3-10

 目の前に広がる光景に唖然として、ミツネはつい乾いた笑いが漏らす。

 そこはどうやらこの研究所が持つロボットの格納庫のようだった。壁伝いにずらりと二足歩行の人型ロボットが立ち並び、その奥には大型のタイプや戦車のような自律兵器なども見える。それらすべてが眠りについているように俯いて沈黙していて、倉庫内は妙な静けさに満ちていた。

「驚いたろう? ここにはこうして手に余るほどの兵器が溢れていてね。創設者たちは戦争でも始める気だったのかな」

 クシミは楽しそうに笑いながら、ゆっくりとミツネたちに向かって歩いてくる。

「しかし、キミたちが来てくれてよかったよ。おかげで腐りかけていた彼らの試運転ができる」

「たった二人を相手に大袈裟すぎるんじゃない?」

「まあそこは旧友を信頼していると思ってくれ」

 周囲を取り囲むロボットたちが動き出す前に、先にクシミに仕掛けることを考えたが、それには少し距離が離れすぎていた。彼もそのことをわかっているのか、ある程度のところで立ち止まる。

 ニシナたちと別れてからは十分ほどが経過していた。何事もなければ、彼らは隠し部屋まで辿り着いて作業を開始しているはずだった。ハッキング自体は二十分あれば完了するという話だったので、少なくともまだしばらくは時間を稼がなくてはならない。

 幸いだったのは、クシミがニシナの不在を怪しんでいないことだった。隠し部屋はそう簡単には見つからないと言っていたが、万が一管理権限を奪取しようとしていることに気付かれてしまえば、対策を取られて詰んでしまう可能性もある。

「そういえば、さっきのキミの言葉を聞いて思い出したよ」

 その瞬間、張り詰めていた空気が一気に弾けて、眠っていたロボットたちが頭を上げて動き出した。

ミツネはクシミの方を見据えたまま、鞘に納まった刀に手をかけて身構える。隣にいる莉葉は出遅れないよう、彼の一挙手一投足を横目で注視する。

「最後にキミたちと別れたとき、みんなで約束をしたんだったね。次会ったら、殺し合おうと」

 まるで軍隊のように足並みを揃えたロボットたちが、クシミの前に整列して武器を構える。

「きちんと約束を果たそうじゃないか」

「……そうだね。そのために僕たちはここに来たんだ」

 二人の言葉を皮切りに、静かだった倉庫内が激しい銃声に満たされる。

 まずミツネが先陣を切って、ロボットの隊列の中に斬り込んでいく。軽やかな手捌きと最小限の動きで、敵を次々と一撃で仕留める。四方から銃弾が浴びせられるが、素早く動き回る彼の姿をなかなか捉えることができない。

 そんなミツネの戦いぶりに圧倒されつつも、莉葉もその後に続く。敵の集中がミツネに向いているうちに、彼女は離れた位置から遠距離で攻撃する相手を着実に一体ずつ薙ぎ倒す。

 本来であれば今ミツネたちに必要なのは時間を稼ぐことで、正面から敵と戦う必要はない。むしろ適度に牽制をしながら逃げ回る方が正解である。それは彼らも理解はしていたが、出入り口を閉ざされた密室空間で大量の敵を相手に逃げ腰になるのは、逆にリスクだと考えての行動だった。

 実際、短い時間であっという間に敵の戦力を削ぎ、状況は優位に見えた。しばらくして前線にいた敵のほとんどを壊滅させ、堆く重なったロボットの残骸を踏みしめながら、ミツネは顔を上げて一瞬だけ息をつく。

「これは、また……」

 そこで目に飛び込んできたのは、倒した数の倍はいるであろう大量のロボットたちだった。

「やっぱり一筋縄ではいかなそうね」

 高い位置から狙っていたスナイパーたちを片付けて、一度ミツネの元に飛び降りて戻ってきた莉葉は、同じ方向に目を向けて辟易とした顔で呟く。

「なんだ?」

 すると突然海が割れるようにロボットたちが左右に分かれ、中心に一本の道ができる。そしてその奥からまた別のロボットがぞろぞろと向かってきた。

 まず前線に現れたのは『ニンギョウガタ』と呼ばれるロボットたち。人間と背格好の変わらない痩身で、白く無機質な体躯も相まって、さながら球体関節人形のように見える。剣や刀、槍、斧など思い思いの武器を手にしていて、人間と遜色ない動きができる機動性と、高度な人工知能によって実現する柔軟な動きが特徴のかなりハイグレードな機体である。

 そしてその後ろに続くのが『オオガタ』。ニシナが戦った『ウシガタ』よりは一回り小さく装甲も薄いが、その分銃火器や刀剣を装備している。ニンギョウガタほどの機動性はないが、耐久性を兼ね備えているため、別の厄介さがあった。

 さらに奥には丸みを帯びた中型の戦車のような『ガマ』という自律走行兵器が並ぶ。口径の大きな砲身を持ち、中遠距離からの砲撃を得意とする機体で、そのロケット弾自体も追尾性能を持っている。

 どうやら起動にしばらく時間を要するものもあり、徐々にそれらが起き出しているようだった。よく見ると、まだ奥で眠ったままの機体もたくさんある。

「とにかくやるだけやるしかないか」

 ミツネと莉葉は視線を交わすと、二人並んで敵に真っ直ぐ向かっていく。

 最初にニンギョウガタが迫りくる二人を受け止める。ミツネはその動きを先読みして、二撃目で向き合った一体の心臓部を貫く。

 すかさず横から別の機体が刃を突き立て、身体をのけぞるようにしながら後ろに飛び去る。今度はフリーになった彼を銃弾の雨が襲うが、地面を蹴って空中に飛び上がってそれを躱すと、そのまま隙のできていたオオガタを一閃した。

 完璧に敵の動きを読み切ったように見えたが、ちょうど彼の死角になっていたところから、ガマの放ったロケット弾が襲いかかる。一瞬遅れてそれに気付いた彼は避け切れないと判断し、やむを得ず刀で受けようと身を固める。

 一方、別の場所でニンギョウガタと相対していた莉葉は、ミツネよりも一足早くガマの動きを察知して、慌てて彼を助けに向かう。着弾寸前で弾を上に跳ね上げると、中空で爆発してその爆風が彼女の髪をばらばらと揺らした。

「ありがとう、助かったよ」

「どういたしまして」

 そうやって二人で連携を取りながら、辛うじて均衡状態を保つ。しかし、どんなに倒しても減らない敵の軍勢に、ミツネたちはじりじりと疲弊していくばかりだった。

 肩を上下に揺らしながら息を切らすミツネに、疲れを知らないロボットたちは容赦なく剣を突き立てる。前後から同時に振り下ろされた刃を上手く一本の刀で受け止めるが、完全に身動きが取れなくなり、そこにわずかな隙ができる。それを見計らってもう一体が素早く槍を伸ばすと、何とか身をよじって避けようとするミツネの肩に突き刺さった。

「くッ……!」

 すぐさまその槍を引き抜いて反撃を加えると、一度体勢を立て直すために身を引いて物陰に隠れる。血が噴き出す肩口を抑えながら、銃弾で牽制してくる敵の様子を窺う。

「大丈夫?」

 少し遅れて莉葉も合流し、改めて状況を確認する。敵の勢力は依然としてほぼ変わらないまま、ミツネも莉葉もかなり体力を削られていた。先ほど抉られた肩口はすでに治りかけているものの、この治癒能力も体力を大きく消費するため限界がある。おそらくこの状態であと数回同じような攻撃を受ければ耐えられない。

 挽回できる策を考える彼らに追い打ちをかけるように、また別の機体がゆっくりとこちらにやってくる。甲冑をまとったような佇まいのそれは、剣技の達人たちのモーションをトレースした人工知能を搭載し、それを人間以上に活用することのできるボディによって体現する『ショーグン』と呼ばれる機体だった。近接戦闘においては圧倒的戦闘力を誇り、この場にいるどの機体もその足元にも及ばない。

 ミツネたちもその異様な圧を自然と感じ取っていた。一対一でも敵うかわからないほどの相手と戦いながら、外から飛んでくる攻撃に対処するのは明らかに無謀だった。かと言って、壁や扉は到底破ることはできず、逃げ場は全くない。

「あいつは僕がやる。莉葉はできるだけ他の奴らを引き付けてほしい」

 大きく息を吸って呼吸を整えると、ミツネは再び敵の前に飛び出す。そして周囲の雑兵には見向きもせずに、一足飛びにショーグンの元に向かう。

 目にも留まらぬ居合の一撃をショーグンはいとも簡単に跳ね返す。ミツネは負けじと斬撃を繰り出し、刀同士がぶつかり合って甲高い金属音が響き渡る。

その間にも銃弾が飛び交い、ミツネの身体をかすめる。あちこちから血を滲ませながらも、彼はそれを意に介さず、ひたすら目の前のショーグンだけに向き合った。

 そんなミツネを援護すべく、莉葉はできる限り周囲の敵の注目を引くよう派手に立ち回る。大きく斧を振るって強引に敵を吹き飛ばし、時折挑発するようにあえて隙を作ることで自分を攻撃させるように仕向ける。

 激しく刀を交わらせながら、ミツネは敵の動きを入念に観察する。刀を振るうために連動する身体の始まりを見つけ、微かな動きを捉え、先の行動を予測する。それを繰り返すことで、次第にミツネには相手の未来が見え始める。

 ――ここだ……!

 ミツネはその瞬間を切り取って、時を止める。すべてが動きを止めた世界の中で、彼の脳だけが回転を続けていた。

 右から斜めに振り下ろされようとしている刀。彼はそれを受けようと、下段に構えた刀を切り替えそうとしている。しかし、ここでもう一歩敵の懐に踏み込めば、刃が自分に届くよりも先に心臓部を斬り伏せることができる。

 彼はすでに出されていた脳からの指令を停止し、敵に向かう方へ切り替える。そして時が動き始めた瞬間から、彼の身体は最初からそう命令されていたかのように、真っ直ぐ敵の懐へと斬り込んだ。

 あと数センチで刃が心臓部へと突き刺さる。そう確信しかけたところで、彼は違和感に気付いた。想定していたよりもほんのわずかに早く敵の刃が自分に向かっている。それは演算を度外視した本能的な反応速度だった。剣技の達人を搭載した人工知能が、今この瞬間だけ自身に備わった人間的な反射を信用することを選んだことで、彼の予測を凌駕していた。

 その状況が見えているとしても、もう止まることはできない。ただ、止まらなければ少なくとも相打ちは確実だった。

 すでに身体は満身創痍で、この攻撃を受ければ無事では済まない。しかしこのショーグンを倒せば、おそらく莉葉は滝川がハッキングを済ませるまで耐え抜くことができる。たとえ自分は助からなくても、彼女が助かるならさほど後悔はなかった。クシミのことは心残りになってしまうが、あとのことはニシナに任せればいい。

 ほとんど諦めたまま、真っ直ぐ刀を振るう。心臓部を捉えた感触を得ると、残心の弧を描きながら目を瞑った。

「……あれ?」

 覚悟していた痛みを一向に感じず、妙な静けさに包まれた中でゆっくりと目を開く。すると、振り下ろされていたショーグンの刀は肩口から数ミリのところでぴたりと止まっていた。

「ちゃんとやってくれたみたいね」

 不自然な恰好のまますっかり動きを止めた大量のロボットたちを眺めながら、莉葉は力んだ身体を解いで笑みをこぼす。

 ミツネたちがこの場所で戦いを始めて、すでに十五分ほどが経過していた。どうやらおおむね予定通りハッキングに成功し、滝川がロボットを停止させたようだった。

 何とか危機的状況を脱したことがわかって、ミツネは思わず地面に座り込んで深い溜め息を吐いた。身体のあちこちが痛むのを感じながら、自分が生きていることに安堵する。

「まさか管理権限を乗っ取ってくるとはね。こっちも色々対策は仕込んでたはずなんだけど、まあ仕方ないか」

 形勢が逆転してもなお、クシミは焦った様子を見せない。むしろひどくつまらなそうな顔を浮かべながら、気怠そうにミツネたちの前に姿を現す。

「やっとこうして向き合えた」

 ミツネはクシミの目を見つめて笑いかける。

「キミはボクのことが好きだね」

「うん。大好きだったよ」

 まるで別れの言葉を告げるかのように、寂しげな声でそう呟くと、ゆっくりとまばたきをして刀を強く握り直した。

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