これからのわたしは
ティファの庇護下に入ればネメシスにぐっと近付く。だけどそれを選べば世間体やら何やら、色々とまずい事になるかもしれない。
ならば、選ぶ手段は。
「……分かった」
「そ、そう、わかったのね……」
「なら俺を去勢してもいいし、ただ働きでもいいからネメシスにの゛せ゛て゛く゛た゛さ゛い゛……!!」
去勢してでも己が無害である事を証明する。それだけである。
「ちょっ、血涙流しながらそんな事言うほど!? 正気!? やっぱ低酸素病になってたりしない!?」
「何がここまで彼を動かすんでしょうね? ちなみに去勢ならちょっとここの注射打つだけでできますけど」
「お願いします!! 俺は、将来よりもネメシスを!!」
「何血迷ってんのよ!? 落ち着きなさい、ここ公共の場よ!!? ってか今までも疑問だったけどなんで役所に予防接種の薬とか去勢薬があるわけ!!? おかしいわよね普通!!?」
一瞬で場が混沌に包まれた。
ちなみに去勢できる注射というのはマジである。中にはIDチップ有りなのにもかかわらず漂流者を騙る性犯罪者などがいるので、そうした人物が来た際にお仕置きとして去勢注射をするためである。
打たれれば子供ができなくなるどころか息子がスタンドアップすらしなくなる強力な去勢薬である。
それを打てと言う血迷ったトウマとマジで打とうとするロール。それを止めるティファ。本当にもうめちゃくちゃである。
「ってか、あんたそんなにネメシスに乗りたいの? ただのジャンクで作った骨董品以下のネメシスよ、あれ?」
「例えそうだとしても、足パイルとか肩ミサイルとか付いてるロマンネメシスに俺は乗りたい! だから俺に去勢を!!」
「いいでしょう。その気概に免じて明日にはアレが腐り落ちる一番強力なのを」
「っしゃあこいやぁ!!」
「しなくていいわよ! 役員がふざけたらどうしようもないでしょ!?」
閑話休題。
「……とりあえず、そこまで言うんならいいわよ。わたしが面倒見てあげる。こんなのが悪人にも見えないしね」
最終的にはトウマの気概にティファが折れた。
もちろん去勢注射は打ってないのでティファが襲われる可能性というのは十分にある。
あるが……試しにリアルファイトしてみた結果、トウマは十秒経たずにアームロックを仕掛けられた。これじゃあ襲う前に撲殺されるわ、という結論が出るくらいあっさりだった。
ついでにトウマの男の子としての精神的なアレがちょっと折れかけた。
だが、そんな事は些細なことだ。何故なら、これでトウマはあのクッソかっこいいネメシスに乗れるのだから。
いや、まだネメシスに乗ることも約束させてもらってはいないけど。多分、その内乗せてくれるだろう。
「あざす!! ついでにネメシス乗せてください!!」
「落ち着け馬鹿。まぁ、乗せるくらいならさせてあげるから」
「最高っす」
「うわっ、急に落ち着かないでよ怖いわね……でも、言ったからにはただ働きよ。あんたの漂流者支援金はわたしがあんたの食費とかに使って、余ったのはもらうから」
「たまにお小遣いもらえると嬉しいです」
「まぁ、そんぐらいなら……娯楽費程度も許可したげる。ってなわけでロール。去勢はいいから手続きお願い」
「互いに納得してるならいいですけど……いいんですか? こちらとしても政府の庇護下に行く方がおすすめですけど……」
ロールの言葉に頷くと、彼女は分かりましたと言わんばかりに一度だけ溜め息を吐いてから、タブレットの方を操作した。そして暫くしてからティファがそのタブレットの上に手を置いた。
どうやらこれで手続きが完了したらしい。
「これでティファさんをトウマさんの支援者として登録しました。支援金は一か月に一度、それが二年間続きます」
「えぇ、額についても問題ないわ。ってか、この額本当に凄いわよね。すぐバイト先でも見つけて過ごしてりゃ家一軒くらい買えるくらいはたまるんじゃないの?」
「家具とかそこら辺を買うお金もセットですから、まぁ賃貸の一室で暮らし始める程度なら余裕でできますね。相当怠けなければ、ですけど」
「はー、羨まし。いや、このお金殆どわたしにはいるんだっけ……やば、どうしよう」
どうやら、本来政府の庇護下に入るとティファが羨ましいと言えるくらいのお金が合計でもらえたらしい。
だが、そうだとしてもトウマの決意は揺るがない。
自分の小型船を買うなんて、恐らくそのお金があっても何年もかかる。それに加えてネメシスなんて以ての外だろう。なのだとしたら、ティファについて行った方が圧倒的にお得だ。
……それに、もしもネメシスが自分のゲームでの経験通りの動きをしてくれるなら。
その場合は、ここまで親切にしてくれたティファに恩を返すことだって、きっと容易だ。トウマなら、あのネメシスを使って彼女が思わず笑顔になるほどの資金をプレゼントすることができる。
そしてゆくゆくはその資金を使ってネメシスを強化していき、あのかっこいいネメシスをさらにかっこよくしていくことだって……
「じゃ、ロール。わたしは傭兵協会で依頼確認してくるから」
「はい。あ、トウマさん。もしもティファさんから不当な扱いを受けた、とかあったら相談してくださいね」
「その時はまぁ、はい……実際、そういう相談ってあるんですか?」
「価値観の違いからそういうのは起きやすいですねぇ……ですけど、支援者は漂流者を一か月に一度はここに連れてこないといけない義務がありますから。何かしらの事情があるのならいいですけど、事情もなく連れてこなかったら即家や船を隅々まで調べる事になりますし」
「相談できなくてもそれで不当な扱いがバレる事もそこそこあるのよ。中には女の漂流者を脅して奴隷みたいに扱って、一か月程度で悪事がバレて捕まった馬鹿もいるし」
「そうなのか……猶更ティファに拾ってもらえてよかった……」
「ちなみに、漂流者が支援者に何かしらの犯罪を働いたら普通に捕まりますからね」
「うっす」
まぁ、そこら辺は仕方ないというか当たり前のことだ。
というか、そこまで漂流者を保護するための制度があるのに驚いた。
とりあえず、色々と説明しながら手続きをしてくれたロールに感謝しながら役所を出ると、ティファは来た道ではなく別の道へ向かって歩き始めた。
どこに行くのかと聞こうとしたが、そういえば傭兵協会とやらで業者を手配すると言っていたのを思い出し、彼女について行くことに。
「これから行くのって、傭兵協会って場所か?」
「えぇ」
「傭兵……って言う割には武装してないように見えるけど」
「傭兵なんて所詮は何でも屋なんだしそんなもんよ。別名は社会不適合者集団。誰でもいいからやってほしい依頼を受けて達成してお金をもらう。そういう職業よ」
そこまで聞いて、ふとトウマはネメシスオンラインのクエストシステムを思い出した。
あれはメニューからクエストを受け、必要な素材の採取だったり特定区域の調査だったりをするとお金がもらえるというシステムだったはず。
恐らくそれを行えるような場所なのだろう。
この世界の根本はネメシスオンラインなのだろうが、細かいところが違う。それを前提とすると、恐らくここはネメシスオンラインによく似た平行世界……というのが正解なのだろう。
だが、そんな事は些細なことだ。
ゲームじゃない、本物のネメシスに乗れる。それだけでトウマは満足なのだから。
「まぁ、後は適当にご飯とか買って帰るわよ。多分あんたは何がおいしいのか分からないだろうし、適当に万人受けするの買ったげるから」
「マジで感謝」
「はいはい」
とりあえずはこれが夢なのか現実なのか。それをゆっくりと判断しながら、彼女について行くことにしよう。
トウマは自分の財布を、目の前のちょっと小さな少女に完全に握られた状態で彼女の後を追うのであった。
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