21世紀の青年
ロールに話を持ち帰られてから、1日ほどが経った頃だった。
やはりコロニーのお偉いさん共のアレコレはそう簡単には終わらないらしく、1日経っても音沙汰はない。ロールに話を聞いてみたが、待ってくれの一点張り。
それならばズヴェーリをころころして泡銭でも稼いでしまおう、というのがティファとトウマの考えだった。
のだが。
「うーん……やっぱここ周辺のズヴェーリの依頼は粗方やっちゃったせいで美味しい依頼が無いわね」
「美味しくなくてもいいぜ、俺は」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、流石に弾代とか推進剤代がね……案外馬鹿にならないのよ」
「あー……なるほど?」
なるほどとは言ったが、この男、推進剤やら弾代なんて殆ど知らないので曖昧な返事しかできない。
精々毎回依頼の1割くらいはスプライシングの整備に使われているなー、程度の事しか知らないのである。
「……あんたに言ったわたしが馬鹿だったみたい」
そんなトウマの曖昧な返事を聞いて、この男は何も理解していない事にようやく気が付いた。
それも仕方ない事だ。トウマは漂流者。この時代の常識なんざ何も分かっていない。ネメシス用の弾丸一つで結構イイ値段がする事も知らないのだ。
知らないなら知らないで仕方ない。ティファは何かいい仕事がないかなー、と溜め息混じりに端末を弄る。
「……そういえばティファさんや」
「あによ」
「そうやって端末で依頼を探すんなら、船でやってもいいんじゃねぇの?」
「外からじゃここのネットワークにアクセスできないのよ」
「何故に」
「機密やら何やらあんのよ。あんたも一応傭兵でしょうに。一緒に登録したじゃない」
「いやー、そこら辺はティファに任せりゃいいかって思って」
「はぁ……」
まぁ、実際この男に変な依頼を受注されるよりはマシか。
無駄に広い傭兵協会の建物内にある椅子に座って頬杖ついて。そして眺める依頼はどれもネメシス無しでできるか、効率の悪い仕事ばかり。
こちとら仕事でやっているのだ。相手にどんな事情があるにしろ、報酬という一点だけは譲れない。
身内からの依頼であれば多少は身銭を切るのもやぶさかではない、が。
「………………おっ、いいの発見」
そんな事を考えながら依頼を眺めていると、丁度いい依頼を見つける事ができた。
大型ズヴェーリ4体の討伐。どうやらこのズヴェーリが湧いた宙域はとある会社の資源採掘用衛星が存在する宙域らしい。
しかし、ズヴェーリ。それも大型が複数現れた事により資源採掘が滞ってしまい、更に相手が大型なためか軍も中々重い腰を上げてくれないのだという。
故に、報酬を釣り上げなんとか傭兵に早急な解決を依頼したい、というのがこの依頼の背景だ。
「トウマ、大型4体のいい感じの依頼があったわ。これ受けるわよ」
「ん、りょーかい。また軽く蹴散らしますか」
ティファの軽い声とトウマの軽い声。その内容を聞いて周りの傭兵達が軽く騒がしくなる。
普通こんな依頼、徒党を組んだ傭兵でもない限り受けやしない。大型なんて軍が対処するものをたかが傭兵が対処するなんてよっぽどの命知らずでしかないからだ。
しかし、2人はそれを何度も成功させている。
それ故に周りの傭兵は、またあいつら荒稼ぎするつもりだ、と驚いているのだ。
傭兵として依頼を受けるには、手元の端末で操作すればそれで終わる。故に、立ち上がりながらティファは端末を操作したのだが。
「よう、ローレンスの所の嬢ちゃんよ。ジャンク漁りが趣味にしては随分と調子がいいみてぇだな?」
そんなティファの前に見たこと無い男が1人。いや、その後からぞろぞろと追加で2人程の男がやってきて進路を塞いだ。
どうやら今日は協会に長居し過ぎたらしい。
「……うっさいわね。あんた等にゃ関係ないでしょ」
そう言いながらティファはうんざりした表情で男共を避けようとするが、避けようとした先に男は移動する。
「おいおい、そう急ぐんじゃねぇよ」
「ネメシス弄りに失敗して死んだ馬鹿共の娘がヤケに羽振りがいいみてぇだからな。ちょーっとその秘訣を聞きてぇだけさ」
その言葉を聞いた瞬間、ティファの足が止まった。
いや、止まったというか、手元が震え始めた。なんか手に握られた端末が嫌な音を立て始めている。
ティファにとって両親の事は地雷そのものだ。しかもそれを貶されるのは。
思わずトウマはティファの前に出た。
「おいあんた等。ティファとどういう関係か知らねぇけど、ちょっと失礼すぎるだろ。道徳心どこに置いてきやがった」
「トウマ……?」
目の前にいるのはヤケにガタイのいい男3人。喧嘩なんてしたことないトウマは、ついついティファの前に出てしまった事に若干後悔した。
普通に怖いや、これ。
「んん? テメェ……そういえばローレンスのガキと組み始めたっていう馬鹿か。なんだか知らねぇが天才パイロットだって持て囃されてるみてぇだな?」
「こう見えてもネメシス乗るのだけは上手いんでね。で、悪いけど、俺達仕事があるんで、退いてほしいんだが」
しかし、男共は退かない。
「だからよぉ、俺達ぁ何も難しい事は言ってねぇ筈だぜ? お前らがズヴェーリ退治で儲けてる秘訣を教えてほしいだけさ」
「一体誰を別に雇っていやがる? まさか軍の人間か? それとも特別なオシリアイでも居るのかって聞いてんだよ」
どうやらこの男共はティファが何かしらイリーガルな手段でズヴェーリを狩り、それで報酬を得ていると信じているらしい。
そんなことしてないのに。
「わりーけど、ズヴェーリは俺一人で倒している。オッサン達こそ、こんなトコでロリっ子を脅迫してる暇があったら働いたらどうだ?」
「テメェ、このガキが……!」
「大人しく話さなきゃ痛い目にあうだけだぜ……?」
「いや、事実なんだけど。まぁ、やれるもんならやってみりゃいいさ」
そう言ってドヤ顔のトウマ。
そのドヤ顔にどうも男共は耐えられなかったようで。
「ならくたばっちまえ、このガキが!!」
男共の一人はそう叫んで拳を振るった。
ティファはその光景を見て、まさかこれだけ挑発するって事は、実はトウマって……と思っていたのだが。
「えっ、ちょまっ」
なんかトウマから情けない言葉が聞こえた。
次の瞬間、割とエグい音と共にトウマの顔面に拳がめり込んだ。
避ける事すらせずに……というかできずに拳を顔面で受け止めたトウマに、拳を振るった男の方がしどろもどろ。そしてティファはポカン。
男がゆっくりと拳をトウマの顔面から離すと、トウマはその顔面を血に染めてその場でぶっ倒れた。
傭兵にとって、こういう荒事はよくある事だ。よくある事だが……流石にここまでのはちょっと違う。
もうこれは喧嘩どころの騒ぎじゃない。ただの脅迫からの殺人未遂である。
「………………ちょっ、トウマァ!!?」
「な、何だこいつ!? あんだけ言うもんだからてっきり……」
「う、うわっ、鼻が折れて歯も…………ちょっとあんた等、こんな明らかにヒョロい奴に何してんのよ!! 殺人よ、殺人!!」
「ち、ちがっ、も、元はといえばお前等がこっちの言うことを聞かねぇから……」
「でももだっても無いわよ! 誰か、救急車呼んで!! あとこいつら捕まえて!!」
「お、俺達は何もしてねぇだろ!?」
「そ、そうだそうだ! 殴ったこいつが悪いだろ!?」
「おいテメェら!?」
「ンなもん共犯よ共犯! ってか早く救急車! ホントにトウマ死んじゃう!! 痙攣し始めてる!!」
雰囲気が一瞬にしてギャグに染まってしまった。
しかし、実力が拮抗していない者への過ぎた暴力は最早犯罪だ。
一部始終をバッチリと見ていた傭兵協会の職員は即座に警備員を派遣。トウマを殴った男とその仲間の男はその場で取り押さえられ、トウマは駆け付けた救急車に乗せられ病院に運ばれていった。
****
トウマを殴った男共は普通に実刑……というわけではないが、軽い前科持ちになることとなった。
状況はどうであれ、無抵抗の人間を一方的にぶん殴って重症を負わせたのだ。それを止めなかった仲間の男達も共に軽い前科持ちになった。
対して、軽く煽ったトウマも悪いことは悪いが、漂流者なのでそのへんの事もよく分かってなかったんです、とティファの嘘泣きによる証言によりお咎め無し。
トウマの保護者的立場であるティファが、今後はこういう事はないように、と軽く注意されるだけで終わった。
「で、トウマ。あんたなんであんな風に煽ったのよ」
「いや、流石に急には殴られんやろ思うて……あと殴られても避けれるかなって……スプライシングに乗ってりゃ弾の軌跡まで見えるんだけどなぁ……」
「はぁ……呆れて物も言えないわ。とにかく、これからはあんな事しないで」
ちなみにトウマは2日間の入院を経て普通に完治して退院した。
折れた鼻も歯もちゃんとくっついている。ナノマシンってすげー。
「うっす。もうやんねぇっす……いやほんと、すげー痛かったゾ……」
「でしょうね……だってクリーンヒットだもの……わたしでも普通にヤバイわよあれ……」
この時代に来てからトウマの顔面のパーツ殆どにナノマシンの手が入っている。ここまで早いのは漂流者の中でも珍しいだろう。
「……ったく、ほんと。ああいう手合は慣れてるのよ。なのに、なんであんたは……」
ティファは軽く俯いてそんなことを口にした。
ティファ自身、トウマが自分の事情を知っていることは理解している。理解しているが、それでもあの時のトウマの行動はちょっと理解できなかった。
普通に考えれば殴られるかも、なんて想像できたはずなのに。
「んー……まぁ、アレだ。ティファがこれまで積み重ねてきた努力と、両親と、誇りを貶されて、俺もちょっと苛ついたんだよ。可愛い上に天才なウチの相棒を馬鹿にすんじゃねぇって」
「んなっ!?」
トウマの本心からの言葉を聞いて、ティファが顔を上げながら、その表情を驚きに染めた。
その顔色が、ちょっとどころではない程度に赤くなっているのは、予想外の言葉に照れたからか、トウマの言葉が嬉しかったからか。
それとも可愛いなんて言われ慣れてないからか。
「な、生意気言うんじゃないわよ、トウマのくせに!!」
照れ隠しにと放たれたティファの蹴りは見事トウマの尻に叩き込まれた。
「いってぇ!?」
「ふん!」
そのままティファはトウマを置いてガンガン前に進んでいく。
慌ててトウマはティファを追うのだが。
「まぁ、その……パパとママの事、馬鹿にしてないみたいだから許したげる」
そんな声が、ティファの背中越しに聞こえてきた。
「だーれがこんな天才を育てた人たちを馬鹿にするかよってんだ」
「……ふん、ばーか」
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