの宝石とどっちが綺麗かを見比べ、片方をコレクションに、片方をへそくりにしている。

 サラが盗んだへそくりというのは、そういった大量の宝石だった。

 そして、サテラは珍しい宝石の入手が確実な物になると、それを家族に自慢するのだ。他に自慢できる相手がいないので。


「ほらほら見て、これ! 凄いでしょう?」

「これは……何ともまぁ、変わった宝石ですね?」


 そんなサテラが見せてきたホロウィンドウに写っていたのは、極彩色の宝石だった。

 こんな物が自然にできるものなのか、と思わず感心してしまう。


「これね、『物質化した宇宙線』っていう、文字通り宇宙線が鉱石って形で物質化した物なの。発見例も少ないし現存してる物も少ないすっごい貴重な物なのよ! ウチの領地にこれを持ってるコレクターが居たんだけど、交渉の末に何とか買わせて貰えることになったのよ!」

「そもそも宇宙線って物質化するんですね……まぁ、良かったですね、母様」

「えぇ、本当に! さーて、次はサーニャちゃんに自慢しないと!」

「ははは……」


 嵐のように来て嵐のように去っていくサテラを見送り、ミーシャは乾いた笑いを漏らすのだった。

 何というか……そろそろあの自慢癖も直してほしいものだ。そう考えながら。

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