3-8
ミツネと莉葉はニシナと別れて五階へと辿り着いた。
頭の中でフロアの地図を思い出しながら、ゆっくりと扉を開けて隙間から様子を窺う。ここから出て突き当りを曲がると、少し広くなった通路の先にメインコントロールルームの入口があるはずだった。一旦出た先には警備ロボットがいないことを確認して、警戒しながらフロアの中へと入る。
「やっぱり入口は厳重ね」
曲がり角から隠れてメインコントロールルームの入口を覗くと、警備ロボットが四体。しかもこの研究所に入るときに戦ったものよりも機動力の高そうな人型に近いタイプで、明らかに持っている武器の性能もよさそうだった。
「でも思ったほどじゃない。滝川さんはずいぶん大袈裟に言っていたから不安だったけど、あれくらいなら僕たち二人だけでも何とかなるはず。増援が来る前に済ませよう。あわよくばそのままクシミも倒す」
目配せして頷き合うと、まずミツネが勢いよく通路に飛び出す。するとすぐに警備ロボットたちもその存在に気付き、四体の銃口が一斉に彼の方へと向けられる。統率の取れた動きで放たれる銃弾の雨を躱しながら、彼は少しずつ敵に向かって進んでいく。
そして一足遅れて、今度は莉葉が敵の前に姿を晒す。ロボットたちはすぐに彼女の姿も捉えると、二体ずつでそれぞれを射撃するように配置を切り替えた。しかし、ミツネに気を取られていた分、わずかに莉葉への対応の初動が遅れてしまう。
ほんの一瞬の隙を突いて、莉葉は低い姿勢のままロケットのように真っ直ぐ敵の方に突撃する。出迎えるように放たれた一発が彼女の頬をかすめるが、それ以外はすべて空を切って、背後の壁や床を焦がすだけだった。
そのまま両手で持った戦斧で銃を持った腕を跳ね上げる。腕を落とすつもりでの一撃だったが、外装が硬く斧が負けてしまったようだった。しかし、ロボットは衝撃でもろ手を挙げながら体勢を崩す。慌ててもう一体が至近距離から莉葉を撃ち抜こうとするが、彼女は手ぶらになった一体の陰に隠れてそれを避けた。
残りの二体は優先度を設定し直して、一体はミツネに銃弾を浴びせたまま、もう一体は接近してきた莉葉の方へ加勢に向かう。銃を下ろした腕からレーザーが伸び、それを彼女の心臓目掛けて突き刺す。彼女は身をよじってその攻撃を躱すが、ギリギリのところで避け切れず、かすめたレーザーの刃が腕の表面をわずかに焼いた。
莉葉が三体を相手取る間に、攻撃が手薄になった相手にミツネが一気に畳みかける。銃弾が放たれる位置と敵の動き方を予測し、最短ルートかつ最高速度で相手との距離を詰める。そして外装の薄い首の根元に刃を滑りこませると、頭と胴体を切り離す。
一瞬焼かれた腕を庇いながらも、莉葉は攻勢を緩めない。自分に向かう攻撃を逸らすために天井に飛び上がると、武器を取り落として無防備に膝をついた一体に狙いを定め、落下の力を利用しながら渾身の力を込めて斧を振り下ろす。
空中で隙ができた莉葉を残りの二体が襲おうとするが、その時にはもう自由になったミツネがその背後に迫っていた。相手がその存在に気付かないうちに、レーザー刀を構えた一体を仕留める。
最後の一体は銃を莉葉に向かって構えるが、弾を放つよりも先にミツネがその銃身を真っ二つに切断する。
地面に着地した莉葉はロボットの頭に深々と刺さった戦斧を引き抜くと、くるりと身体を回転して、その勢いのまま残された一体を壁に向かって叩きつけた。
「お見事」
「そちらこそ」
あっという間に四体すべてを倒した二人は、お互いに手を突き出して拳を合わせる。
莉葉はレーザー刀に焼かれた部分を軽く拭い、傷がさほど深くないことを確認する。もうほとんど傷は塞がっていて、腕の稼働にも支障はなかった。無傷のミツネを見て悔しさを覚えたが、相手もなかなか手強かったので結果としては上出来だろうと自分を納得させる。
「ダメだ、開かないや」
ミツネが滝川からもらったIDを扉の横についたパネルにかざす。これを使えば中に入れるという話だったが、どうやら上手く作動していないらしく、画面にはエラーの文字が表示されていた。
「仕方ない。少し離れてて」
そう言って莉葉は扉の前に立つと、振りかぶるように斧を構える。
「あ、ちょっと……!」
ミツネが慌てて止めようとするも間に合わず、力強く振り下ろされた戦斧が強引に扉を打ち崩した。壁から剥がれた扉の残骸がバタンと大きな音を立てて倒れると、その奥に目的の部屋が露わになる。
「案外脆かったみたいね」
満足げに呟きながら、莉葉は土煙の立つ部屋の中へと入っていく。あたかも成功したような口ぶりだが、しっかりと異常として検知されたらしく、緊急事態を告げる警告音が耳障りなほどけたたましく鳴り響いていた。ミツネは全く誰に似たんだと呆れながら、仕方なく彼女の後に続いた。
そこは意外に簡素な部屋だった。ミツネは機械やディスプレイが大量に並んでいる光景を想像していたが、実際は隅の方に計器類が点在している程度で、薄暗く何もないホールのような空間が広がっていた。
しかし、そこが間違いなくメインコントロールルームであることを証明するかのように、一番奥で円錐形の巨大な機械が青白い光を放って鎮座している。どうやらあれがこの施設の中枢を担うコンピュータのようだ。ミツネはポケットに入れていた裏口虫を取り出すと、静かにそれを床に落とす。
「全くずいぶんと強引な来客だね。わざわざ扉を壊さなくても、ノックでもしてくれれば開けたというのに」
不気味に光るメインコンピュータを背にして、クシミは不敵な笑みを浮かべながらミツネたちを出迎える。ミツネたちがここへ来ることを予見していたのか、あるいは彼らを取るに足らない相手だと判断しているのか、クシミは全く驚いた様子を見せない。
「せっかく殺さないであげたのに、のこのこ戻ってくるなんて。命は大切にしなよ」
「悪いけど、それはできない相談かな。僕は君を……殺しに来たんだ」
ミツネの言葉に、クシミは声を上げておかしそうに笑う。
「それじゃあ、せっかくだから最高の舞台に案内しよう」
すると突然地響きのような音が鳴り出し、部屋全体が激しく振動する。
「莉葉……!?」
武器を構えて警戒を強めていると、地面に吸い込まれるように莉葉が姿を消した。
ミツネは何が起こったのかと彼女がいたはずの場所へ近付こうとすると、踏み出した瞬間に足を下ろした床が沈み込んだ。一瞬宙に浮く感覚があったあと、そのままエレベーターに乗せられたように途轍もないスピードで下へと運ばれる。状況を理解したときにはすでに一メートル四方ほどの小さな穴に囚われ、頭上の光はどんどんと小さくなっていった。
「どこかに連れていくつもりなのか……?」
ただ小さなエレベーターに乗って様子を見ることしかできず、もどかしい気持ちのせいか、時間が異様に長く感じられる。
しばらく降下を続けていると、唐突に四方を遮る壁が消える。周囲は真っ暗で視認できないが、どうやらどこか広い空間に出たようだった。少しして乗っていた床も動きを止め、ミツネは恐る恐るそれを降りて本来の床に着地する。
今度はいきなり明かりがついて、その眩しさに思わず目を細める。
「よかった、無事だったんだね……!」
目が慣れて一番最初に莉葉の姿を見つけ、ミツネは安堵した声を漏らす。しかし、彼女はそんなミツネを一瞥すると、険しい顔で正面に向き直る。
「無事かどうかは怪しいところかもしれない」
視線を追って部屋の中を確認すると、ミツネはその言葉の意味をすぐに理解した。
「これは、確かにまずいかも……」
彼らの目の前にあったのは、整然と並べられた大量のロボットたちの姿だった。
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