splicing〜絶望を越えて〜

 ティファの意地の結晶。黒きネメシス、スプライシングは雄々しく真空の宙へと飛び出した。

 黒塗りの装甲と、規格が合わずちぐはぐな両手両足。しかし、その不格好なジャンクで構成された姿すら誇りとした機体が自身の持つ最大速度で真空の海を一気に上昇していく。


『なっ、ネメシスだと!? 野郎ども、撃ち落とせッ!! 船の方は後回しだ!!』


 空を舞うスプライシングに気が付いた敵ネメシス六機は行おうとしていた船への攻撃を止め、そのマシンガンの銃口を全てスプライシングへと向けて銃弾を撃ち出していく。

 しかも相手がオープンチャンネルで喚いてくれたおかげでバリア再展開に関してはほぼ考えなくても良くなった。

 ならば、後は回避行動に集中するまで。

 一対六という最悪の戦況、更には全ての機体の銃口から弾丸が放たれたという絶望的状況の中、スプライシングはその銃弾の雨霰の中をたった一つの実体盾を駆使して飛び回る。


『なんだ!? 盾で防いでいるのか!? おい、もっとしっかりと盾からはみ出ているところを狙え!!』

『無茶言うんじゃねぇよ!? あんなちょこまかしてる奴にそんな正確に当てられるか!!』

「ハハハハ!! いいね、最高だぜスプライシング!! お前の動き、俺のイメージに吸い付くぞ!!」


 実体盾で弾を受け止め、ブースターを真横に向けて吹き、一瞬で弾幕の中を抜ける。

 それを繰り返し、ついには弾幕が追いつく前に次々と軌道を稲妻のように変えながらスプライシングが宙を舞う。

 その動きは、パイロットであるトウマが頭の中でイメージしたものと全く違いない程。

 スペックが低い機体なのにも関わらずそれができる理由。それは、『ラグ』がない事だ。

 ネメシスオンラインはゲームだ。オンラインでのラグ問題も付き物ではあったが、それ以上にVRゲームは脳の信号を機械が拾い、それをゲーム内に伝達、ゲーム内のモデルが動き、機体が動くという、生身よりもほんの少しだけ思考とのラグが発生していた。

 また、ゲーム側の多少のアシストにより細か過ぎる動きはできないという制限もあった。

 しかし、ここは現実だ。しかもこの機体を整備したのは天才メカニックのティファだ。

 それ故に、自身が行う繊細過ぎる操縦がダイレクトでスプライシングに伝わり、スプライシングは最早カタログスペックを遥かに超える機動性で弾幕を避け続けていた。

 オープンチャンネルで喚く敵の声がうるさいが、そんなのが気にならない程、トウマの精神は高揚していた。それほどまでに、スプライシングという機体はトウマの手に馴染んだのだ。


「さぁて、やるぞスプライシング! 俺たちの帰る場所を守るぞ!!」


 トウマの声と操縦に、スプライシングは一切のラグを出さずに答え、その右手に持ったライフルを構えた。

 スプライシングの武器は、実体弾を放つライフル。マシンガンのように連射はできないが、代わりに威力に優れ、加えて急所に当てた時のダメージは全武器種の中でも上位に君臨する。

 故に、この武器は全てのネメシスの急所であるコクピットに直撃させれば、一撃で相手を屠る事ができる。

 弾代があまりかからず、そしてジャイアントキリングもしやすい。

 トウマがネメシスオンラインで最も愛用した武器でもある。


「相手が悪すぎたんだよ! あの世で後悔しとけ!!」

『なっ、当たっ!!?』


 弾幕が迫る中、実体盾を構えながらの射撃。

 トウマのイメージをダイレクトに拾ったその一撃は、宙域だというのに足を止めて馬鹿みたいに弾を撃っていた敵ネメシス一体のコクピットに直撃し、ネメシスが爆散した。


『お、おい何をしている! 敵はたった一機のネメシスだぞ!! しかもよく見りゃジャンクの寄せ集めのスクラップなんだぞ!!』


 ――人を殺した。

 あの宇宙に咲いた華は、人の命だ。

 だが、気持ちは揺れなかった。殺したという事実は、自身の心にかけたゲームの延長線だという言葉がなんとか包み込んでくれた

 一人殺せば後は同じだ。必要なだけ殺して、生き残る。自身の全力を持って、相手を落とす。


「その一機のジャンクネメシスがお前らの傲慢になる!!」


 改めて心を固め……いや、半ば暗示をかけ、更にもう一発ライフルを放つが、それは相手が足を動かし始めたことで外れてしまう。

 が、そんなのはどうでもいい。関係ない。

 左腕に装備されている実体盾でなるべく自身を隠しながら、残りの敵五機の周りを旋回するようにブースターを吹かし始める。

 それに対して敵五機は足を動かしながらマシンガンを放つが、撃ったころにはスプライシングはその場を離れており、弾丸はスプライシングが居た場所をなぞるだけに終わる。

 そして、自身の位置がバリアをもう一度張ったティファの船に隠れたその瞬間、足を止めて小型船の裏に隠れる。


「ティファ! 敵の位置を!」

『えっ!? え、えっと……動いてないわ。あなたが出てきたら一斉射撃する気ね』

「なるほど……好都合!」


 それならばやりようは幾らでもある。

 ライフルの替えのマガジンは残り二つ。それを確認し、三発の弾丸を使用したマガジンを取り外し、リロードしたのちにマガジンを左手に取ってから、それを投げる。

 そしてマガジンが船から隠れず、相手から見える位置に行った瞬間、それを右肩の三連装ミサイルランチャーの一発で爆発させる。


「今だってな!!」


 その瞬間、ティファの船を乗り越えるようにブースターを吹かし、一直線に相手の元へと突っ込んでいく。

 予想通り、敵ネメシスは突如爆発したほうを全員が見ており、誰もトウマの突撃に対応できていない。その滑稽な様子に笑みを浮かべながら、左手で腰のビームセイバーを取り、起動させる。

 それにより発生したエネルギーの刃をそのまま敵ネメシスの頭にぶつけ、そのまま股下まで一気に切り裂く。


『ま、眩しっ』

「これで二つ! ついでに!」


 その勢いのまま、全スラスターを使って推進力を得たのち、思いっきり敵ネメシス一機に対して飛び蹴りを叩き込み、そのまま敵が纏まっている場所から一気に引き離す。


『うわあああああああああ!!? な、なんだ、何が起きているんだ!!?』

「声がダイレクトに伝わる……? そうか、お肌の触れ合いか!」


 通信越しではなく、機体の装甲を通じて聞こえる相手の悲鳴。どこかのロボットアニメではお肌の触れ合い通信とも言われていた現象だ。

 嫌な物を聞いた。そんな気分になり舌打ちをしたくなる。が、このまま殺って気分が悪くなるくらいなら、警告くらいはするべきか。


「おい、死にたくなきゃ今すぐコクピットから飛び降りろ! このままコクピットを潰すぞ!」

『わ、わかった! 降りるから殺さないでくれ!!』


 足蹴にしたネメシスの頭部を掴み、スラスターを一度逆向きに吹かしたのち、掴んだネメシスを盾にするように180度旋回してからビームセイバーの刃をコクピットに突き付けて警告する。

 警告をした理由は、単純にそれだけの余裕があるからだ。

 もちろん、言ったからにはしっかりと敵パイロットが脱出したのを確認したのちに、コクピットを貫く。

 コクピットの部分だけを慎重に焼き切り、後のパーツは再利用できるようにティファの船の方へと放り捨てる。

 そのついでにビームセイバーは腰に、敵ネメシスが持っていたマシンガンを拝借し、左手に装備する。


「これで残りは半分!」

『……すごい。その子であっという間に敵を三機も』

「まぁな。相手が初心者だからこっちだってやりやすい」

『にしても異常よ。六機も相手にしているのに勝てそうなんて……』

「勝てそうじゃない。このまま勝つんだよ。あっ、一応警告だけはしておくか」


 敵ネメシス三機とのにらみ合いの中、オープンチャンネルで敵側に呼びかける。


「宙賊共に告ぐ! 特にネメシスのパイロット三人! 死にたくなければコクピットから降りて投降しろ! こっちだって人を殺したいわけじゃない!」


 既に二人ほど殺っているが、それでもできる限り人を殺したくないというのは本音だ。

 目の前の、自身のためだけに人の命を散らすような奴等とは違うのだと、自分に言い聞かせたかったのかもしれない。そんな事を考えながら、相手からの返事を待てば。


『オープンチャンネルで調子に乗るなよ、スクラップもどきが!』


 返ってきたのは、罵倒と銃声だった。

 敵ネメシスの銃口が光り、弾丸がスプライシングに迫る。

 交渉は決裂。仕方ないと割り切り、弾丸を盾で防ぎながらスラスターを全力で吹かし、マシンガンの雨霰の中から抜け出す。


「忠告はした! もう死んでも知らないからな!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る