第5話 箱入り娘

 その日の夜中をさらにすぎた時間。


 出だしから番狂わせが発生し、最後に大番狂わせが起こったものの、その後はいつも通りの手順でオークションは滞り無く終了した。


「ガベル……お疲れさん」

「お疲れさま……サウンドブロック」


 ガベルとサウンドブロックは互いの仕事を労いあう。


 今日は本当に疲れた。

 激務だった。

 こんなに自分たちが活躍するとは思ってもいなかった。


 いつもよりも2時間遅れでオークションが終了し、その後も興奮しきった参加者たちは隣室のビュッフェ会場で長々と語り合い、なかなか帰路につこうとはしなかった。

 話題はもちろん『ストーンボックス』を落札した『黄金に輝く麗しの女神』様と姿を現さなかった『黄金に輝く美青年』様のことだ。


 高貴な人々を相手にしているザルダーズにしてみれば、無下に追い払うこともできず、自然とお開きになるのを待つしかなかった。

 よって、ビュッフェの終了も遅れに遅れてしまったのだ。


 ようやく仕事が終わり、身ぎれいになったふたりはニヤリと笑みを交わす。


 見習いのオークショニアに丁寧に、丁寧に蜜蝋で磨かれ、絹で拭き取られ、自分たちが保管される専用の箱にしまわれたときは、すでに日付が変わっていた。


 この充実感。

 満足な働きができた喜びをわかちあえる相棒がいるという喜び。


 この幸せな瞬間をいつまでも、何度でも味わいたい……とガベルは思う。

 口にだして確かめてはいないが、ガベルの相棒サウンドブロックもそう思っているにちがいない。


 世界で唯一無二のパートナー。

 軽口を叩きあうこともあるが、互いに尊敬しあう仲だ。

 今日……いや、もう日付が変わってしまったので昨日の出来事なのだが……互いに協力しあい、なんとかあのグダグダなオークションを終了させることができた。


「あのさ……傷は大丈夫か? 痛めつけて悪かったな……いつもオマエを傷つけないように……その……気をつけてやっているつもりなんだが、今回は……オレもちょっと、熱くなりすぎた……。すまん!」


 ガベルの謝罪に、サウンドブロックは声をたてて嬉しそうに笑った。

 ベテランオークショニアが叩き損じたときに、少しだけだが端が欠けてしまったのだ。

 次回のオークションまでには修繕されているだろう。


「これくらい平気だ。……お前が俺のことを心配してくれるなんて珍しい。ちょっと感激したな」

「な、なんだよ。オレはいつだって……」


 ガベルの語尾がだんだんと小さくなり、最後は言葉にもならず、ブツブツと口のなかで呟いているだけだ。


「と、とりあえずだな! な、なんとか、無事にオークションが、しゅっ、しゅ、終了して……よかったよな」


 照れているのを誤魔化そうと必死なガベルに、サウンドブロックは苦笑を浮かべる。


「あの、トンデモナイ『黄金に輝く麗しの女神』様にはまた驚かされたが、ちゃんと品物の取引も終了したそうだぜ」

「そうか」

「驚いたことに、今回もまた現金を受付でぽーんと払って、その場で落札品を小脇に抱えて帰ったそうだぜ」

「それはまた……誰も止めなかったのか?」


 あれだけ目立つことをした、話題の上客だ。古参のオークション参加者が注目する、話題沸騰中の新規参加者だ。

 やり手のオーナーがそのまま帰すはずがない。


 50000万Gという大金を提示して、『ストーンボックス』を落札した『黄金に輝く麗しの女神』様は、オークションが終了すると同時に席をたち、受付へと足早に移動した。


 両隣のオークション参加者が声をかけようと行動する前に、『黄金に輝く麗しの女神』は扉の前に到達しており、会場をするりと出ていったのだ。


 一番に商品引き換えの受付に到着した『黄金に輝く麗しの女神』様は、今回もためらうことなく落札料金を大金貨で払ってしまうと、その場で出品物を受け取ったという。


 再度、配送も可能だと告げるオークション職員を彼女は笑顔で振り切り、『黄金に輝く麗しの女神』様は、『ストーンボックス』をまるで、本物の箱のように手に持って、立ち去った。

 立ち去ろうとした。


 受付スタッフだけでなく、『豹の老教授』やベテランのオークショニアやザルダーズオーナーまでもが受付にかけつけ、口々に声をかけては『黄金に輝く麗しの女神』様をビュッフェに誘う。


「お誘いありがとうございます。ですが、今日のオークションは終わるのがとても遅かったでしょ?」

「はい。みなが『黄金に輝く麗しの女神』様の美しさに酔いしれた故のことでございます」


 最後の砦――白髪のザルダーズオーナー――が柔和な笑みを浮かべながら、恭しくお辞儀をする。

 他の者が行えなかった――さり気なく、『黄金に輝く麗しの女神』様の進路上に立ちふさがり、出口への動きを阻む――という大胆なことを実行する。


「申し訳ございません。わたくしには門限がございますの。しかも、わたくしが無断外出しているのが、口うるさい家人に知られてしまったの。困ったことに、早く帰らないと、わたくし怒られてしまいますわ」

「家人に……でございますか?」

「いいえ。わたくしの後見人の『お兄さま』に怒られてしまうのよ。わたくしだって、もっと色々と遊んでみたいお年頃なのに……『お兄さま』ったら、外出したり、見知らぬ殿方とお話しただけで、目を吊り上げて怒ってしまわれますのよ」


 片手を頬に添え、『黄金に輝く麗しの女神』様は心底、困ったような声で呟く。


「わたくし、馬車がカボチャに戻ってしまうまでには、屋敷に戻っておきたいのです」

「左様でございましたか。お急ぎのところ、お引き止めいたしまして、誠に申し訳ございません」


 ザルダーズオーナーは再び、深く腰を折る。

 あのようなウルッとした目と声で懇願されれば、ザルダーズオーナーとしては引き下がるしかない。


 どうやらこの『黄金に輝く麗しの女神』様は箱入り娘のようだ。

 しかも、かなり高貴な生まれの方だと、物陰からコトの成り行きを静かに見守っていたオークション参加者たちは判断した。


 仮面を被っている間は、互いの身分、素性は詮索しない……というのがザルダーズのルールだ。

 それを破れば、二度とザルダーズオークションには参加できなくなる。


「また、次回がございましたら、今度はその『お兄さま』とご一緒に起こし下さい」

「まあ。それも、面白いかもしれないですわね。わたくしの『お兄さま』はあまりそのようなことにはご興味がないのですが……。次は『お兄さま』にも声をかけてみますわね」

「よろしくお願いいたします」


 そう答えると、ザルダーズオーナーはすっと身体を横にずらす。


「お気をつけてお帰りください」


 ザルダーズオーナーの選択に満足したかのように小さく頷くと、『黄金に輝く麗しの女神』様は「では、ごきげんよう」……と言葉を残し、出口へと向かっていく。


 ドアマンが無言で恭しく扉を開ける。

 このようにして『黄金に輝く麗しの女神』はオークションハウスを退出した。

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