11 砂に埋もれる……そのまえに

 つぎの日、マリーとタツヒコはカタンに言われたたままにアフターCまでやって来た。そこはかつてプロジェクトCと呼ばれていたところだった。

 広大な砂漠と隣り合っているアフターCは、プロジェクトのうちでもっとも都市開発がゆるやかに進んでいる地域であり、中心部に向かうのにも遠回りになるため、キャラバンたちにもほとんど利用されない辺境であった。そんなこともあり人口は極端に少ない。

 なかでもカタンが指示した地点は、ちょうど砂漠と都市の境目だった。風が吹くたびに砂がマリーの足もとに打ちよせた。このままつっ立っていたら砂に埋もれてしまうだろう。タツヒコを肩にのせたマリーは、靴に砂が積もるたびに場所をすこしずつ変えた。

 しばらく待っていると、変わり果てたようすのカタンが、足を引きずりながら二人のもとにやって来た。

「すいません、ずいぶんと待たせてしまいましたね」

 カタンはボロボロの作業着を身につけており、むき出しの左腕と両脚は、球体関節の身体に取り換えられていた。活人形に乗りかえるまえのパーツだった。あまりにも活人形の身体との継ぎ目が粗雑だから、まるで操り人形のようだった。フランケンシュタインの怪物という言葉がよく似合う風貌だ。マリーは首もとをなでまわすと片方の眉をおし上げた。

「どうしたの」

「まあ、いろいろありましてね。植物園もなくなってしまいましたよ。あんなに大切にしていたのに」

「でも、昨日話していたのは植物園のなかだったじゃない」

 カタンはくちびるを噛んだ。

「あのあとすぐに大量の操り人形たちが押しかけてきたんです。なんとも古風な火炎放射器やノコギリなんかを持ってね。リーダー格はいつもの連中ですよ。」

「そういうことだったのね」

 マリーはカタンの顔から眼をそむけた。

「ほんとうに一瞬でした」

 ほんとうにくたびれた声だった。「それでもね、出来ることはしてきましたよ。案内人の手配はしましたし、ここに持ってこられる限りの種も持ってきたんです」

 そう言うとカタンは背負っていたケースをマリーに手渡した。マリーはためらう素振りもなく受け取った。それからすでに背負っていたリュックからロープを引き出すとケースを無理矢理つないだ。

「案内人はいつ来るの」

「もうすぐ姿が見えるはずですよ」

 カタンはおおきく息を吸った。かわいた空気が、つぎはぎだらけの身体のなかでこだましていた。

「そのなかにはバラの苗も入っています。長く持つように特別なケースのなかに入れています。茜色のケースです。いい場所があったら植えてあげてください」

 タツヒコはふるえていた。

「これからどうするんです」

「どうもしないよ」カタンはやっとタツヒコに眼を向けた。「きみだってなんとなくはわかっているだろう」

「ぼくたちと一緒に行けばいいじゃないですか」

 舌打ちが聞こえた。カタンは眉間にしわをよせると、肘の部分の球体関節をもう片方の手でにぎった。そのままつぶしてしまいそうな勢いだった。

「わかってないなあ」

「なにがわかってないんです」

「べつにわかる必要はないさ。だってきみが生まれるまえの問題なんだからね。連中が追っているのはわたしなんだよ。きみはただのオマケ。頭ンなかを解剖出来たら儲けもの、ぐらいにしか思われていないよ」

 マリーは二人の会話をよそに、砂漠の流れをぼんやりとながめていた。 

「とにかくね」カタンは関節を指ではじいた。「わたしが一緒についていけばね、連中は砂漠まで追ってくることになる」

「でも、グリーンを逃がしたのは」

 タツヒコが言いきるまえにカタンはさえぎった。

「何回言わせるんだ。種を蒔いたのはわたしなんだよ。きみはマリオネットでしかなかったんだよ。だって考えてみたまえ。なぜきみは人間保護区域に入ろうとした。もともとそんな目的なんてあったかい」

 タツヒコは口を閉ざしてしまった。カタンはあのタメ息をついた。

「そうだろう。言われてやっただけ。結局はわたしがやったこと」

 マリーは髪をまとめ直した。

「そこまでにしなよ。それでなに、そろそろ来ないの。案内人は」

「もうそろ来るはずなんですけどね。なんせ彼も砂漠を越えるのははじめてなもので、手間がかかっているのかもしれません」

 マリーはカタンをにらんだ。

「はめたわけじゃないわよね」

「そんなとんでもない」カタンは空をあおいだ。もう赤くなりはじめている。「だとしたらひどいマッチポンプだ。だって、わたしごと葬り去られるんですからね」

「まあ、それはそうね。でもあなただったらそれぐらいしそうじゃない」

 そう言っていると、砂漠の向こうから砂のささやきが聞こえてきた。砂煙が見える。斜陽に飾られているせいで桃色の波が迫っているようだった。

 波は三人のすぐそこまで来るとしだいにおさまり、そのなかから無骨なサンドモービルが現れた。キャラバンたちのものとは違う。どうやら無輪車をむりやり改造したものらしい。ガタイのいい人影が乗っていた。人影は真っ白な布を身にまとい、顔にはデザート色のマスクをつけていた。マスクを額に押し上げると、よく見知った顔が現れた。

「メルツェルだったのね」

「そうだ。知り合いだからという理由で、すぐに引き受けてくれたよ」

 メルツェルはおおきな腕を振りあげた。つづいて聴覚を刺激したのはあの嗄れ声だった。

「はやく乗ってください。連中はもうすぐそこまで来てますよ」

「さあ、彼もああ言ってることだし、さっさと行ってくれ」

 心なしかカタンの声はふるえているようだった。

「わかった」マリーはショルダーバックから郵便夫の制帽を取り出すと、目深にかぶった。「じゃあ、さようなら」

 カタンは眼をほそめると口角を上げた。

「さようなら」

 タツヒコはなにも言えなかった。なにか声が出てきそうだったのに、どうしても喉元でつまってしまうのだった。

 カタンはタツヒコをちらと見た。透き通った両眼だった。

 マリーはサンドモービルに飛び乗った。

「ちゃんとつかまっていてくださいね」

 砂漠からも街のほうからも、なにかが迫りくる音が聞こえてきた。もう時間がない。

 マリーはタツヒコをショルダーに入れると、メルツェルのおおきな背中をうしろから抱きしめた。

 砂をかき混ぜるような音がしたのちサンドモービルは勢いよく発進した。急に動き出したため、ショルダーから頭だけを出していたタツヒコは、首がもげそうになった。マリーはタツヒコの頭を鷲づかみにすると、ショルダーに押し込んだ。キツネの弱々しい鳴き声が聞こえた。

 一分もすると揺れがおさまり安定した。マリーはメルツェルの背中から腕をはなすと、ショルダーをひらいた。

 タツヒコはいままで進んできた方向を振り返った。ちょうど操り人形にカタンの頭が勢いよくはね飛ばされる瞬間が、はるか遠方に見えた。タツヒコはサンドモービルが前進する先に向きなおると、マリーの顔をあおぎ見た。束ねられた髪だけが後方になびいていた。

「どうしたのタツヒコ」

 マリーはまっすぐな眼を向けてきた。

 タツヒコはうつむいた。

 またしてもなにも言えなかった。マリーはカタンに渡されたケースを手に持つとタツヒコに話しかけた。

「それにしても、よくこんなに集めてきたわよねえ」

「そうですね」

 タツヒコの声はゆれていた。それから前足で両眼をふさいだ。

「どうしたの」

「なんでもないです」

 マリーは息をつくと、メルツェルの背中に眼を移した。

「まあ、言いたくないなら黙っておきなよ」

 

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