変態のレッスン〜整備編〜
腕を上げていったのはパイロットだけではなく、整備班もだ。
全身の姿勢制御用スラスターまでもを使い一人一人が負担の大きい動き方をする以上、整備はかなり大変だった。
「クソッ、ここのスラスターがイカれかけている! 予備パーツ持ってこい!!」
「一体どんな動きをしたらバーニアがこんなに焼け付くんだ!! ええい、塗装は後回しで機能だけでも万全にするぞ!」
今までバーニアやスラスターは酷使こそされど、細かく噴射を繰り返して立体的に動くなんて事には使われなかった。
特に姿勢制御用スラスターなんて、船への帰還や隊列を作る時くらいにしか使われていなかったのだが、トウマから学んだ動きを取り入れた機兵団は全身のスラスターを酷使し始めた。
その結果、整備の手が回らなくなってきたのだ。
「嬢ちゃん、この腕の動きがヤケに反応が悪いんだが、原因分かるか? 今日、この辺の事ができるやつが非番でな……」
「見せて。えっと…………あぁ、動力炉からのエネルギーの供給が上手くいってないわね。原因は…………うん、動力炉に繋がるケーブルの劣化。変えのケーブルがあるならすぐ直すわ」
「すげーな嬢ちゃん……普通これ、何人かで原因を調査するもんなんだが……」
「だってわたし、ネメシスを一から組んで一人で整備してるもの。これぐらい分からないとやってけないわ」
「これが天才ってやつか……」
「ふふん、まーね」
そんな整備の手伝いとして、ティファも働いていた。本来は整備班へとV.O.O.S.Tであったり、ラーマナから得た知識を伝えるために雇われたのだが、気が付けば手が足りない所へ回されていた。
が、ティファはたった一人でネメシスを組み上げた化け物だ。本来なら数人がかりで原因の特定、修理を行うような故障でも、たった一人でサクサクと解決してしまう。
本来は担当を分けて行う作業を一人でこなしてしまうティファはトウマ以上の化け物だった。
ネメシスを戦闘機として考えてみたとしても、バラされた戦闘機を一人で組み上げて一人で整備しきれる者なんてあり得ない。ティファはそれを、時間こそかかるものの当たり前のようにやってしまえるのだ。
端的に言わずとも化け物であり、人はそれを天才という。
己を天才メカニックと称するティファからすれば、その言葉は今までの努力が認められたみたい素直に嬉しく、ついつい本気を出して整備を手伝ってしまう。
「…………いや、凄いねサラの友達は。干物の私でもヤバいことしてるってのは分かるよ」
「まぁ、あの2人って一つの分野で見たらただの化け物だからね……そりゃその分野で好きにさせたらこーなるわよ」
その光景をサラと、その姉であるサーニャは眺めていた。
まぁなんというか。サラからしてみたらそりゃこうなるか、という光景が広がっていた。
トウマは単騎でのネメシス戦においては化け物みたいな腕を持っているし、ティファはネメシスの整備においては化け物みたいな腕を持っている。
そんな2人が機兵団に混ざっているのを見て、サラはどこか誇らしかった。
自分の仲間がここまで評価されている事が。
「……ねぇ、サラ」
「なに、姉様」
「あんた、妬ましくないの? あんたの仲間2人があんだけ凄いのに」
人間というものは、無意識下でも自分と人を比べてしまう。
サーニャという他人からしてみても、トウマとティファの2人は異常だ。だが、サラは違う。
ネメシスを乗りこなす腕は確かだ。だが、それでもトウマの下位互換。
故に、妬ましくないのか。嫉妬しないのか。あいつが居なければ、と思わないのか。
それを聞いたが、サラはそんな事、と口を開いた。
「べっつにー? あいつ等メンタル弱すぎるし。あたしが居なきゃ今頃片田舎でガクブル震えてるだけよ」
「え、えぇ……?」
「そりゃあいつ等が完璧超人だったら嫉妬の一つもしたけど、割と欠点だらけよ、あいつ等」
まぁ実際、人間として3人の中で誰が一番マシかと言われればサラだ。
トウマは漂流者で常識知らずな上に馬鹿。色んな面で抜けている。ティファだって無駄に頑固で意気地で、なのに少しでもメンタルをやられると秒で引きこもる。
それと比べればサラはまだマシだ。アレのストッパーになれるし。
「まっ、だから一緒にいて退屈しないんだけどね。ティファも、トウマも」
「…………あんた、いい笑顔するようになったね」
「ん、まーね。あいつらのおかげ」
「あーあ、私も傭兵やろうかなー。レイト辺り連れてってさ」
「やめなさいよ。兄様が胃痛で倒れる」
それに、サーニャの下心なんて透けて見えているし。
サーニャはインドア派で面食いで。それ故に、出会いが欲しいなー、と考え続けている。
なので、傭兵になったらいい男が引っ掛けられるかも、なんて思っているのだ。あと、逆ハー作りたいなぁ、なんてことも。
「……傭兵なんて粗暴な無法者ばかりよ。トウマみたいなのは本当に珍しいくらいよ。トウマなんて傭兵全体で見ても一番大人しいって思えるレベル」
「えっ、嘘。やっぱ創作みたいにはいかないのねぇ」
「そういう事。いい男捕まえたいなら兄様に縁談見繕ってもらった方がいいわよ。兄様が選ぶ相手ならとんでもない地雷ってことは無いし」
実際、傭兵なんて出会い目的でなるもんじゃない。サラだってただ若い女という理由で何度嫌な目線を向けられ下心丸出しの声をかけられたことか。
そういうのは大抵すぐ傭兵協会にチクれば監視付きになり、もう会うことはなくなるのだが、一時的に不快な事になるのは変わりない。
この姉なら下手すると権力を使って排除しかねん。
「んじゃ、あたしちょっとあっち行ってくる」
「あっちって、機兵団の方? 何すんのよ」
「あたしもちょっと暴れたい気分。幸いにも機兵団は仮想敵が沢山あっても困らないみたいだし?」
「あー…………あんま派手にやるんじゃないわよ。機兵団の心折ったら怒られるからね」
「わーってるわよ。でも、護衛対象よりも弱い護衛なんて意味無いでしょ?」
こりゃ何言っても無駄か。サーニャは溜め息を吐いてサラを見送って。
『トウマが指導したにしてはまだまだね。ここらでちょっくら、あたしが揉んであげるわ!!』
『クソッ、サラお嬢様がここまでの化け物なんて聞いてないぞ!? 全機油断するな! サラお嬢様はあの赤いネメシス並だぞ!!』
『仲間が化け物なら本人まで化け物か! 秒殺された奴は3ヶ月減給だ!! 気合い入れてお嬢様に我等の強さを示せ!!』
『流石ウチの機兵団、優秀ね! でも、圧倒的にあたしみたいなのと戦った経験値が少ないのよ!!』
サラが機兵団相手に暴れ散らかしている光景を呆然と見ていた。
我が妹ながらイカれてやがる。サーニャはそう思ってしまったのだった。やっぱ護衛より強い護衛対象ってどうなの。
ちなみにこの後は。
『よーしサラ。久々にタイマンやるか!』
『上等! 今日こそ1本取ってあげる!』
『そうこなくちゃな! 行くぜスプライシング!!』
『上げていくわよ、ラーマナ!!』
調子に乗ったトウマとサラの模擬戦がスタート。2つの流星が本当にネメシスなのかと疑うほどの速度でぶつかり合い始めたのだった。
ちなみに結果はトウマの勝利。まだまだ弟子には負けていられないのであった。
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