14 砂にさらわれて

 キャラバンの街はこれまで通ってきたゴーストタウンのように閑散としていた。要塞のような外観の都市は外面ばかりで、その壁にかこわれた肝心の中身はひどくさびれてしまっていた。どこまでもデザート色のかまくらのような建物が広がっているばかりである。

 マリーは不安なようすであたりを見渡した。住人らしき人形の姿はひとりふたりみとめられるものの、街を栄えさせているはずのキャラバンはひとりとして見つからなかった。メルツェルはちいさな塔のちかくにサンドモービルをとめると、マリーを降ろしてやった。マリーは砂にまみれた目蓋をこすってあたりを眺めやった。

「こりゃひどいわね」

 タツヒコがショルダーバッグから飛び降りた。

「もとからこんなもんじゃなかったんですか」

「ちがいますよ」

 そう言ったのはメルツェルだった。「まえに映像をみたことがありますが、もっとカラフルないかにも商業で栄えている街ってかんじでしたけどね」

「そうなのよ」

 そこにボロを身にまとった人形が通りかかった。マリーはすこしだけ躊躇したものの、この都市になにが起こったのかきいた。人形はつめたい目線でマリーをにらみつけ、うすい笑みをうかべた。

「この街は死んじまったよ。それも一瞬でな」

「それはどれくらいまえのこと」

「一週間ぐらいまえさ」

 メルツェルは顎に手をそえると、かるく首をかたむけた。

「それにしてはさびれすぎじゃないですかね。七日でここまでになるのは無理がある。神さまじゃないんだから」

 人形は笑った。なんとも乾ききった笑いだった。

「まあ、そう思っても仕方がないんだろうな」声はどんどんくぐもっていった。「おまえら余所者はみんなキャラバンのプロジェクターに騙されていたんだよ」それから人形はボロをかきむしった。「もちろんはじめは本当にキレイな街をつくっていたさ。彩り豊かに彩色を施したりしてね。それは実際にたずさわっていた俺が証言するよ。でも、気づいたころには生活全体が立体映像に覆われていたんだな。キャラバンたちが持って来たものは徐々にこの街に浸透していった。はじめこそ生活を根本から変えてしまうような道具に反感を持ったやつらもいたさ。でもな、そのうち俺たちはそれになにも言わなくなっていた。見栄さえ良けりゃ、あとはどうにでもなっちまうからな。やっぱり利便性には負けちまうよ」

 人形は言葉を吐き切ると三人から足下に眼をうつした。砂が風に吹かれるままに流れてゆく。破れまくったブーツのかかとがリズムを刻んでいた。気づいたときにはメルツェルはなけなしのヴェイパーを口からふかしていた。

「で、キャラバンたちがプロジェクターを持っていっちゃったってことね」

 マリーの声は淡々としていた。

 人形はしだいにイラつきを隠さなくなくなり、つま先を砂に突き刺したり抜いたりした。

「それもこれも大統領のせいなのさ。あいつがこんなこと言い出さなければ」

「大統領ってキャラバンなんでしたっけ」

「ちがうちがう。いちおうおれのような『原住民』出身のやつから選出されることになってる。とはいっても大統領はほんとうに名ばかりのマリオネットだったんだがな。そいつがないきなりあんなことをんなことを言い出さなければなあ」

 人形は耳もとを掻いた。よく見てみると、形こそ耳のかたちをしてはいるものの、なんの役割をもたないデコレーションにすぎなかった。

「まあ、俺たちも悪かったんだけどな。あいつに上手くのせられてしまったわけだし」

 そう言うと人形は踵を返した。

「ここで話してもなんだし、俺の家に案内するよ。サンドモービルはそこに置いていきな」

 マリーたちは顔を見合わせた。人形は振り返りもせずボロをなびかせていた。ボロのしたに中くらいの歯車が重なりあっているのがみとめられた。どちらかというと伝統を重んじるほうらしい。

「大丈夫大丈夫。だれもなにも奪いやしないさ。どうせこの街は終わってしまったんだからな。どこへも行けないし、行ったところでなにもできやしない」

 マリーたちは仕方なしにサンドモービルを置いて人形のうしろをついていった。道を曲がったところで背後から爆発音が聞こえた。タツヒコはすこしだけ立ち止まったものの、ふたりがほとんど動じることなく歩いていたため、なにも言わずに歩を進めた。このときにはすでに何者かにつけられていることに感づいてはいた。

 その人形の家は、本人と同じくらいオンボロの建物だった。かすれた波模様が外壁にえがかれていた。プロジェクターのまえはさぞ綺麗な建物だったにちがいない。

 扉がそもそもなかった。内部は黴臭かった。マリーたちが建物のなかに入りきると、入口から十数人の人形がぶっきらぼうな足音をたてて入ってきた。ありとあらゆる重火器で武装した連中だった。人形たちはマリーとメルツェルを取りかこむと、ふたりの着ているものを剥がしにかかった。タツヒコは守ろうと人形たちに飛びかかったものの、なすすべもなく壁に蹴とばされてしまった。四、五人になすがままにされたふたりは素っ裸になってしまった。球体関節だらけの身体をあらわにしたマリーは、どうしてもカタンから渡されたバッグだけは手放そうとしなかった。ひとりが拳銃を暴れるマリーのこめかみに押しつけたところで、おおきな咳払いが聞こえた。

「まあ、それはいいだろう。じゃあこっちに来てもらおうか。お人形さん」

 ボロを身にまとった人形は口角を上げてそう言った。タツヒコは歯をむき出しにした。マリーたちは案内されるままに地下室に連れていかれた。地下室は音楽ホールのような広さがあった。もともとはそんな使われ方もしたのであろう。天井には長方形の天窓がひらいており、そこから部屋の中心の舞台にかわいた光が降りそそがれていた。

 三人は舞台上に置かれていた椅子に座らされた。椅子の背に両腕を縛りつけられてもなおマリーはバッグをはなさなかった。うしろには人形どもがいつでも発泡できるよう眼を光らしていた。タツヒコは椅子の上から天井をにらみつけていた。

「そこでまっていな」

 そう言うと人形は地下室から姿を消した。数時間ののち、人形は三人のまえに姿をあらわした。もうボロは身につけていなかった。そのかわりに軍服のようなものを身につけていた。

「さて」

 人形の口から緑色の煙がのぼる。この種のヴェイパーはキャラバンからしか手に入らない本物の嗜好品だ。つまり、この街ではもう手に入ることのないものである。

「きみたちはなんの目的でこんなところにやって来たんだ」

 マリーはやっと口を利いた。

「あなたこそなんの目的でこんなことをしているの」

「人形のくせに」

「あなただってそうでしょう」

 人形は舌打ちをするとつよく睨みつけた。

「とにかくだ。スパイってわけじゃないんだろう」

「なんのことだか」



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