ネメシスへ、バーニング・ラヴ
「お待たせしました。えっと、そちらの方が?」
目の前に来たのは、通信のホロウィンドウにも映っていた女性、ロール。
横のちんちくりんに比べるまでもなくナイスバディな彼女が手続きを担当してくれるらしい。
「えぇ。漂流者のトウマ・ユウキらしいわ。出身は太陽系第三惑星。生まれた年代は西暦」
「太陽系第三惑星……って、どこですかね、それ」
「わたしは行ったことないわ。一応宇宙進出はしてる星らしいけど、本人はなんもない宇宙を見て目ぇキラキラさせてたわ。だからIDチップもなければ予防接種もしてないはず」
「うわー。となると漂流してすぐに拾われたって感じですね。トウマさん、運がよかったですね」
「えっと……そう、なんですかね? 何もわからなくて……」
「あはは。まぁ、そうなりますよね。では、IDチップの検査だけしちゃうので、こちらに手を」
タブレットを差し出されながら言われたので、とりあえずタブレットに手を置いてみる。
しかしタブレットは一切反応せず。そのあと一度ティファがタブレットに手を置くが、そうすると音が鳴る。どうやらそれでIDチップの有無を検査しているらしい。
「やっぱり無いですね」
「となると、本当に漂流者ってわけね」
「そうなるんですか?」
「今の時代、生まれたときにIDチップを打ち込むのは義務ですから。では、すみませんがこちらを先にプシュッと」
簡単にIDチップの有無についての説明をされながら、トウマは手を取られてなんか注射器みたいなやつを手首に押し付けられた。
そして次の瞬間、プシュッという空気か何かが抜けるような音と、手首に冷たさを感じ、ついでに若干の手首への違和感を感じた。
「うおっ!!? えっ、なに、なにされたんすか俺!?」
「言語の自動翻訳用のナノマシンですね。これがあればあなたが書き込もうと思った文字が自動でこちらが読める共通文字に変更されますし、共通文字が読めるようになるはずです。試しに、あちらの看板を読んでみてはどうでしょうか?」
そう言われて看板の方を見ると、看板に書いてある文字はよくわからないのに、それを読み取ることができた。
どうやらこれが自動翻訳用のナノマシンとやらの効果らしい。
これがあれば日本で翻訳家としてやっていけること間違いなしだろう。
「えっと……これ、そんな簡単に打ち込んでいいんですか? 高そうですけど……」
「これを打ち込むのも義務ですよ。こちらに漂流された以上はこちらの法に従ってもらいますから。あと、実は結構安いです」
「まぁ、それなら別に……後で金払えって言われるのが怖いだけで」
「無一文の漂流者にそんな事いう外道は居ませんよ。じゃあ、次はIDチップに書き込む情報が欲しいので、こちらのタブレットに記入をお願いします。あっ、ペンがよかったら用意しますよ」
「じゃあお願いします」
という事でトウマがこの世界で生きていくための手続きが始まった。
……まだ、半分というか八割くらい夢心地でこれが現実だという事を受け止め切れていない内にだが。
して、肝心の手続きは大体一時間かからないうちに終わった。
その間、ティファは暇そうにガラス板にしか見えない端末を弄っていた。機能的にはスマホみたいなものらしい。
で、その一時間の間に二回ほどプシュッをされた。
内訳としては、まず二回目のプシュッでトウマの個人情報が刻まれたIDチップを埋め込まれ、三回目のプシュッ、はとりあえずどんな予防接種がされているのか分からないので、漂流者にありとあらゆる耐性を持たせるための予防接種用の薬が打ち込まれた。
これにより、晴れてトウマはこの世界で生きていくための必要最低限の土台を手に入れることができた。
「基本的にお金はIDチップを通してやり取りがされることを覚えておいて下さいね。あと、端末を購入される際もIDチップの情報は必要となりますので」
「はぁ……なんか万能なんすね、さっきのプシュって」
「漂流者の方は大体そういいますね。でも、これが当たり前ですから」
更には色んな機械を買えば、IDチップ越しに身長や体重、熱や病名等の様々なことが分かるようになっているらしい。なんとも万能な。
とはいえ、これで必要な手続きが終わったので、続いてはこれからの事になる。
「では、トウマさん。これからあなたが生きていくうえで選択肢がまず、二つあります」
「二つ、ですか」
「恐らくティファさんから聞いてるとは思いますが、ティファさんの元で過ごすこと、政府の庇護下、管理下の元で自立できるまで保護されること。この二つです」
これはティファから先に聞かされたことだ。
ティファに面倒を見てもらうか、政府に面倒を見てもらうか。
ティファは後者をオススメしていた。となると、選ぶべきは後者なのだろうが……
「えっと……後者を選んだ場合、小型船とかネメシスとかって動かせたりは……」
「あら、ネメシスの事は知ってるんですね。ですけど、恐らく十年以上は無理だと思われます。何せ、高いですから……」
「それにネメシスならまだしも、小型船となると免許は必要よね。まぁ、一万ガルドで一日で取れるけど。それとは別に小型船の分の貯金も必要だから、真面目に働いても相当先になるでしょうね」
「免許安いし取れるまで早いなオイ……だったら、俺はできればティファに面倒見てもらった方が……」
その言葉にティファとロールが驚いた。
どうやら普通は政府の庇護下、管理下を選ぶ人の方が多いらしい。
「えっ、正気? わたし、お金なんてないわよ? あと普通に給料なしで働かせる気しかないわよ?」
「いや、ティファさん。ズレてますズレてます。大前提として男女で同じ屋根の下なんですから、もっと気にすることがあると思うんですけど」
「あ、そうだった。さっきも言ったけど、わたし、あんた程度なら一方的に撲殺できる程度には強いわよ? そこ弁えてる?」
「いや、何勘違いしてんの!? 俺はただ小型船とあのネメシスがだな!?」
政府の方を選ぶ人が多いらしい……のだが、なんかこの一連の会話を聞くと、政府の方を体裁的に選ばざるを得ない人も多いのではないかと思ってしまう。
小型船という小さな空間の中で異性と二人きり。それを望むということは、女の敵を見るような目で見てくるのも仕方ないことだ。
それでもトウマはこれが夢なのだとしたら覚める前にネメシスに乗りたいし、現実なのだとしたら早くネメシスに乗りたい。
それが例え初期機体以下の性能なのだとしても、ネメシスに乗りたい。死ぬ前にネメシスに乗りたい。というかとっととネメシスに乗りたい。それだけなのだ。
ネメシスオンラインでできることが現実でもできるとなれば、それはトウマにとって天国だ。
代わりに一生結婚できず彼女もできない呪いにかかったのだとしても、トウマはネメシスを選ぶ。
この男はリアルネメシスに乗るためならそれすら厭わない本物の馬鹿なのである。
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