変態のレッスン〜戦闘編〜

 翌日からは傭兵としての仕事が待っていた。

 まずはトウマ。彼の方は機兵団としての訓練等に混ざりつつ、ネメシスの慣熟訓練や宙賊での訓練等で仮想敵となり、実戦形式でネメシスオンライン流の戦術を教えるというものだった。

 というものなのだが。


「ゲホッ、ゲホオエッ!!? ヒュー……ヒュー…………ゲハァッ!!」

「あー…………その、なんかすまなかったな……君の体力を想定していなかった……」


 機兵団というのは私兵ではあるものの、軍隊であることには変わりない。

 それはネメシス専門とも言える機兵団であれど。ネメシスを降りたら役に立てません、というのは論外なのだ。

 故に、機兵団も生身の訓練はする。

 するのだが、軍人用の訓練にパンピーのトウマが混ざればどうなるか。


「そ、その…………次からは、お手柔らかゴホッゴホッ!!」

「そ、そうだな……新兵用のメニューを持ってくるか……」


 体力の無さが露呈して一人死にかけるのである。

 決してトウマの体力が少なすぎる訳ではない。ネメシスに乗る以上、毎度毎度Gにぶん殴られているので多少は鍛えられている。

 が、軍のシゴキというのはその程度では耐えられないほどだったというだけだ。

 その為、初日はトウマは一旦訓練から逃れて休憩。宙域での訓練から本格的に参加することとなった。

 こうなればトウマの独壇場だ。

 ネメシス2機単位での分隊毎に別れての訓練開始だったのだが、たかが1on2でトウマが苦戦するわけもなく。


「1番機、足を止めるな! 的になるだけだぞ!! 2番機は逆にそう動くんじゃない! 味方からの流れ弾に殺されるぞ!! それと2機とも照準が甘い! 数撃って当てたところでマシンガンじゃ致命傷にはならない! もっと敵の関節部やコクピットを狙え!! あと盾をもっと構えろ! 片手で撃って片手で守れ! じゃないと狙撃されて死ぬぞ!!」


 2機からのマシンガンによる挟撃を難なく逃れながら目に付いた問題点を指摘していく。

 元々機兵団の戦い方は、分隊単位ではなく小隊以上の単位で重火器による弾幕を作り、それをもって相手を近付けずに倒すという戦い方だ。

 しかし、それをやるためには全機が指定の位置に着き、ポジションをあまり変えずに弾幕を張る必要がある。

 個による突出が無ければそれで十分だ。しかし、それは個による突出に非常に弱いという事でもある。

 そのため、当初は2機編成の分隊規模での模擬戦だったが、途中からは完全に実戦を想定して部隊を12機編成の中隊2つに分割。それをもってトウマを仮想敵として戦ったのだが。


「狙いが甘いから懐に付け入られる! こうなると誤射が怖くて攻撃ができない、だから撃墜される! 個の突出に対しては囲め! 人型を活かした3次元機動ができなきゃネメシスは固定砲台にも劣るぞ!!」

『クソッ、全機散開! 敵機を囲み次第順次射撃開始!!』

「足並みを合わせるのはいいが遅い上に弾幕が途切れている!! 逃げながら弾を撒かないと何も変わらないぞ!!」

『なっ、3番機はひたすら逃げろ! 他は3番機の援護!』

「いい判断だ、だが逃げ方がマズイな! 一直線に逃げるだけじゃ的だ!」

『しまっ、ブースターに被弾!? すみません、自分はここまで……』

「な訳ねぇだろ! 戦場でそれは通じない! 肉壁にされるだけだ、こんな感じでな!!」

『なっ、卑怯な!?』

「それを敵軍に言って聞いてもらえるか!? ほら、こうなるとお前の味方は誤射が怖くて弾を撃てない。ネメシスってのは戦闘機じゃない。ネメシス特有の3次元的な動きをするべきだ」

『クッ…………悔しいがその通りか』

「今回は後ろからコクピットを貫いた判定にしておくから続けるぞ。そら、今度はどう逃げる! 俺は加減しねぇぞ!!」


 トウマは1on12というイカれた状況でもスプライシングPRで機兵団を翻弄してみせた。

 囲まれるのなら囲まれる前に一手打ち、それにより敵の作戦を見出してから各個撃破を狙う。更に撃破判定となったネメシスすら足場にして予測不可能な3次元機動を繰り返すものだから、マシンガンの弾幕は意味をなさず、思わず足を止めてしっかりと狙えばライフルによる手痛い一撃で機体が撃破される。

 まさにこの光景はあの時の赤いネメシス。マリガンとマッドネスパーティーを相手取ったときのような地獄絵図だった。

 だが、これを訓練でできるのは、機兵団にとって僥倖だった。


「と、いう訳で、俺から見えた問題点はこんな感じです。まずは足を止めすぎていること、盾を使えていないこと。それから、逃げ方が一直線過ぎること。これをどうにかしたら、俺みたいなイカれた個人にも対応できると思います」

「なるほど……では、どこから手を付ければいいと思う?」

「逃げ方ですね。逃げ方を覚えられれば、足を止めずに動いた時もその動き方ができるので」

「逃げ方か……そういえば君は一直線に飛ぶだけではなく、立体的に動いていたな。あの動きを教えてくれないか?」

「勿論です。あれはバックパックのブースターだけではなく、全身の姿勢制御用スラスターを使った切り返しと、後は慣性を利用してます。具体的には──」


 更に、トウマは実際に自分の訓練中の映像を元に、逃げ方の説明であったり盾の重要性であったりをレクチャーしていた。

 逃げ方というのはネメシスオンラインでは基礎中の基礎。

 ただまっすぐ飛ぶだけではなく、立体的に動く事で被弾率を下げるというのはPvPだけではなくPvEでも通用した。

 軍のネメシスというのは、足並みをなるべく揃えるという立ち回りと、敵前逃亡をしてはならないという事情があり、離脱の際は最大速度で一直線に離脱、というのが基本だった。

 しかし、突出した個に対してそれは通用しない。寧ろ一直線に逃げるのならありがたいほどだ。

 討ち取りやすく、そして背中を向けているのならば奇襲も考えなくて済む。囲まれないのならそれで良いのだ。


「ふーむ……君と話していると凝り固まった考えは改める必要があるとひしひし感じるよ」

「そこまで奇抜な事言いましたかね、俺?」

「そうだな。そもそも、ネメシスというのは歩兵の延長線のようなものだと考えていたというのがある。軍での行動において突出した個というのは想定されていないんだ」

「あー……つまり俺ってアクション映画の主人公みたいな、ありえない存在だったと」

「そういう事になる。そういうのは本来、制圧射撃で死ぬものなのだがな……」


 しかしそれを平然と潜り抜けるキチガイが現れてしまった。

 いくら軍であれど、キャプテン・アメリカやブラックパンサーのような単騎で1個小隊、1個中隊、はたまた1個大隊を翻弄して大打撃を与えるようなアクションヒーローみたいな相手との戦闘など考えてはいないのだ。


「だが、君のおかげで対策を取れるし、その結果も犠牲無しで確認ができる。それはありがたい限りだよ」

「それが俺の今回の仕事ですから。それに、仲間の故郷を守る人が強くなるのは、俺としても嬉しいんです」


 そもそも論としてはそんな化け物が次々と現れない事が望ましいのだが、トウマとの戦いの経験は、軍同士の衝突であれど生きてくる。

 逃げ方が上手ければ、それだけ犠牲を少なくできる。盾が使えれば被弾を抑えられる。それに、隊員全員がトウマ並とは言わないがサラ並の腕を持てば、機兵団一つで何百ものネメシスを宇宙の塵にできる。

 それはつまり、機兵団が守るべき民。この領地の無辜の命を一人でも多く守れるという事実に繋がるのだ。

 守るために戦う事を選び、それを生き甲斐とした機兵団にとって、その事実は何よりも嬉しい事実だ。


「よし、では1時間後に再びトウマくんを仮想敵として模擬戦を行う。次こそはV.O.O.S.Tとやらを使わせるぞ」

「使わせてみせてくださいよ、俺達の切り札を」


 トウマを仮想敵とし、機兵団はグングンとその腕を伸ばしていく。更に、その動きは単騎としての戦い方ではなく、軍という一つの集団としての戦い方として昇華していった。

 間違いなくハインリッヒ機兵団はこの広い宇宙の中でもトップクラスの実力を付けていく。

 それを支えるのは、ネメシスの整備を行う整備班だ。

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