戦場へ向かって走れ
ティファの帰還とズヴェーリの死体の回収は無事終了した。
ズヴェーリの死体を見て思わず声が上がったのはまぁ、仕方のない事だろう。初の実戦という事で、精神的に疲れたティファは一度シャワーを浴びるとのことで、トウマはそれを待つ。
大体十分程度だろうか。ティファはシャワーを浴び、髪を乾かしながら戻ってきた。
「ふぅ……」
「お帰り、ティファ。すごかったな。初実戦で三体のズヴェーリを倒すなんて」
「そんなことないわよ。今どきのネメシスなら、三体程度子供でも倒せるわ。あの子はスペックが低いから……」
「それでも三体倒したのは凄いと思うぞ」
「……まっ、ありがと。お世辞でも受け取っておくわ」
「世事なんかじゃねぇよ」
確かに機体のスペックは高いとは言えない。けど、それでズヴェーリを倒したのは間違いなくティファの腕によるものだ。
正直、トウマも戦闘が終わった瞬間、かなりホッとした。最初はティファがズヴェーリを倒せるほどの腕を持っているかかなり心配だったが、ネメシスオンラインで言うなら初心者よりもゲームに慣れ始め、小型ズヴェーリ程度なら苦も無く倒せるようになった、と言ったところの腕だろうか。
今まで訓練ばかりで初の実戦がこれだったと考えれば十分すぎる腕だろう。
「どうする? もう帰るか?」
「そうね。コロニーに向けてハイパードライブを起動しちゃって」
「分かった。じゃあ、ハイパードライブ起動っと」
ティファの指示にしたがい、ハイパードライブを起動させる。
これにより船はオートでハイパードライブによりコロニーに向かう。これにてズヴェーリ退治は一段落……
「……ん?」
の、はずなのだが。
「なぁティファ。なんかハイパードライブが起動しないんだけど」
「はぁ? ちょっと貸しなさい。ったく、昨日みっちり操作方法教えたでしょうに……」
文句を言いながらティファはトウマが座っている操縦席に座り、パネルを操作する。
が、それでもハイパードライブが作動しない。故に、ティファは原因究明のためにパネルから原因を調べ始めた。
それから、十秒も経たないうちに。
「なっ!? これ、まさかハイパードライブジャマー!?」
「えっ? ハイパードライブジャマーって……」
その言葉にトウマは聞き覚えがあった。
ハイパードライブジャマーとは、ネメシスオンラインのストーリーシナリオ中に出てくる要素だ。
ストーリー中、惑星間を移動するためプレイヤーがハイパードライブを起動して移動する、というシーンがあるのだが、何故かハイパードライブが起動しないのだ。
その後、初めてのNPC戦があり、それが終了すると次にたどり着く惑星でハイパードライブジャマーの事を聞かされるのだ。
それは持っている事すら違法の代物であり、そんなものを使うような無法者と戦って生き残れたのは奇跡に等しい、と。
もし、この世界がネメシスオンラインと似通った世界観を持っているのなら……
「文字通りよ! くっ、こんな違法な物を堂々と使う奴等なんて……!!」
やっぱり、ハイパードライブジャマーは違法だった。
――となると、だ。
彼女が焦りながら口を開いたその瞬間だった。船の前にいきなり何隻かの小型船が現れた。
その船には何か変なマークがペイントされている。
「お、おい、ティファ。ど、同業者かあれ……?」
「な訳ないでしょ! あんなの宙賊に決まっている!!」
次の瞬間、小型船から六機のネメシスが射出され、こちらに飛んでくる。しかし、その瞬間にティファはパネルを叩き、バリアを展開した。
このバリアはティファの持つこの船にのみついている機能だ。彼女が念のためにと作った機能らしいが、こんなのを作れる時点でやはり彼女は天才メカニックだ。
相手はこちらの命なんてやはりどうでもいいとでも思っているのか、案の定ネメシスから銃弾の雨霰がプレゼントされるが、バリアはその弾丸を通さない。
「くっ……!! まさか宙賊にかち合うなんて……!!」
宙賊。それは簡単に説明するなら、海賊や盗賊の宇宙版だ。小型船やネメシスを使い、小型船などを襲い物資等を略奪する。そういったどうしようもない輩たちの事だ。
――やっぱり。トウマはそんな事を考える。
――ハイパードライブジャマーを持っているような輩は、そういったどうしようもない奴等だけだからだ。流石にゲームのストーリーをなぞっている、なんてことはないので偶然だとは思うが、これはちょっと運がなかったとしか言いようがない。
まさか宙賊と会ってしまうなんて、とティファが歯を食いしばった瞬間、船に通信が入る。
どうやらオープンチャンネルで何か言っているらしい。ティファは仕方なくそれを繋げる。
『やっと通信を繋ぎやがったか。おい、死にたくなきゃその船の物資を渡しな。今ならその妙ちくりんなバリアみてぇなのを解除すれば命だけは助けてやるかもしれないぜ?』
映ったのは、ヤケに不潔で悪人顔な男だった。
なんというか……典型的な悪党みたいな顔だった。
「宙賊が好き勝手……!!」
『おっ? なんだ女がいるのか?』
「男もいるぞ。悪いがこっちはデート中なんだ。馬に蹴られたくなかったら帰ってくれないか?」
『で、邪魔な野郎が一人と。けっ、まぁいい。おいそこの野郎。横の女と物資全部渡せば、後で適当な箱に詰めてどっかのコロニーに向かって投げてやるぜ? もっとも、それで生き残れるかは分かんねぇけどな!』
その言葉の何がおかしかったのか、ゲラゲラと下品に笑う声が聞こえる。
その間にも銃撃は続けられている。ある程度船を破壊して物資を奪うつもりなのか、それとも破壊してから漁れるものを漁るつもりなのか、何も考えていないのか。
ティファはパネルを殴るかのように通信を切りながら立ち上がった。
「くそっ!」
「おいティファ!?」
「わたしがあの子であいつらの気を引くわ! トウマ、あんたはこの船を使って全力でこの宙域から離脱しなさい! 運が良ければ、逃げれるはずだから!」
「はぁ!? そんなことしたらティファが死ぬだろうが!」
「だったら何もせずにここであいつらの好き勝手にされろって言うの!? だったら最後まで足掻いて死んでやるわよ!」
叫びながら後部ハッチ……つまりあの機体の元へと行こうするティファの腕を掴んで止める。
ティファにそんな真似、させられない。
「だったら俺が行く!」
「なに馬鹿な事言ってんのよ! あんたが行ったところで時間も稼げずに撃破されるのがオチよ!」
そう、普通はそうだ。
ネメシスの事を知っていようと、ただの素人が戦場に出たところで何もできずに死ぬに決まってる。
だからこそティファの言葉は何も間違ってはいない。
だが、トウマは普通ではない。
トウマには、例え1対6でも負けない自信がある。
「ティファ、これを見ろ!」
トウマがポケットから取り出したのは、ぐしゃぐしゃになった一枚の紙。
ティファに見せようと思って、でも見せるのも野暮だと思って結局ポケットにねじ込んだ一枚の紙。
ネメシスを訓練するための筐体から出てきた、訓練結果だ。
「これ、あの筐体の……これを見て何を」
「いいから、見てくれ」
そう言われ、ティファは渋々紙を受けとり、それを眺める。
そこに書いてある結果を見て。目を見開き、それを渡してきたトウマを見上げた。
「あんた、これ……!!」
「頼む、俺に行かせてくれ。俺にあの機体を使わせてくれ。君が作ったあの機体は決して弱くないことを、俺が今から証明して見せる」
そこに書いてある結果は、一般人が出せるような記録ではなかった。
あの筐体の訓練は、筐体側のCPUが対象が次のランク用のプログラムを起動させても問題ないと判断したら次のランクの訓練が始まるようになっている。
そのランクの中でも、最高のAランクはネメシスのエースパイロット級でなければ出せないようなランクだ。
そんな最高ランクの文字が刻まれた紙が、トウマが差し出した紙なのだ。
「た、確かにこんだけランクが高いなら……でも、無理よ! あの子はあいつらの機体よりも何段階も劣るスペックしかなくて、しかもこれは訓練じゃない! 実戦なのよ!? わたしだってあの筐体でズヴェーリは五体纏めてなら倒せるようになった。けど三体相手ですら相当苦戦したのよ!? なのに、あんた一人で六人を相手なんて!」
「でも、俺が戦った方が勝つ確率が高いのは事実だろ!?」
「そ、それは……!!」
「大丈夫だ、信じてくれ」
それでもティファは渋る。
自分たちの命がかかっている。しかも、目の前の男はつい先日漂流したばかりの哀れな被害者だ。
そんな彼をこんな鉄火場に送りたくない。そんな気持ちがティファにはあった。
だが。
「ティファがネメシスを組む事に意地があったみたいに、俺にだって意地があるんだ」
「……言ってみなさいよ」
「『ネメシスを使った戦いで、無様な負けを晒さないこと』だ。クソニート寸前の馬鹿野郎の意地だけどさ、こんな場所でなら、ドヤ顔でこんな事言っても問題ないだろ?」
「……漂流者でしょ、あんた」
「おうよ。でも、そこそこ強いぜ?」
それだけ言うと、トウマはティファの手を放し、後部ハッチへと歩いていく。
命のやり取りをする場へ……孤独な宇宙での殺し合いの場へと。
―――――――――――――
後書きになります。
今回も軽く設定をば。
・ハイパードライブジャマー
何百年か前の戦争でも使われた装置。
国主導での回収作業が何十年もかけて行われ、現在は所持してるだけで違法、確認された物は全部回収済みという代物。
弱い者を逃さず虐めるには最適。
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