翔べ、ネメシス!!
戦場へ向けて、歩く。
向かうのは、ティファが作り出したネメシスの元。そして、戦場だ。
決して慢心はできない。もし少しでも慢心すれば、自身が乗るネメシスが爆散する可能性が十分にある。
ネメシスオンラインとは、機体の体力こそ表示されるものの、その実はかなりのリアル志向。弾が当たった箇所の装甲が弾け、フレームが砕ければ箇所によってはその時点で戦闘不能。嬲られるだけになる。
更にコクピットは特に守らなければならない。ライフル弾など、高火力の弾丸をコクピットに叩き込まれようものなら、その時点でどんなネメシスも爆散する可能性がある。
故に、かっこつけながらも内心では命のやり取りをするという事実に恐怖しながら、廊下を進んでいく。
「トウマ!」
そんな彼を、もう一度ティファが声で止めた。
そんな彼女の方へと一度振り返ってみると、彼女は何かを抱えており、それを投げて渡してきた。
「うわっ!? こ、これは?」
「パイロット用の耐Gスーツ! それがないとGで気絶するわよ!」
耐Gスーツ。抱えたそれを広げてみれば、それはどこかネメシスオンラインで使用するアバターが着用することになるパイロットスーツに似ていた。
だが、これを渡してくれたという事は。
「トウマ、絶対に帰ってきなさい! じゃないと……どうなるかわかったもんじゃないわよ! わたし、怒ると怖いんだからね!」
彼女の言葉に、頷き走る。そりゃ、なんとなく察してますとも。あなたが怒ると怖いことくらい。
そうだ。ここで勝てなきゃ怖い天才メカニックに叱られてしまう。
ならば、全力を出して戦うしかない。
「見せてやるよ……! ネメシスオンラインのランカーは伊達じゃないって事をな……!!」
後部ハッチの格納庫で服の上からパイロットスーツに身を包み、付属のヘルメットを被りスーツを密封させる。
この世界に来てから一、二回ほどノーマルスーツは着たことがある。それを着るようにやってみれば、簡単に着ることができた。
「……ここからは殺し合い、か」
パイロットスーツの着心地を確認しながら、トウマは独りごちる。
そう、ここからは殺し合い。現代日本で一般人として生きていくのであれば決して経験することが無い事だ。
それを、しなければならない。
「……駄目だ、考えるな!」
その思考に手が震え始めるが、一人叫び抑える。
何か、恐怖を紛らわすいい手は……
「……こっからやるのはNPC戦だ。なに、いつもの事だ。俺はいつも通りにNPCを相手に戦うだけ。初期機体だって、なんだったら初期機体よりも弱い機体でだって、もうノーミスでやれるくらい安定してたろ!」
半ば自分に暗示をかけるように叫ぶ。そして、ネメシスを見上げる。
心配するな、お前は戦える。
そんな風にネメシスが呼びかけてくれている気がした。
「……そうだ、所詮はゲームの延長線だ。だったら、やれねぇ筈がないだろ」
ゲームの延長線として。いつも何も考えずにやれていたゲームの延長線として、今から戦う。
そうだ。これはゲームの延長線なんだ。リアルなゲームなんだ。
そう思えば、なんとか手の震えは収まった。恐怖も、少し収まった。
故に、ネメシスに乗り込み、OSを起動させる。
「……これは」
起動してすぐに、今までの起動実験の時とは違う画面が一瞬だけ出てきた。
それは青色の背景に白色の文字が書かれているだけの画面だったが、そこに書いてあった文字は読み取ることができた。
「──スプライシング」
『それがその子の名前よ、トウマ』
スプライシング。画面に出てきたその文字を口に出してみれば、それの答えは通信を繋げたティファからすぐに返ってきた。
機体の名前。この機体に与えられた、この機体を象徴する名。
継ぎ接ぎという意味を持つそれは、なかなかどうしてピッタリに思えた。
その名前が、ティファの誇りとするネメシスの名が、トウマに勇気を与えた。
「なるほど、継ぎ接ぎか……いい名前じゃないか、お前」
操縦桿を少し撫でてやると、スプライシングはそうだろうと言わんばかりにその出力を上げていく。
出力限界は、見立て通りトウマがゲーム内で乗ってきたどの機体よりも低い。こんな機体をPvP戦に持っていけば、初心者には勝てても同じランカーには笑われながら撃墜されることだろう。
だが、今のトウマにはきっとランカーが相手だって勝てるという確信があった。
そうだ。この機体が。ティファが作ったこの機体が。
こんなにも殺し合いの場に出るのだというのにも関わらずに気分を高揚させてくれるこの機体が、カタログスペック如きでその強さを測れるだなんて思えなかった。
恐怖はいつの間にか消えた。これはゲームの延長線。ランカーとして名を馳せた己の……この時空において最強のパイロットの初陣だ。
「さぁ行くぞ、スプライシング。ここにはお前を作った天才メカニックのティファと、最強のパイロットの俺がいる!!」
自身を、そしてこの戦場を戦い抜く相棒を鼓舞し、カタパルトデッキに足を乗せる。
『いい、トウマ。あなたが出撃した瞬間にバリアを解除するわ。ただ、バリアを再展開するには十秒時間がかかるわ。その間、この船に攻撃が来ないようにできる?』
「任せろ。やってやるよ」
『どこから来るのよ、その自信は……』
トウマの自信の源を知らない彼女は思わず笑うが、それでも彼女は託したのだ。
自身の最高傑作と、己の命を。
その根源が自棄なのだとしても、託したのだから自身の仕事は全うしなければならない。
ブリッジで震える指をそっとパネルに向ける。
『行くわよ……カタパルト、ユーハブコントロール。トウマ、いつでも大丈夫よ!』
そして、カタパルトデッキの権限をスプライシングへと移し、ハッチを開放すると同時にバリアを解除した。
『お願い、無事に帰ってきて……!!』
その言葉を聞き、トウマは戦場を睨み、笑いながら叫ぶ。
「アイハブコントロール! 大丈夫だ、俺はこんな奴らに負けやしない!!」
出力全開。
スプライシングの緑色のカメラアイが、出力に応じて光を発する。今こそが目覚めの時だと、言わんばかりに。
──さぁ、翔べ!!
「トウマ・ユウキ! スプライシング、出るぞッ!!」
その瞬間、スプライシングは。
ティファの意地は、トウマを乗せ雄々しく真空の宙へと飛び出した。
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