13 砂漠と太陽

 しばらく砂漠を進んでいると、山並みの向こう側から数本の影が伸びてきて、キャラバンの一団が現れた。隊員たちは分厚い布を身にまとい、アーティフィシャルのフタコブラクダに乗っていた。ラクダは無骨な関節をきしませながら砂をかきわけていた。

 むろんこのラクダはタツヒコのように人格を移植しているわけではないため意思はない。隊員たちの命令をただただ実行するだけの傀儡である。ただ、これまで出会ってきた操り人形たちとはちがって、ラクダたちには、意思なきもの特有の悲壮感がそこまでただよってはいなかった。ラクダたちはみな同じように口をモゴモゴと動かしていた。

 先頭にいた人形はマリーたちの姿をみとめると、肩にかついでいた棒を振り上げた。風に吹かれて緑色の旗がはためいていた。

 メルツェルはサンドモービルを止めて、相手の行動を待つことにした。キャラバンは一列になってサンドモービルのほうに向かってきた。

 隊長と思わしき人形はラクダから降りると、あとにつづく隊員たちを待機させてメルツェルのもとまで近寄ってきた。はためく布の先からものさしのような銀色の右腕がのびてくる。握手がしたいらしい。フードを深くかぶっているせいで、どんな表情をしているのかは読み取れなかった。求められるままにメルツェルは手を握り返したものの、思わず片目をほそめた。

「あなたがリーダーなんですか」

「そうだ」

 すると人形はフードの奥から真っ赤な瞳をのぞかせた。射貫くような視線はレーザーポインターそのものだった。

「燃料をくれないか。持っているんだろう。すこしだけあればそれで十分なんだ」

ノイズまじりの電子音だった。隊長は苛立っているらしく、片足を震わせながら砂上にめちゃくちゃな模様を描いていた。メルツェルは気まずげに自分の影に眼を落とした。

「いきなりなにを言い出すかと思えば。キャラバンなんだから十分な備えはあるんじゃないんですか」

「いや、ない。われわれは逃げてきたところなんだ。準備をしてくる時間もなかった」

「ねえ」マリーがそこに割って入った。「わたしたちだって次の街に行けるかどうかってぐらいなのよ。あなたたちにあげられるものなんてない。それに人間じゃないんだから死ぬことはない。そうでしょう」

 それを聞いた隊長は鼻で嗤うと、マリーの靴に唾を吐いた。飛び出てきたのは潤滑油の残りカスだった。砂が含まれているせいで、卵がつぶれるような音がした。ちょうど風がやんだということもあり、その不快な音はよく聞こえた。隊長が持っていた旗はついに垂れ下がってしまった。マリーは仏頂面のまま隊長を見た。

 隊長はフードを取った。そこには表情というものがまるで欠落していた。鋼鉄の塊に赤い瞳がひとつ輝いているだけだった。キャラバンのなかには表情をあえて欠損させるものが少なくなかった。表情はうまく使えば商売で有利にはたらくものの、下手すればなにもかもが無に帰してしまう。それならばと表情をあえて削り取り、相手と自分の立場をできるだけフラットにさせようとするのも方法のひとつではあった。

 隊長はすこし考えたあと音を発した。

「でも、どこに行くというんだ。ここの近くにはキャラバンの街しかないぞ」

「だからそこに行くに決まっているでしょう」

 マリーはサンドモービルを降りると隊長の首に掴みかかった。隊長の首はバネのような構造になっているらしく、マリーが腕を動かすたびに伸び縮みを繰りかえした。

「どうしたんだい、お人形さん。声だけ怒っているみたいだけど」

「あなただってそうでしょ」

「そうだなあ。でもあんたみたいに人形人形はしていないぜ」

 隊長の言うとおりマリーの服装はあまりにも場違いなものだった。マリーは眉間にしわを寄せた。反射的に表情が変わったのははじめてのことだった。隊長は肩を震わせていた。嗤いをこらえきれないようだ。

「そっかぁ。あんたらはここまでひどく無意味な旅をしてきたってわけだね」

 ショルダーバッグからタツヒコが顔をだした。キツネの鼻は黒々と濡れていた。

「どういうことです」

 隊長はマリーの手を振りほどいた。

「どうもこうも。われわれはそこから逃げてきたんだ。もう終わりだよ、あの街は」

「それで、どこに向かうつもりなの」

「南に街があっただろう。そこに身を隠すさ」

「そう。がんばればいいんじゃないの。まあ、いい結果は得られないでしょうけどね。あそこも変わってきているだろうから」     

 マリーはそう言うと、隊長の額を指ではじいた。鐘のような金属音がこだました。「とにかく、わたしたちのものは渡さない」

「あっそう。話しかけて損しちゃったよ。おれたちが盗賊かなにかじゃなくてよかったな」

 隊長は鼻を鳴らすと、その場に旗を突き刺した。それを見ていた隊員たちは、不安げなようすで互いに顔を見合わせた。

「なにをしているの」

「もうこんなもの持っていたところで仕方ないと思ってね。ここにキャラバンの墓を立てることにするよ」

「じゃあんたたちは」

「今日から盗賊でもなんでもなってやるさ。そうだろみんな」

 そう言うと隊長は振り向いた。隊員たちは力なさげに腕を振り上げた。

 メルツェルは身構えた。隊長はやれやれといったようすでラクダに飛び乗った。ラクダはあいかあらず食物をすりつぶす真似をしている。

「あんたらにはなんもしないでおいてやるよ。じゃあな」

 キャラバンたちはサンドモービルから離れていき、すぐに砂漠の向こうに消えていった。あとにはラクダたちの足跡しか残されていなかった。それも風が吹けばかきけされてしまうのだろう。

 マリーはサンドモービルの座席に肩肘をついた。

「あいつらどうなるかな」

 メルツェルはサンドモービルを跨ぐとヴェイパーをふかした。ヴェイパーも残りすくなくなってきた。

「ただのキャラバンだし、いるだけなら大丈夫なんじゃないですかね。わたしたちみたく追われたわけでもないですし。まあ、ほんとうに盗賊になったんだとしたらどうなるかわかりませんけどね。あと……」メルツェルは首を鳴らした。「どうしますか。いままでどおりキャラバンの街に行くってことでいいんですよね」

「それでいいわ。あの人がなにをして追われることになったにせよ、グリーンちゃんが逃げる場所はそこぐらいしかないもの」

 タツヒコは奥歯を舌で舐めた。

「人間の身体でどうにかなるもんなんですかね。やっぱりこの砂漠のどこかで死んでいるのかも」

「わからない。でも、彼女はバカじゃない。そうなんでしょう」

「それはまあ、そうですね」

「それに彼女が死のうが死ななかろうがわたしは行かなきゃならないの」

「そうですか」

 サンドモービルはラクダの足跡に沿って北上した。

 はてしない砂漠の上空で、太陽と月が何度も何度も回転した。

 キャラバンたちと会ってから一週間でキャラバンの街が地平線からのぼってきた。陽に照らされて輝く街は、まるで要塞のような姿をしていた。

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