メイクボックス

木曜日御前

私は、ワタシだ。

 私にまた、やってくる朝。

 散らかったまま、カーテンは締め切ったまま。

 重苦しい身体で、布団から這いずり出た。

 鏡を睨みつけた、写る自分はぐしゃぐしゃ。

 目の下には黒いクマ、頬の傷からは血が。

 涙の跡が残っていた。


 喉が渇いた、けどもっと心が渇いてる。

 ぬるまった水を流し込んでも、何も潤いもしない。

 グラスを持つ手、ジェルネイルはぼろぼろで、ひび割れた白い亀裂は見慣れたもの。


「ああ、死にたい」

 ガサガサの唇から、ここ最近の一番の願望。

 しかし、ぎりぎりの一線の前で、心はもう。

 それでも、生きていなきゃいけないから。

 生きる意味もわからないのに。


 だから、私は頼るの、メイクボックス。自分を守るためのセーフティーボックス。

 箱を開ければ、きらきらと輝くお守りコスメたち。

 一つ一つ、私が集めた宝物であり、武器だ。


 箱の中に手を入れる。武器は私のためにある。


 洗顔クリームは、昨日の夜を洗い流す。何も無かった、私には何も。ほのかに香るハーブの香りが、すうっと身体を軽くする。


 渇いた肌に、化粧水を叩き込む。

 私の渇きを知られないために、クリームで潤いを閉じ込めて。

 日焼け止めは、眩しい日の光に対する鎧。

 下地、コンシーラー、ファンデーション。

 奥底に隠した粗、誰からも心配なんかさせない。

 パウダーを乗せて、鏡を眺める。

 思えば昔は、ブスだと嘆いていた。


 低い鼻を、丸い輪郭を、無いも同然な二重を、無理矢理シェーディングで誤魔化して。

 唇の端を上向きに書いていた。

 今は、個性だと割りきってる。


 眉を整える。強く凛々しく、眉山はきりりと尖らせる。

 瞼には、強く光るラメを。キラキラと、私にもっと光を。

 アイライナーはきつく、優しさなんていらない。

 マスカラは上下に。長く太く。

 外では涙を流さない私の決意だ。

 チークはつけない。変な可愛さは、ただの不和を生む。

 最後に塗るのは決まって、リップ。この紅は、血よりも濃い。臓物から血を吐いても、わからないくらいに。


 使った武器コスメを、また箱にしまう。

 鏡を見れば、気が強そうな綺麗なワタシが嗤う。

 剥き出しの私、綺麗に武装ラッピングしたワタシ。どちらも、私であり、ワタシだ。


 メイクボックス。

 これは、私の宝箱であり、私の最後の砦。

 

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メイクボックス 木曜日御前 @narehatedeath888

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