微熱S.O.S

 ハインリッヒ子爵家。

 それは王国制の国であるティウス国に古くから存在する貴族家の1つであり、惑星1つとコロニー幾つかを領地として持つ貴族家だ。

 ハインリッヒ子爵は民を思う貴族として一般からは評価されており、税の徴収も常識程度。更に民の事を考えた施策も行っている。

 それらが実ってか、領地軍であるハインリッヒ軍は練度が高いことで有名であり、特にネメシス運用部隊であるハインリッヒ機兵団はティウス国でも随一のネメシス部隊としてティウス国内では有名である。


「改めて、私はミハイル・ハインリッヒ。そこにいるサラの父親だ」

「同じく、母親のサテラ・ハインリッヒです」

「姉のサーニャ・ハインリッヒよ。あと、ここには来てないけど兄のミーシャが居るわ」


 そんなハインリッヒ家の長男以外が目の前に勢揃いだ。

 そして横を見れば家出娘も。

 ここはハインリッヒ子爵家の持つ大型船の中。その中の1つ、客間だ。

 ティファとトウマはやけにフカフカで座り心地のいいソファに座ってハインリッヒ家の方々と対面していた。


「あっ、えと……ティファニア・ローレンスです。サラと組んで傭兵やってます」

「お、同じく、トウマ・ユウキです。傭兵してます……」


 流石に今回ばかりはティファも緊張気味だ。


「いやしかし、慰安目的でここに来たら偶然サラを見つけられるとはな。運が良かった」

「はぁ……なんでこんなピンポイントで……」


 ハインリッヒ家からしたら運が良かった。サラからしたら運が本当に悪かった。

 思わず溜め息をつくくらいには。


「……で、サラ。一応、どうしてこんな事になってるか説明だけしてもらってもいいかしら…………? わたし、あの、その、流石に貴族の前だと胃痛が止まらないんだけど……!?」

「お、俺も……!!」

「そ、そんな緊張しなくてもいいわよ……無礼講みたいなもんだし……」


 この時代の命の価値は、まぁ低い。

 なので無意識に無礼しようものならいつ撃たれるか分かったもんじゃない。

 ネメシスに乗ってればどうとでもできる自身はあるが生身は駄目だ。生身だけはどうしても弱点なのだ。


「サラ、まさかお前、仲間に何も言ってなかったのか?」

「そ、そうよ……貴族の娘って事なんて知ってても面白くないだろうし……対等な関係が良かったし……」


 よく分からないことで罵倒された事から始まったけど、それから認められたり、仲間として誘われたり。

 そんな、貴族令嬢らしくない事がサラからしたら嬉しかったのだ。

 だから、言わない方がいいのかな、と思っていた。言わない方がいいと思っていた。


「……でも、こうなった以上話すわ。とは言っても、貴族の生活に嫌気がさしたから、船買って逃げ出した。それだけよ」

「船買ってって……そのお金はどこから来たのよ」

「………………母様のへそくりをちょろまかして」


 この時代にもたまーにいるのだ。自分は要らないが金になるものを溜め込んでおいて、いざという時に売って金にする人が。

 サラの母親、サテラは正しくそれで、サラはそれをちょろまかしたという。


「そうねぇ。小型船なら結構いいのを買えるほど、へそくりはあったから…………ねぇ、サラ?」

「は、はひ……」


 どうやらサテラ、サラに結構キレている様子。サラはガタガタ震えながら視線をあっちこっちに。

 母親が強いのはどの時代も共通しているらしい。


「あー…………すみません、サテラ、さん?」

「あら、何かしら?」

「サラの船なんですけど、この間わたしが壊しちゃって…………手元に無いので、わたし達でお金はお返しします」

「払えるのかしら?」

「こう見えても稼いでいるので。大型船もいいのが買える程度には稼いでます。ご家族の問題だとは思いますけど、わたしにも責任はあるので、そこはけじめを付けます」


 流石にこのままサラを放っておくのはアレだと思い、ティファが胃痛を抑え込んで口を開いた。

 サラの船。あれはガベージ・コロニー戦役にて囮として使い、宇宙のチリとなった。

 それをやったのはサラではなくティファだ。

 だからこそ、責任は己にもあると。そう言った。勿論、サラの買った船を新品で買い直せる程度の金はある。余裕だ。


「…………別にいいわよ。娘のお友達からお金をせびるほど貧乏じゃないもの。ただ、人の物を盗んだお馬鹿さんにはお仕置きが必要よね……??」

「あばばばっばっばば……」

「サラ、貴族じゃなくても歳頃の子が出しちゃいけない声出してるから……」


 母は強し。


「その件もあるし、何よりもサラの今後の事もある。これに関しては私達個人ではなく、家の問題だ。すまないが、こうなった以上はサラを一度我が家に呼び戻さねばならない」

「それは……はい。そうだと思います」

「だがその間、君達を放置するのも、サラの面倒を見てもらった以上、したくはない。そこで、だ。君達も一度我が家に来ないか?」


 サラを一度家に帰す。それはしなければならないだろう。

 しかし、追加で一緒に来ないか? と言われると困り顔を浮かべてしまう。

 幾ら仲間の両親からの誘いとは言え、遠慮なくそれに乗るというのは流石に憚られる。

 憚られるのだが……横から視線が。

 ふと横を見てみると、ついて来てと言わんばかりにサラが涙目でこっちを見ていた。


「あー…………えっと、じゃあお受けします。幸いにも、次の依頼も決まってないので」

「それはよかった。なら君達を客人として迎え入れるよう、家に連絡を入れておこう」


 その瞬間サラが間に挟まってるトウマをぶっ飛ばしてティファに抱きついた。


「ありがとティファああ!! 流石にこの状況で家族と同じ船の中とか気まずいが過ぎたのよお!!」

「そ、そう、良かったわね……あとトウマの事も少しは気にかけてあげて……」

「…………お気遣いなく」


 ソファの裏に転がり落ちたトウマから低い声が聞こえてきた。

 自分に抱きつけとは言わん。言わんがぶっ飛ばすのは如何なものかと。これにはハインリッヒ家の方々も苦笑。


「ははは……しかし、女性陣2人に男が1人、同じ船の中とは、少し下世話な事を危惧していたが、君達を見る限りはそういう事も無いみたいだね?」

「あー、まぁ。この男はネメシス以外興味が無いので、そういう関係じゃないんです」


 ふとトウマは思った。

 もし何かの運命が間違ってサラに手を出していたらこの場で殺されていたのでは? と。


「ほう、ネメシス。君達はネメシスを持っているのか?」

「はい。わたしが作ったやつですけど、2機持ってます。片方はトウマが、もう片方はサラが乗ってます」

「サラが!? うそっ、あんたネメシス乗れたの!?」

「え? そこはほら、頑張ったのよ、姉様」

「頑張ったって……そんな簡単にいくものなの?」

「いえ、そんな事は……ただ、サラは才能もあったので、多分自分の機体を使えば負けることの方が少ないと思いますよ。この前も宙賊のネメシス4機を相手にして危なげなく勝ってましたから」


 実際にはトウマが半分受け持っていたが、例え4機まとめてかかってきたとしてもサラは負けなかっただろう。

 この時代に産まれた人間の中でサラは間違いなくトップエースの実力を持っている。才能だって、対人戦をトウマ並に重ねて経験を詰めば、トウマだって勝つには全力を出す必要が出てくる。

 一度マリガンに敗北こそしたものの、サラの強さは本物だ。


「まさか娘にそんな才能があったとは……なるほど、だからサラが持ち逃げしたへそくりを払えるほど、稼げているというわけだね?」

「はい。こう見えても、大型ズヴェーリなんかも纏めて狩れるので。パイロットの腕のおかげで余裕のある暮らしができています」


 大型ズヴェーリを狩る。その言葉を聞いてハインリッヒ家の皆さまが驚いた。

 そりゃそうだ。大型ズヴェーリなんてハインリッヒ家でなら機兵団を出して対処する程の脅威。それを纏めて狩れる、というのは機兵団の運用をしている貴族ならば十分驚嘆に相当する。


「なるほど……その時の映像とかは無いのかね? できれば、娘の勇姿はこの目で見てみたい」

「それなら、直近でサラが単騎で大型を4体討伐した時の記録があるので、それをお譲りします」

「ちょっ、ティファ、恥ずかしいからやめてよ!?」

「別にいいでしょ……身内間でも普通に見てたんだし」

「家族に見られるのは別よ!」


 ちなみにその映像は宙賊を相手にする前、試運転としてラーマナMk-Ⅱを動かした際の映像だ。

 試運転で大型を相手にする辺り、ティファとサラも感覚がぶっ壊れてきている。


「ははは……それじゃあ、家に向かうとしようか」

「あれ? ミハイルさんも休暇で来たんですよね? 折角なら遊んでいけば……」

「ああ、私達は3日前に来てね。元々今日帰る予定だったんだ」


 なるほど、と質問したトウマが頷いた。


「それじゃあサラはこのまま残って、2人は自分の船で……」

「いやーーーーー!!」

「…………すまない、馬鹿な娘だが頼めるかい?」

「あ、あははは……はい」


 なんか幼児退行してね? と思ったティファとトウマは苦笑しながらミハイルの言葉に頷くのであった。

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