過去の記憶
視力回復手術の手続きのため、役所に入って指定されたカウンターに向かえば、漂流者の手続きをした際に出てくれたロールが迎えてくれた。
「あっ、トウマさん。お疲れ様です」
「あ、どうも。それで、手続きの方は」
「すみません、今用意しますので、ちょっと待ってください」
カウンターでローズが宙に浮いているホロウィンドウの操作を始める。その様子を見守っていると、ふとロールがトウマに話しかけてきた。
「そういえば、ティファさんの様子、どうですか?」
「どう、って?」
「あの子、ネメシスを一人で作るー、なんて言って張り切ってるじゃないですか。普通に考えれば無理なのに」
「え? そうなんですか? 今日完成しましたよ?」
「……えっ? 完成させたんですか? ネメシスを」
「えぇ、まぁ。俺も起動実験付き合いましたし」
話題はティファの事だった。まぁ、ロールとトウマの会話で出てきそうな共通点なんて彼女の事くらいなのでしかたないのだが。
だが、彼女の言葉に出てきたネメシスを作る、というのはどうも夢物語を語る時のような言葉に聞こえた。
それが不思議だったが、とりあえずネメシスはできたという事を伝えてみると、彼女は至極驚いていた。
「……そう、なんですね。あの子、本当に天才メカニックじゃないですか」
「えっと……どれくらい凄い事なんですか? 一人でジャンクからネメシスを作るって」
「凄いなんてものじゃないですね。あの子は誰の助けもなくネメシスを作ってますから……最初、一人でネメシスを作って聞いて本当に驚いたんですよ? そんなの無理だって言ったんですけど……まさか本当にできるなんて」
どうやら、この世界で一人でネメシスを作るというのは相当難易度が高いらしい。
自分たちはゲームで一人で作っていたのに……と一瞬考えたが、冷静に考えてみれば確かにネメシスみたいな機体を一人で組むのを現実で行えと言われれば、たとえパーツ一式が揃っていてもできる人間の方が少ないだろう。
それを実際にやったというのなら、確かに天才メカニックと言っても過言ではない。
「確かに、よく考えれば凄いですね……」
「女一人で傭兵稼業なんて無理だって周りからの声に反発して作り始めた結果、本当に作っちゃうなんて本当に凄いですよね。あの子のご両親もきっと天国で満足しているはずです」
「でしょうね。俺だって自分の娘が……って今なんて言いました?」
「はい?」
「いや、なんかサラッと……ティファのご両親が」
「えぇ、既に亡くなってますが……聞いてなかったんですか?」
「初耳ですよ……」
急にロールという他人から飛んできたティファの爆弾情報に驚く。
しかし、彼女に両親が居ないとなると、彼女は今日までどういう人生を送ってきたのか。少し気になってしまう。
詳しく聞いてもいいですか? と聞いてみれば、ロールは既に書類の用意は終わったのか、手を止めてはい、と頷いた。
「彼女のご両親は結構凄腕の傭兵だったんですよ。ご夫婦でネメシスを二機買って、小型船を買って、傭兵の中ではかなり稼いでいましたね」
「そりゃまた……」
「しかも、メカニックとしての腕も凄かったんです。正しく天才メカニックって感じで。ネメシスは原型が分からないくらいチューンアップされて、小型船も旧型なのにも関わらず当時の最新鋭機に劣らないくらい凄くて。それをたった二人でやってたんです」
「すげぇな……じゃあティファもそれに憧れて?」
「それもありますけど、一番は周りの目を見返すためじゃないでしょうか。彼女のご両親、どうにもネメシスに起きた不調のせいでネメシスが爆発してそのまま帰らぬ人になってしまって……その時、周りの人たちが今まで適当にやった改造が上手くいっていただけとか、本当は誰かに頼んでやっていたけど実際自分でやってみたらダメだったとか……まぁとにかく、結構好き勝手言ってたんですよ」
「心無いんですかね、その人たち」
「傭兵なんて荒くれ者の集まりですから……で、それを聞いたティファさんがご両親は天才メカニックだった。ネメシスの件は二人に関係ない事故に決まっている。それを自分がネメシスを一から作って稼ぐことで証明して見せるって」
ロールはそういうが、恐らく周りからの嫉妬ややっかみもあったのだろう。
凄いネメシスに乗って、沢山稼いで。そんな人が自分の作ったネメシスが原因の事故で死んだ。そうなれば、募った嫉妬によって人々は好き勝手に言う。
それに触発されてしまったのが、ティファなのだろう。
一応トウマも手伝ったが、トウマが手伝ったのは所詮パーツや工具を渡すことと起動スイッチを押すだけの簡単な手伝いだ。あの機体はほぼ十割、彼女だけで作ったと言ってもいい。
トウマとしてはネメシスを買うのではなく一から作った時点で両親より凄いんじゃ……と思っているのだが、それはどうもロールも同じらしい。
凄いですよねぇ、の声には若干の呆れが混じっていた。が、その呆れは感嘆が混じった呆れだ。
「ですから、ティファさんにとってはようやく目的達成の第一歩が踏み出せたって感じですね。そこまでにもう五年近くですから」
「五年って……ちなみにティファって何歳なんですか?」
「十九歳ですよ」
「って事は十四歳から……!? マジの天才かよ……」
「その頃に両親の小型船を受け取って、ずっとジャンク漁りでお金を稼いで、ネメシス組み立ててって……相当な執念ですよね」
十四歳なんて、まだまだ子供だ。親の脛をかじっているのが普通な年ごろだ。
そんな年頃に彼女は両親を失い、執念だけで自分で金を稼ぎ、ネメシスを組み上げた。
そんなの、天才以外の何物でもない。
そんな天才の脛をかじる、二十一歳のトウマ。
自分が情けなく感じつつ、とりあえず視力回復手術の書類を受け取る。
「俺もなんか役に立たねぇとなぁ……ってかロールさん、なんでそんなにティファの事を知ってるんですか?」
「一応幼馴染みたいな物ですから。歳がそこそこ離れてるので、幼馴染というのはちょっと怪しいですけどね」
「なるほど」
これでティファがロールと結構親しそうだった理由が分かった。
仕事の最中だというのに彼女があの時、あんなにもふざけていたのは目の前のティファが幼馴染だったから、というのが大きいのだろう。
そうすると幼馴染の元に漂流者の男が転がり込んだのは相当心配だとは思うが……ここで藪をつつくと蛇が出てくる可能性があるので、適当に挨拶だけしてロールの元を離れた。
そして視力回復手術の方だが……病院で大体三十分程度で終わった。
やったことなんて視力調べてナノマシンをプシュッするだけなので当然とも言えるが。
ただの視力回復手術の手続きと手術のはずが、とんでもない情報を知ることになってしまったのであった。
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