3-9

「それにしてもあなたちは本当に信頼し合っているのね」

 地下三階へと向かう階段を進みながら、滝川は唐突にそんなことを口にした。

「そうか? 別に、単なる腐れ縁ってやつだけどな」

「少なくとも私にはちゃんと本心で語り合える仲間に見える。弱音を隠さずに吐き出せるのはなかなか難しい。それができる相手がいるのは羨ましいわ」

 滝川はそう言って胸元にかかったペンダントをぎゅっと握る。

「……なんだよ、聞いてたのか。盗み聞きとは行儀が悪いな」

「ごめんなさい。偶然聞こえてしまったの」

 部屋でしていたミツネとの会話を聞かれていたと知り、ニシナは恥ずかしさと照れ臭さで何とも言えない気持ちになる。素直に謝られてしまってはそれ以上憎まれ口を叩くこともできず、滝川の方を見ないように先を急ぐふりをするしかなかった。

「……やっぱりかなり敵が多いわね」

 地下三階に着いた滝川とニシナは、小型の偵察機を使って進路の様子を確認する。明らかにここまでの道のりと比べると、廊下を歩く警備ロボットの数が多い。しかし、他の階と違って通路の両脇に配管などが通っているため、比較的身を隠して進みやすいように見えた。

「一度逆側に敵を引き付けて、その隙に最短ルートで隠し部屋まで向かいましょう。それでも最小限の戦闘は避けられないだろうから、そこはあなたにお任せするわ」

 滝川はすでに使っている偵察機以外に、爆薬を積んだ自爆用の小型ロボットもいくつか持ってきていた。爆発の威力自体はたいしたことはないが、発電設備の近くで爆発を起こせば多少の陽動になる。

「よし。全機配置についたわ。爆発させたらすぐに出る」

「わかった。ルートは覚えたから俺が先に行く。あんたには俺の風で周りに盾を作っておくから、ちょっとした銃弾くらいだったらしばらく持ちこたえられるはずだ。ただ近付かれたら終わりだから、特に背後には気を付けてくれ」

「ありがとう。少しでも足手纏いにならないようにするわ」

 三、二、一……。滝川のカウントダウンとともに、遠くの方から小さな爆発音が聞こえる。連鎖するように立て続けて数発の爆発音が鳴り終えると、それを合図として、ニシナが扉を開いて通路に飛び出し、後ろから滝川がそれに続く。

 爆発による陽動は順調に機能しているようだった。異変を察知したロボットが発電設備の方へ向かっていくのが見えた。そのロボットたちと鉢合わせしないように時折身を隠しながら、慎重に、そして素早く隠し部屋へと向かっていく。

「先手必勝……っと!」

 進路にいる敵はこちらが見つかるよりも先に仕掛けて、なるべく大きな音を立てないように迅速に処理する。懸念していたほど手強い敵はおらず、比較的順調に進むことができた。

「ここを進んだ先ね。そろそろさっきの爆発は陽動だと気付かれて、こっちに戻ってくるかもしれない。一気に行きましょう」

「ああ。急いで行きたいのは山々なんだが、どうもそうはいかなそうだ……」

 ニシナは先に向かおうとする滝川を一度制止する。

「あれは……」

 ちょうどその視線の先に現れたのは、三メートルは体躯がありそうな巨大なロボットだった。頭には牛の角のようなものが生えていて、さながらミノタウロスといった風貌。武器は持っていないようだが、代わりに手が地面につくほど長く、その先に鉤爪のような鋭い刃を携えている。

「……こりゃ、ずいぶんと頑丈そうだな」

 牽制の意味も込めて試しに首元に向かって風の刃を放つが、その装甲に跳ね返され、まるで効いていない様子だった。おそらく最大出力でもその装甲を貫くことは難しい。確実にダメージを与えるためには、接近して装甲の薄い部分にピンポイントで攻撃を当てるしかない。

「あれは『ウシガタ』ね。確か、元々はヒトデナシとの戦闘に特化した形で作られたタイプなはず。機動力はないけど、その分分厚い装甲とパワーが他と比べて桁違いになってる。正直かなり厄介な相手だわ」

「対化け物兵器が相手ね。俺はまだ化け物にはなってねえんだけどな……」

 接近戦の得意なミツネや莉葉ならともかく、ニシナにはかなり荷が重そうな相手だった。初撃でそのことを痛感し、めんどくさそうに頭を掻きながら溜め息を吐く。

「少し時間がかかりそうだ。俺があいつを引き付けてる間に、あんたは隙を見て隠し部屋に向かってくれ」

 それだけ滝川に言い残すと、ニシナは右手に風の剣を作りながら、地面を蹴って真っ直ぐウシガタに飛びかかる。

 ウシガタは少し緩慢とも思える動きで腕を持ち上げると、それを槍のように素早く伸ばして迎え撃つ。ニシナに避けられたその腕は勢いを失わず床に突き刺さり、頑丈なはずの床をいとも容易く抉り取った。

「うへえ、こわっ」

 その破壊力を横目に見ながら、距離を詰めてウシガタの懐に入る。そして風の剣を装甲の薄い足の付け根辺りに差し込もうとするが、少し刺さったところで刃が負けて弾き返されてしまう。すかさず狙いを首元に切り替えて、これもまた表面に傷をつけるだけで刃が止まった。

 一度諦めて距離を取ろうとするニシナを今度は逆側の腕が襲いかかる。ちょうど空中で身動きが取れないところを狙われるが、上手く風を使って身を逸らし、ギリギリのところでそれを躱す。

 力では敵わない分、速さで対抗するしかないと考えて、ニシナは上下左右に激しく動きながら細かな攻撃をできるだけ装甲の薄い部分めがけて当てていく。こうやって少しずつダメージを蓄積していくしかなかった。ウシガタは両腕を振り回してそれをいなし、時折隙を見つけると鋭い一撃を繰り出す。

「先に行かせてもらうわね」

 そんな拮抗する攻防を見て、好機を感じた滝川は一気にウシガタの横をすり抜けようと駆け出す。もつれそうになる足を必死に前に出しながら、こんなことならもっと運動しておけばよかったと、根っからのインドア人間だった自分を呪った。

 すぐにそれに気付いたウシガタが標的を彼女に変更しようとするが、ニシナはすかさず攻撃の速度を増して。彼女がこの廊下を抜けるまでの間だけは自分から目を逸らさせまいと夢中で剣を振るった。

 何とかあと数歩でウシガタの視界から外れるというところで、ニシナの背後から銃声が聞こえ、彼のすぐ横を弾丸が通った。他の場所にいた警備ロボットが追い付いて、彼らの姿を補足したようだった。

「避けろ!」

 すでに滝川はかなり離れたところにいたため、射程外となったことで風の盾は外れていた。銃弾のいくつかが彼女に向かっていることに気付き、ニシナは大声を上げて彼女に危機を知らせる。

 突然聞こえた大声に驚いた滝川は、後ろを振り返ろうとして体勢を崩してその場に倒れ込む。そのおかげで銃弾が彼女から逸れて、最後の一発だけが肩口をかすめた。

 とにかく進むしかないと、滝川は続けて襲いかかる銃弾を躱しながら。血が滴る左肩を押さえて何とか曲がり角に逃げ込む。そして追手が来ないのを確認すると、そのまま隠し部屋の入口へと急いだ。

「さて、ここからが本番だな」

 ニシナは滝川が無事に逃げ切ったのを見て、肩を荷が下りたというように息をつく。

 前方にはウシガタ、後方には銃を構えた警備ロボットが五体。逃げ場のない通路に挟まれたまま、絶妙な距離を保った状態で一瞬戦況が膠着する。

 そんな中で最初に動き出したのは、警備ロボットたちだった。奥にウシガタがいるのはお構いなしに、ニシナめがけて一斉射撃を行う。彼らの持つ銃の火力程度ではウシガタにはほとんどダメージがないと判断したのだろう。実際ニシナが躱した銃弾のいくつかがウシガタの装甲に当たって乾いた音を立てる。

 ニシナは様子を窺って睨み合うウシガタから目を離さずに、後ろ手で自分の背に風の壁を作る。そしてその壁で向かってくる銃弾を受け止めると、それを跳ね返すようにして警備ロボットたちの方へと撃ち出した。戻っていった銃弾は見事に命中し、小さな爆発とともにロボットたちは機能を停止していく。

 余計な邪魔が入らなくなったところで、今度は意識をウシガタの方に集中する。また追加で敵が現れる可能性も考えると、できるだけ早くこの厄介な相手を仕留める必要があった。

再び風の剣を構え、真っ直ぐ敵の方を見据える。

 そこまでの戦いで、ニシナの攻撃では分厚い装甲に歯が立たないことはわかっていた。だから彼は装甲の間にあるわずかな隙間を狙うため、風の刃を極限まで薄く延ばしていく。〇.一ミリ以下の薄さで刃を保つことは非常に集中力のいる作業だったため、滝川を守らなければいけない状態ではできない芸当だった。

 次の瞬間、ニシナは足元に発生させた風の力を利用して、目にも留まらぬ速度でウシガタの懐に入ると、垂直に飛び上がりながら肩の関節に刃を滑りこませる。そこから内部で風を拡散させて、接続部分を断ち切った。

 片腕を失ったウシガタは慌ててもう片方の腕でニシナを捉えようとするが、わずかに間に合わずに彼の頭上をすり抜ける。勢い余って壁沿いの配管を貫くと、その裂け目から白い蒸気が激しく吹き出した。

 その間に、ニシナは続けてもう一方の腕も斬り落とす。一度成功してしまえば、同じことを繰り返すのは簡単だった。ボディから切除された腕が重たい音を立てて地面に突き刺さる。

 両腕を失ったウシガタは頭を前に突き出して前傾姿勢を取ると、ニシナに向かって突進する。しかし、ニシナはそれを軽やかに避けると、身をひるがえしてウシガタの背中に着地した。

「あばよ」

 右手を首元に突きつけると、そこから小さな風の弾丸を撃ち込む。装甲の隙間から入り込んだ弾丸は内部で弾け、心臓部を激しく斬りつけると、ウシガタは完全に機能を停止してその場で沈黙した。

「こんだけやれば俺の仕事としては十分だろ。あとは頼んだぜ」

 上にいるミツネに向けてそう呟いて、滝川の後を追いかけた。

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