第4話 デニスマルケスの熱情
骨董品店を営むデニス・マルケスには人には言えないある、変わった趣味があった。
彼は何時も店から見る人に興味を抱いていた。それ故、趣味を活かした骨董屋もそれなりに切り盛りしているのだが。
何より骨董品はそれを所持していた人間を早期させられる匂いを纏っている物だ。それらの香しい匂いに囲まれて過ごす1日の高揚感をデニス・マルケスは何よりも愛している。
だからこそ、忙しなく人が往き来するガラス貼りの店の向こう側へと興味を惹かれた。
通り過ぎて行く人を見送り、彼らが肌身離さず身に付けている物とその人間の、より、彼らを強調する部位を見留る。彼等の歩み行く人生に想いを馳せながらお気に入りの詩集を読むデニスの周りには人の思いの詰まったコレクションが彼を満たすように囲むなか、外を眺め続ける。
そんな人間観察をするのがデニス・マルケスの数少ない趣味であり、暇な時間をやり過ごす手段でもあった。彼はくる日もくる日も店のカウンターに腰掛け硝子の向こうを眺め続け……
ある、強い衝動に駆られる様になった。
それは
言葉にすれば“略奪”とか“渇望”と称される類いの
衝動であった。
その、衝動にデニスが突き動かされたのは
デニスが店じまいを済ませ、今度から店に飾る予定のランプを受け取りに行く道の途中、まだ少し明るい夜の道を歩いていた日だった。昼に降った雨がまだ石畳の上を濡らし街灯の明かりを受け怪しく蒼白く反射させている。湿り気を帯びた冷たい空気はカツン、カツンと靴音をどこまでも響かせるかの様に響く。そんな異様な高揚感を感じる空間を歩くデニスの足取りは自然と軽く、鼻歌混じりに歩くのであった。
デニスは目的の物を受け取った後、意気揚々と夜を深くした暗い街を歩いていると、街灯に照らし出された人の影がぬっと伸びて揺れ。
影がデニスの歩く、ちょうど目線の先にあたる。
その更に先には、影の主人が、デニスからはまだシルエットしか窺い見る事しか出来ない状態だが、デニスは不思議な既知感によって影の主人に向けて足を進めて行く。
近づくにつれ、その人物に確信を持った、いつも店の前を通るデニスより年上の初老の男性だ、湿り気を帯びひんやりと冷えた風から身を守る様に彼はコートの襟を立てていた。
後ろから彼の様子を見ているデニスには見えない筈の彼の顔が笑っている事が分かった。かの男性は愛妻家で毎日同じコートを着て外を歩いている。
何年か前まではたまにしか着ていなかったそのコートは決まって妻と思われる女性が一緒のときに着ていたのだが、ところがある日を境に彼はそのコートを毎日のように着るようになった。多分彼は妻に先立たれたのだろうとデニスは踏んでいる。コートを着て歩く普段の彼は背を丸め哀愁が漂っているが、雨の日にコートの襟を立て歩く姿を見た時の印象はまた、違うものだった。
立てた襟の隙間から覗く彼の表情は何かを懐かしむように睚を下げ、口元を綻ばせて歩く姿を見た事があったからだ。あのときデニスは思ったものだ。
きっと彼は今、いなくなった妻の面影と再会していたに違いない。と
だからきっと今も彼はあの時と同じ顔をしているのだろうと思いながらデニスはにこやかに彼に話しかけた。
「やあこんばんは、今日は冷えますね」と、彼は私の方に振り向き「そうですな」と綻ばせた顔のまま頷いて
「昼間に雨が降ったからでしょうな」と、続けた。
(ああ、やっぱり、欲しいな)
漠然とデニスは思うのだ。
胸の奥の熱情に呑み込まれ、この目の前の男に勘づかれて仕舞わないよう、話しを合わせながらデニスは如何にして奪うかを考えながら思考はどうしようもなく疼いてしょうがない。
(欲しい、欲しい、欲しい…彼に安堵をもたらすコートも、彼の時間も、彼のそのコートを大事そうに引き寄せる指先も……ああ、欲しい、欲しいな……)
暫くの間たわいないやり取りをしていたデニスであったが、自らの欲望にいつまでも待てを出来なかった。ただでさえこの衝動はデニスの中で燻り続け、今や、最高潮にたっしている。
「あなたの世界はどんなものか私に教えていただけませんか?」
そう彼に聞くデニス・マルケスは雨に濡れて輝くホークアイのような鋭利なギラツキと淀んだ暗さをその深いブルー瞳に宿し、口元にはげひた三日月が登っていた。
彼はデニスの言葉の意味を理解できず、ただ、デニスの異様な唯ならない雰囲気に背筋がゾクリと冷たい空気が流れてくるなか「は?」と、口にするのがやっとだった。
「いえね、私は知りたいのですよ、あなたという人間を、一体どんな歩みを送ってきたのですか?そのコートに対するあなたの想いは?そのコートお着ているあなたはとても幸せそうに見えます、でも、今もあなたは幸せですか?」
三日月に歪んだくちで問いかける。その確信をついた問いに彼は心臓を鷲掴みにされたような心待ちで、思わず顔をゆがめる。
「・・・君は一体何を言って、いるんだ?・・・」
相手の男から一歩後ずさり、急に雰囲気を変えた男をもう一度見つめる。先程までは穏やかな表情をしていた男は今では眼を輝かせ目尻の皺と歪みきった口元、その亀裂のあいだから覗くいびつな歯列が全く別の人物のような錯覚に陥ってしまう。
「私は、人の人生というものに興味があるのですよ。」
そう言ってデニスは手を彼に伸ばし、彼の顔面を掴む。
「なっ、何をするっ」いきなり顔面を抑え込まれた彼は吃驚してその手を外そうと試みるも意外にも力強いその腕を振り切ることが出来なかったが、
ただ、腕を振り回したときに相手の男が持っていた紙袋がガシャンッと音を立てて落ちたのが指の隙間から見える。
そちらに気をとられていた間に一気に力強く押されたかと思うと、後頭部にとてつもない衝撃が走った。
「グァッ」
後頭部を打ち付けられた衝撃にくぐもった呻きが口をついてで、目玉が抜け落ちんばかりに開く。どくどくと血が流れる音が五月蝿い位に頭に響き渡り、鼻や喉は血で焼けたように乾上がり、身体は言うことをきかない上に重りを乗せられたように重く身体中痛い程に冷えている。
「やっ、止めてく―ッ」
彼がいい終える前にデニスはまた彼の頭を壁に打ち付ける。焦点の合わなくなった瞳が掴まれた掌から覗くデニスの顔をとらえる。今にも声を上げて笑いだしそうなその表情に男は絶望し、諦めたのだ。
抵抗することを、生きることを、奪われることを、諦めたのだ。
――ガゴッ――
「アガッ、ハァ―ッアッ」
「…。」
――ガゴッ――
「グァガッ―、―ッ」
「…。」
――ドガッ――
「………」
「…。」
夜の街道に沈黙が降りた。
静けさに包まれたなか、デニスは喉の奥が震え出しそうなのを抑えながら目的の物を掴む。
流れ出る血が今も、デニスが欲しくて欲しくて仕方のないコートに、黒い染みをつくって行く。そのコートを震える手で男からコートを脱がす。
そして次に、指…
(指、指が欲しいのだが、どうやって外そうか?
ああ、それにこのままでは明日にはこれが見つかって騒ぎになる、その前に場所を変えなければ…)
デニスは考えた結果、店から離れた場所にある倉庫に向かう事にした。そこはデニスの店に並びきらないものや、在庫、下取りした商品等をおいて置くためにデニスが使っている場所で、物を積み上げるために簡単な棚を作れるように木材やノコギリも完備していて、丁度よかったのだ。
運び出す前にデニスは落として壊れてしまったランプを路地裏に捨て置き、紙袋にコートを入れてから、死んだ男を引き摺り、歩き出す。
倉庫に着いてから直ぐにデニスはノコギリやビニールを出し、木材と紐で腕を固定し指を切り落とした。
切り落とした指を手にデニスは震える喉を抑えられず
「アハハッハハハハッ、ウヒャヒャヒャヒャッ、フフフッフフフフ――」
笑いながらデニスは感動にうち震え目から涙が流れ出す。
(ああ!サイッコーだ!此れで完璧だ!全て揃った!)
笑い続け、指を持ちながらコートを広げ小躍りするデニスはふと動きを止め、コートを見る。
「…残念、血で汚れてしまっていたんだった。次からは気をつけないといけませんね。フフフッ」
そう呟いたものの、それでも鼻歌混じりにコートと指を棚に置くと死体をどうしたものかと、棚に寄りかかり手を顎に添える。暫く考えを巡らせた後、死体を川に投げ捨てた。
よく人が見投げする川でホームレスや浮浪者が死体を漁り、金に替えるという連鎖が自然と出来ているため、デニスが殺した男の死体も自然と処理されることだろう。
意気揚々と倉庫へ戻ったデニスは此れでやっと心置無くコレクションを愛でる事が出来ると、おもちゃを手にいれた子供の様に、死んだ男を象徴する物を並べ、一人の世界に夢想する。
彼は想像する。かの男の生きた想いを、人生を、何に囚われ、何を求めていただろうか・・・
窓硝子の向こうで、かの男は愛すべき妻からお気に入りのコートを袖に通して貰い肩の埃を払われると、男性の着るコートの前に手を添える。その手を追うように妻の手に自らの手を添え接吻を交わすのだ。
妻を亡くした、かの男は妻の思い出を求め、そのコートを着続ける。妻に伸ばした指先でコートを引き寄せる。だが、その指先は決して温まることはなく、男はなおも想い出に浸り続ける。
かの男の全てと言えるコートと指先がデニスにそんな情景を見せるのだ。そして、最後の男の諦めきった表情を、そう、彼は諦めていたのだ。隣には誰もいない毎日に、生きていることの意味を見いだせない毎日に・・・
だから、かの男は、デニスに殺される瞬間に安堵の表情を浮かべたのだった。
それからとゆうものデニスは定期的にコレクションを増やして行き、殺人の手際も格段に良くなる。殺人の前に計画を立て殺人を繰り返す。
殺し、必要な部位だけをいただき、立ち去った後、ホームレス達が持ってくる金品から必要な者を買い取ることもあるし、初めの時のように倉庫に持って行きそれから川に落とすこともある。
二つめの時は女だった。その時は自慢のブロンドの巻き毛を、そして、指輪を
三つめの時は老女だった。その時は自慢の赤い爪を、そして、踵の高いヒールを
四つめの時は若い男だった。その時は自慢の瞳を、そして、ネクタイピンを
その後も数々の相手から色々なものを奪った。足の親指を切り落としたことも、耳を切り落としたことも、艶やかな唇さえ切り落としたこともあった。
あらゆる人間の、その個性を際立たせる、その、部位をデニスは的確に見つけ出し切り落とす。
デニスは人間に魅入られ、人間を知るために殺し続け
あの、お気に入りの詩を今日も謳う
―― 一粒の砂にも世界を
一輪の野の花のも天国を見る
掌に無限を
一瞬の間に永遠を掴む(*無垢の占い)――
(死、それは一瞬にして永遠
人間は一人一人自分の世界を持つ
可能性は無限を有し
身体は可能性という希望を持つ)
そう、デニスは感じ続けるが故に、止まらずに、謳い続けるのだ。
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