友よ

 途中で話からフェードアウトしていたレイトだったが、彼はコッソリと演習を見学した後、次期当主であるミーシャに呼び出しをくらっていた。

 要件は来てから話すと言われているのでよく分からないが、まぁ呼ばれたなら行くのが使用人だ。


「ミーシャ様。レイトです」

「入ってくれ」


 ミーシャの私室に着いたため、扉の前まで来たことを話すとミーシャはレイトを招き入れた。


「ミーシャ様、ご用件の程は」

「レイト、今はプライベートだ」

「……分かったよ、ミーシャさん。それで、何かあった?」


 先程までは使用人として立ち振る舞っていたレイトだったが、ミーシャの言葉を聞いて少し態度を軟化させた。

 ミーシャはそれを咎めない。


「いや、なんだ……お前には少し友として相談したいことがあってな」


 そう、それはレイトはミーシャの友人であるから。

 雑用係として雇われたレイトとミーシャは比較的早く顔を合わせたが、そんなレイトに友となってほしいと口にしたのは、ミーシャからだった。


「貴族としての振る舞い、また疲れちゃった?」

「少し……いや、かなりな」


 その理由は、ミーシャがどうしても切り離せない貴族としての立ち振る舞いからだ。

 同じ年代の友は居らず、次期当主として、両親が心配になるほど己を固めたミーシャは堅物となった。

 しかし、そんなミーシャも内心は一人の人間としての捨てられないものがあった。

 それを吐露できるかもしれない、と思い至ったのが、漂流者であるレイトだった。貴族が存在しない時代から来た彼なら、貴族としては凝り固まった己を解放できるかもしれない、と。

 そんな気持ちを込めた願いにレイトは頷き、それからは時折レイトと無礼講の仲で色んな事を話す仲となった。

 特に、貴族としての振る舞いに疲れた時はレイトに愚痴を聞いてもらう事は一つの癖みたいになっている。 


「……レイトも聞いただろう。妹が、サラが帰ってきたんだ」

「聞いてるよ。元気そうだったね」

「あぁ。最初は傭兵をやってたと聞いて血の気が引いたが、実際に顔を合わせればいい顔をしていた。ここにいる時より楽しそうだったよ」


 そう口にするミーシャの表情は、貴族としての顔ではなく、家族会議の中で少しだけ漏れた兄としての表情だった。


「しかもな、サラは大型ズヴェーリを一人で狩れるほど、凄腕の傭兵になったみたいなんだ。正直、誇らしいよ。妹が見知らぬ誰かの助けになる事を仕事にしてるなんて」


 映像の中のサラは白いネメシスを駆り、宇宙を舞い、生粋の腕利きである機兵団でも苦戦は免れない大型ズヴェーリを、なんと単騎で狩っていたのだ。

 その様子が、ミーシャは誇らしかった。

 あの大型ズヴェーリを一つ狩るだけで、周辺宙域の安全は確保され、民の糧になる。そして、ズヴェーリ本体もエネルギーの抽出に使われ、民の生きる糧となる。

 それを成す己の妹の生き様は、誇らしく思えるほどだった。


「でも、サラお嬢様には言えなかったんだね」

「……あぁ。俺だって本当はサラのやりたい事をやらせたいんだ。でも、貴族としてはそれを許せない。許しちゃいけないんだ」


 それを、貴族としての思考が邪魔してしまう。

 それが、素直になれないミーシャという男の本音だった。

 だからミハイルが条件を付けると言ってくれたときは心底ホッとした。それなら、貴族としての思考も邪魔しないと。


「サラを解放するためにはこっちから条件を出して、サラに達成してもらう必要がある」


 だが、その条件が少し曲者だった。


「俺としては緩い条件でいいと思っている。だが、それではいけないと貴族の俺は言うんだ」

「難儀だよねぇ、ミーシャさんも」

「いやはや全くだ。幼少期の俺がここにいたらぶん殴って思考回路のネジを緩めてやりたい」


 ミーシャとレイトは困ったように笑う。

 それは2人の共通認識なので。


「別に俺としてはレイト、お前にネメシスに乗ってもらって模擬戦で勝ったら、とか緩い条件でいいと思ってるくらいなんだが……」

「んー、ごめん。それだと多分サラお嬢様は一生ここから解放できないよ?」

「なに?」


 レイトがネメシスに乗って戦闘した記録はない。だが、動かせる程度の事はできたと聞いている。

 ならばサラにとってはその程度朝飯前だと思っていたのだが。


「悪いけど僕、ネメシスでの戦いなら早々負けないよ。負けてやれない」


 そう口にしたレイトの目は、今まで見たことがないほど鋭かった。


「…………なるほど、どうやらお前は何か腹の中に抱えてるみたいだな」

「まーね。でも、ミーシャさん達の敵にはならないよ、絶対。それどころか、絶対に守るよ。僕に勝てるのなんて……そうだね、今日来たトウマさんくらいだよ」

「ほう。彼はそんなに強いのか?」

「パイロットとしての腕なら僕が少し勝るかな。でも、ネメシスのスペック差が圧倒的なんだ」


 スプライシングPRとV.O.O.S.T。アレは流石に次元が違う。ホワイトビルスターでとうこうできる問題ではない。

 だが、それが相手ではないのなら、パイロットがトウマなのであれば100戦やって60勝はできる。それ以外のパイロットが相手なら100戦100勝も夢じゃない。


「ならば条件は考え直さないとな……本当に周辺宙域のズヴェーリを狩らせるか」

「それでいいんじゃない? 傭兵としての報酬は出す代わりにズヴェーリの死骸はこっちが貰い受けるようにしたら、結構儲かるでしょ?」

「結構どころかかなり儲かるな。民にもかなり楽をさせることができる」


 どうやら、ミーシャの中では普通であれば無理難題、サラからしたら楽勝の条件である周辺宙域のズヴェーリの一掃で固まったらしい。


「すまないな、レイト。弱音を聞かせてしまって」

「いいよ、気にしないで。こう見えても僕、ミーシャさんの弱音を聞くの好きだから」

「ははは。ならばこれからも遠慮なく聞かせるとするな」

「ばっちこいだよ。友達だしね」

「助かるよ、我が友よ」


 自分の中のモヤモヤが晴れたミーシャは先程までとは違い、いい顔をしていた。

 やはり、友というのは。本音を相談できる友というのは、いいものだ。

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