3-4

 そうして案内された部屋は、研究所内の他の場所とは打って変わって西洋の宮殿を模したような豪華絢爛な食堂だった。床には真っ赤な絨毯が敷かれ、天井から吊るされたごてごてしいシャンデリアが部屋を照らし、壁に施された金色の装飾が眩いほど輝いている。

 自動で開く無機質なスライドドアの先に、時代も世界観も無視した嘘みたいな空間が広がっていて、ミツネは自分が幻覚でも見ているんじゃないかと何度も目をこする。あるいはホログラムの類かと思い、軽く壁や床を触ってみるが、確かに実在している部屋で間違いないようだった。

 部屋の中央にはやたら縦に長いテーブルが置かれ、その上には食器や燭台、花瓶などが綺麗に並べられている。そしてその一番奥の部分で、クシミがミツネたちを待ち構えるように肘をついて座っていた。

「いい部屋だろう? 創設者の趣味で作られた部屋らしくてね」

 自慢げに語るクシミに導かれて、恐る恐る部屋の中に入り席につく。

「ずいぶん悪趣味な奴が作ったんだな」

 ぐるりと部屋を見回しながら、ニシナが呆れたように呟く。

「なんかこんな場所初めてだから緊張してきた……」

「何を言ってるんだ。君たちは客人なわけだから、気兼ねなく楽しんでくれればいいさ」

 クシミが手を二回叩くと、ボトルを持った男が近付いてきて、グラスに水を注ぐ。姿勢よく背筋を伸ばし、慣れた手つきだったが、服装は研究者然とした白衣を着ているのが明らかに不自然だった。

 この異様な空間もきっと彼なりのサプライズなのだと理解し、ミツネはこの空間に呑まれないよう、意識を他のことに向けようと努める。

「クシミは目を覚ましてからずっとここにいるんだよね?」

「ああ。外の状況がよくわからなかったし、ここはほとんどすべての設備が生きているおかげで、中だけで完結して生きていくことができるからね。わざわざ危険な外に出る必要がなかった」

 ミツネたちはこれまでの経緯を簡単に語った。何から話せばいいかと迷っていたが、話し始めると意外にもするすると言葉が溢れてきた。それだけこの一年間は濃密な時間で、思い返せば途方もない旅路だったように感じる。

「わざわざ旧友に会うためだけに、こんな危険な世界を旅してくるなんて、ずいぶん律儀だね」

「まあそれ以外にやることもないからな。暇潰しみたいなもんさ」

 ちょうど一通り話を終えたところで、再び白衣を着た男がやってきて、それぞれの前に食事を並べる。色とりどりの野菜が入ったサラダに、温かいパンとスープ、そして中心には質のいい油がキラキラと光る分厚いステーキが置かれた。

「さあ、たんと食べてくれ!」

 目の前で輝くご馳走に唾を飲み込み、ナイフとフォークを手に取る。どれから食べようかと少し迷った末、深いことは考えずにいきなりメインディッシュの肉に手を伸ばした。

「なに、これ……」

 ミツネがフォークに刺した肉を口に運ぼうとした瞬間、それまで会話に入らず黙っていた莉葉が唐突に声を上げた。

「え……?」

 その声に反応して隣に座る莉葉に目を向けたミツネは、飛び込んできた光景に驚いて手に持ったフォークを取り落とした。ガシャンと不快な音を立ててテーブルの上に着地すると、真っ白いクロスがソースの色で赤く滲む。

 莉葉の前に置かれていたのは、ミツネたちのご馳走とは似ても似つかぬ残飯の寄せ集めだった。綺麗に磨かれた白い皿を台無しにするように、色が混ざって茶色く濁った塊が雑に盛り付けられている。腐りかけのものも混じっているのか、ひどい臭気が立ち込めていて、莉葉は思わず顔を歪めていた。

「ちょうど昨日の残りがあったから、奴隷女にはそれを出しておいたんだ。やっぱり少し贅沢すぎたかな?」

 困惑するミツネたちを前に、クシミは全く悪びれる様子もなくそう言ってのけた。

「奴隷……?」

「力はありそうだし、荷物持ちとしては優秀そうだ。うちの連中はひ弱なのが多くてね」

不服そうな顔でそんな愚痴のようなことを口にしながら、無言で空になったグラスを持ち上げる。すると横に控えていた男がそれに気付き、すぐさまそこにワインを注いだ。

「あ? 何してんの?」

 グラスの九割まで注ぎ終えて、ボトルを上げて下がろうとしたところで、わずかに漏れたワインがクシミの袖にかかった。白いシャツがじわりと赤く染まる。それを見た彼は突然表情を強張らせ、睨みつけるような視線を男の方に向けた。

「申し訳ありません……!」

 男は慌てた様子で頭を下げて謝罪の言葉を口にする。

「キミはもういらないね」

 しかし、クシミはまるで許す素振りを見せず、淡々とした口調でつまらなそうにそう呟く。冷ややかな目で男を見下ろすと、何かの合図を出すように指をパチンと鳴らした。

「あぁああ……あ……あぁぁあああああああ!」

 その音がきっかけとなって、男は両手で頭を抑えながら大声を上げて発狂する。苦悶するように身をよじり、バタバタと足で宙を蹴って、しばらくの間激しく暴れ回ったあと、急に事切れたように動きを止めてぴくりとも動かなくなった。

 男は目や鼻からは血を垂れ流し、絶望に満ちた表情のまま倒れていた。クシミは邪魔な石を避けるように、その身体を蹴って部屋の隅に追いやる。その勢いで顔がミツネたちの方を向き、大きく見開かれて半分白目を剥いた瞳と目が合った。あまりの悲惨な姿にミツネは顔を背け、吐き気を我慢するように口を抑える。

「一体、何を……」

「何って、こいつはもう使えないと思ったから、最後に夢を見させてあげたのさ」

 隣で人が倒れているというのに、クシミは何事もなかったかのように食事を続ける。ミツネは目の前で起こったことが理解できず、ただ茫然とそんな彼の顔を見つめるしかなかった。

 一方でニシナはそんな状況で即座に頭を切り替え、クシミのことを敵とみなした。綺麗に並んだ食器を押しのけてテーブルの上に登ると、不敵な笑みを浮かべたクシミに詰め寄る。

「……完全に騙されたよ。こいつはもう立派な化け物になってやがった」

 うねる風を線状に伸ばして剣を作り、クシミの首元に突き立てる。ニシナは怒りと悲しみに満ちた目で彼を見下ろしながら、何も言わずぐっと唇を噛み締めていた。押し付けられた刃が皮を裂いて、首筋に血が滴る。

「そんな物騒なものを向けないでくれるかい?」

 追い詰められたことに臆した様子も見せず、真剣なニシナを嘲笑うかのようにそう言い放つと、彼に向かってパチンと指を鳴らす。すると、その途端にニシナは全身の力が抜けて崩れ落ちるようにその場に倒れ込んだ。

「ミツネ……ッ!」

 それを見た莉葉は焦った様子でミツネに声をかける。しかし、ほとんど放心状態となっていた彼にはその声が届かなかった。彼女はミツネを連れてとにかく一度その場から離れようするが、それを遮るようにクシミがもう一度指を鳴らすと、すぐに彼女も意識を失って地面に倒れてしまった。

「昔のよしみで殺さないでおいてあげるよ」

 つまらなそうに吐き捨てると、クシミはゆっくりとミツネに近付いて、静かに手を突き出す。

空気が弾けるような乾いた音に引かれ、朦朧とする意識の中に深く沈んでいきながら、ミツネは立ち去っていくクシミの後ろ姿を見つめていた。

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