12 ゴーストタウンで一服
サンドモービルは砂しぶきをあげながら、ハイブリッドサボテンの群体やら無数のゴーストタウンやらを抜けていった。マリーは廃墟を抜けるたびに、鬱々とした眼差しを建物ひとつひとつに注いだ。タツヒコはそんなマリーの行動を見て、ただただ首をかしげるだけであった。
とあるゴーストタウンはとくに崩壊のレベルがひどかった。かつては美しい街並みであったことが外観から見てとれるだけに、現在のすさんだようすが嫌でも強調されてしまっていた。ありとあらゆる建物が、無性生殖を繰り返したBBストレプトに喰われまくっているせいで、都市全体の分解が進んでいた。半人工植物のBBストレプトは、キャラバンたちから錆苔とも呼ばれていた。はじめはちいさな点のような姿であり、物質に対する浸食もゆるやかであるものの、ある時点から一気に腐食を加速させ都市をほろぼしてしまう。都市が滅亡するまでにかかる時間はその規模によってまちまちだが、このゴーストタウンの場合一二〇年ぐらいであろう。急激な壊滅があったのはここ三〇年といったところだ。錆苔はグロテスクな赤茶色を都市じゅうに撒き散らしていた。
ここにある建物すべてがあと五〇年もすれば、仕事を終えた錆苔もろとも砂に還っていくのは、まずまちがいなかった。緻密な彫刻がほどこされた高層建築物は崩れかかってはいながらも、荘厳なファサードでたまたま通りかかったマリーたちを迎えてくれた。
マリーは心底つらそうにうなだれた。
「どうしたんです」
「べつになにもないよ」
「なんかありましたか」メルツェルは振り返らずに言った。「わたしも気になるな。ちょっと燃料補給もかねて止めてみましょう」
マリーは下唇を噛んだ。
「べつにいいのに」
メルツェルは都市のど真ん中でサンドモービルを止めた。早朝だったこともあり、つめたい砂漠の風が町じゅうに吹きぬけていた。穴ぼこだらけの建物を抜けていくせいで、下手な口笛のような音があたりにこだましていた。黒いブーツが錆苔を踏みしめた。乾いた音がした。
その場にかがみ込んだメルツェルは、サンドモービルに縛りつけてあったハイブリッドサボテンの幼型を一本抜き取ると、補給するためにモービル後部にあるパイプの栓を抜き、そこにサボテンを押しつけることで燃料をしぼりだした。
マリーはタツヒコを肩に乗せてそのようすを見ていた。
メルツェルのおおきな口元から薄紫の煙がのぼっていった。煙は風に吹かれながら空へと消えていった。どうやら潤滑用のベェイパーを飲んでいるらしい。サンドモービルのハンドルを握った両手は小刻みにふるえていた。
作業を終えるとメルツェルは立ち上がった。
「ではちょっと見ていきましょうよ」
三人が降り立った場所は円形の広場だった。あたりにはギリシャ風の柱が不規則に立っており、そのどれもが錆苔によっていまにも砂に還らんばかりだった。その一本にマリーが触れると、内部から砂がささやいているような音が聞こえてきた。空洞化が進んでいるのだ。
メルツェルは口に含んだヴェイパーの露を地面に吐き出した。露はすぐに砂に取り込まれていった。
「ここに来たことがあるんですよね」
「そう」マリーはしぶしぶ語りだした。「ずいぶんと昔のことだけど来たことがあるの。ちょうどこの広場で写真も撮ったのよ。キャラバンたちとね」
「そのときはどんなようすだったんです」
「それはもう、たくさんのおしゃれな人形たちでにぎわっていたわ。磁器なんかを身体につかった人形もいたわね。もう芸術品だったわ」
そう言うとマリーは台形の建物を指さした。もとはピラミッド型のとてつもなくおおきな建物だったのであろう。いまでは頂点から錆苔に喰われており、見るも無惨な姿をさらしていた。
「あそこがこの街の工場だったの。住み込みの人形作家たち一〇数人でやっていてね。街の人形はぜんぶあそこで製作されていたのよ」
タツヒコは鼻先を舌でなめた。
「それじゃあ、ぼくたちのいた場所とはまるで違っていたんですね。あっちでは人形の大量生産が基本でしたし」
「そうね。でも活人形が出てくるまでは、あの街だって大量生産ってわけでじゃなかったのよ。むしろ一年に二、三人つくるので精一杯ってかんじだった。人間の人形作家だからしょうがないことではあるんだけどね。どの街でもそんなものだったわ。この街もそんなペースだったってわけ。だからね、さっきにぎわっていたとは言ったけど、そこにいた人形のほとんどは観光目的で砂漠の向こうからきた子ばかりだったの。店で珍しいパーツなんかを買って、お土産にしたり、自分に使っていたりしたってわけ。あとはキャラバンたちかな」
メルツェルは頭を掻いた。
「なんでこんなことになったんでしょうね。なんか心あたりはないんですか」
マリーはエプロンにかかった砂をはたいた。
「わからない。ずいぶんと時間が経ったからいろいろとあったんでしょうね。まあ、いちばん考えられるとしたら、人形作家がいなくなることなんだろうなあ」
「作家のあとつぎがいなくなったってことですか」
「そういうこと。そうなってしまえば、一気にこんなところに街に来る理由がなくなるでしょう」
メルツェルは小気味よく首を鳴らした。
「つまり自然消滅ってことですね。そして、いつの間にやらここまで錆苔がむしるようになったってことか」
「あくまで推測だけどね。あと人間から人形への引き継ぎがうまくできなかったといのもありそうな話ね」
タツヒコはこれまでにない鋭い目つきをした。
「もしくはあえて引き継がせなかったか、ですね」
マリーはタツヒコの背中をなでた。
「そうね。考えたくはないけど」
それからマリーはタツヒコを抱えてサンドモービルに乗り込んだ。メルツェルはマスクをはめた。
「もういいんですか」
「いいの。だれもいないから。それにこういうのに、ひとつひとつ構っていたら埒があかないわよ」
タツヒコは唸り声を出した。
「そうですか。にしても昔でも人間って貴重な存在だったんですね」
「そうね。むしろあの街に人間保護区域なんてものがあるのが奇跡のようなものだったのよ。ほかの街では絶滅しているか消えかかっているのが基本だったし」
メルツェルはハンドルをにぎった。
「そろそろ行きますよ。取りあえずはキャラバンの街を目指すってことでいいんですよね」
「いいわ。とにかく北へ向かってみて」
「わかりました」
メルツェルが答えるとサンドモービルが駆動した。砂しぶきが上がった。加速度的にゴーストタウンがちいさくなっていく。タツヒコはピラミッド型の工場をぼんやりとながめていた。ながめているうちにその表面に文字が書かれていることがわかった。タツヒコはマリーの髪の毛を引っぱった。
「あの工場の表面、なんて書いてあるんです」
マリーの瞳がおおきくなった。
「『わたしたちはおまえを知っている。見棄てたおまえがもどってくることも知っている』ってかいてあるわね」
「どういう意味です」
「知らない」
「人間たちはどうしてこんなにいなくなってしまったんですかね。べつにおおきな戦争があったとは聞いていませんが」
「そうね」マリーはタツヒコのようなタメ息をついた。「なんとなく消えていったのよ。種が絶えるのに争いなんて必要ないわ。なんなら戦争をしていたほうがよかったのかもね」
タツヒコは片方の眉を上げた。
「どうしてです」
「だって戦争はその種が栄えていることの証明だもの。争いは種に流れをうませて成長をうながしてくれる。なければ、あとは静かな平行線がつづくだけ」
「それは人形にもいえることなんですかね」
「さあね。戦争とまではいかなくとも、なにかを競うことぐらいは必要なんじゃないかしら。あの街だったらディスプレイの催しなんかがそうでしょう」
「そうなんですかね」
沈黙が流れた。このうちにゴーストタウンは地平線の先に消えてしまった。しばらくしてメルツェルがやっと口をひらいた。
「わたしは平和が好きです。なにもないのだって、それはそれでいいものじゃないですかね」
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