ゆずれない意地

 視力回復手術を終えて船に帰ると、ティファは気分が落ち着いたのか、ネメシスの左肩に上って内部を弄っていた。


「帰ったぞー……って何してんだ?」

「あぁ、お帰りなさい。ただの調整よ」

「そうなのか? ちなみに動かしてみた感想は?」

「……駄目よ。こんなのじゃ、ズヴェーリの一匹も倒せない」


 その声は、悲しさというよりかは焦りに聞こえた。

 両親の事があるのだろう。彼女の両親はネメシスを原型が分からないくらいチューンアップしているといった。それぐらい、高性能なネメシスを作ったという事なのだろう。

 故に、彼女は自分が一から作り上げたネメシスが弱かったのが許せない。故に、焦っているのだろう。

 早く高性能なネメシスを作りたいと。

 ……いや、恐らく彼女もある程度は諦めてはいるのだろう。所詮はジャンクから作ったから、と。その思いの節々は、彼女の今までの言葉から何となく察することができる。

 だからとて、全て諦めるなんてことはできないのだろう。せめて、ズヴェーリを安定して倒せるくらいには性能がないと、満足できないのだろう。


「……ちなみに、ネメシスに乗せてもらうって話については」

「っ……まだ駄目よ。まずはわたしがこの子でズヴェーリを倒す。あんたが乗っていいのはそれから。技術者として、安全が確保できてないモノに人を乗せるわけにはいかないわ」

「な、なるほど……」

「そうよ。だから、あんたには明日、小型船の免許を取ってきてもらう。わたしがこの子でズヴェーリと戦っている間、この船を最低限動かせるようにね」

「えっと……俺がネメシスでズヴェーリ倒すってのは……あっ、はい。分かりました。従います」

「それでいいのよ……くそっ、なんでこんなにも性能が……もっと出力は高くなるはずだったのに……!!」


 焦りながらネメシスの調整を行う彼女に、トウマは何もいうコトができなかった。

 これは、彼女の戦いなのだから。彼女が五年間、意地で積み上げてきたものなのだから。それに……彼女の意地に横から口を出すのは間違っている。

 それは、トウマ自身が一番よくわかっているつもりだから。



****



 翌日、トウマはしっかりと免許を取り、その翌日の朝、ティファから今後の予定を聞くこととなった。

 免許については、小型船はほとんどオート操縦なのでオート操縦に従えばいいこと。小型船の調査はそれぞれ説明書を読むこと、と言われ、後は数時間程度の講習を受けたのち、テストを受けて合格となった。

 ちなみに免許証はなく、IDチップに免許あり、という情報が刻まれるだけだった。

 その間、ティファが何をしていたかというと、彼女は傭兵協会にて。


「……あの、ティファがやってるあれ、なんですか?」

「ネメシス訓練のためのゲーム筐体みたいなものですよ」

「何それずりぃ。俺もやりてぇ」

「一時間4000ガルドになります」

「無一文なんすよ、俺……」

「えぇ……?」

「……後でティファにお小遣い貰ってきます」

「何とも情けない言葉……」


 ネメシスを動かすための訓練をしていた。

 どうやら外から見れず、筐体で行った訓練等の結果はプリントアウトできるようで、いい結果を取れば自慢できるのだとか。

 ちなみに、結果はDランク〜Aランクで表され、大体Cランクになれば素人をある程度脱却できてるという評価になるらしい。

 もちろん、ティファの訓練が終わったらトウマもやらせてもらったのは言うまでもないだろう。

 結果としては、クッソ楽しかったらしい。操縦はゲームと変わらないが、G等を感じれるため、結構臨場感ヤバかったとのこと。

 で、話は戻り今後についてだが。


「まず、今日はズヴェーリ退治のためにこのポイントに向かうわ。最近、宙賊討伐に出た傭兵が発見したらしいのよ。でも、その傭兵は宙賊との戦いに集中したせいで狩れなかったんだって」

「……その、大丈夫なのか? 確かティファ、ネメシスの訓練はあまりいい結果出なかったって……」

「漂流者のアンタよりはマシよ。それに、弱いズヴェーリ程度ならわたしだって……!!」


 執念に染まった彼女に、トウマは何も言うことができなかった。

 この世界はゲームじゃない。現実だ。それは、この数日で嫌というほど実感することができた。自分がもう地球に帰れないことも、理解はしている。

 もう家族や友人と会えないことも理解はしたつもりだ。

 だからこそ。弱いズヴェーリだからと言って、彼女がネメシスに乗り無茶をするのは、見逃したくなかった。

 あの筐体での評価はDランクすれすれのCランク。素人に毛が生えた程度の彼女では、ズヴェーリ相手でも苦戦は免れないだろう。

 故に、見すごしたくないが……止めるのは野暮だ。受け入れるしかない。


「そのあとは、一旦コロニーに戻って配達物の準備よ。で、配達が今後の予定。質問は?」

「いや、特には……けど、ズヴェーリを倒せるんならズヴェーリで稼いだ方がいいんじゃないか?」

「……そりゃそうだけど、あの子じゃ無理よ。偶然強いズヴェーリに当たったら、きっと……」


 弱いズヴェーリを倒すだけでは、武器の弾代にすらならない。強いズヴェーリを倒してこそ、稼ぎが始まるのだ。

 それを彼女はできないと言った。彼女の意地と執念で作った機体は、所詮ジャンクの集まりだ。それが分かっているからこそ、無理はできないと言いたいのだろう。

 自分が乗れば、と言いたいが、きっと彼女はそれでもトウマがネメシスに乗ってズヴェーリと戦うことを拒むだろう。筐体からプリントアウトされた紙を見せたとしても、彼女は認めないだろう。自分があの機体でズヴェーリを倒すのだと。

 それに、訓練で結果を出せたとしてもあの機体では絶対に上手く動けないと言って、トウマが最初にズヴェーリと戦うことを許可しないだろう。

 だから、彼女の言葉をただ聞くしかできなかった。

 筐体から出た紙は、ポケットの中でクシャクシャになっていた。


「異論ないわね? あったとしても聞かないけど。とりあえずズヴェーリと戦っている最中の船は任せるわ。後はあんたは雑用。いいわね?」

「……分かった。けど、ズヴェーリの相手、無理しないようにな」

「…………」


 トウマの言葉に、彼女は何も言葉を返さなかった。

 それが彼女なりの答え、なのだろう。

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