第4話 ガベルとサウンドブロック

「10000」


 会場がしん、と静まり返る。


(なんだって……)


 老練なオークショニアも口をあんぐりと開けてしまい、次の言葉がでてこない。


(おい、じいさん、しっかりしろよ! アンタまでが、この空気にのまれてどうするんだ!)


 ガベルはいらついたように、机をかるくこづく。


 そのかすかなもの音に気づいた百戦錬磨のオークショニアはふと我に返る。


「ほっ……本日最高価格の10000万Gの値段が、そちらの『豹の老教授』によっていきなり提示されました!」


 声が裏返らなかったのは流石としか言いようがない。


 人々の好奇な視線が、48と書かれたパドル――入札札――を掲げている老人へと集まる。


 豹の仮面を被ったこの老人は、オークションの常連だ。

 主に古代遺品を落札しているので、オークショニアからは『豹の老教授』と呼ばれている。


 前回の『ストーンブック』を落札しそこねたリベンジだろう。

 ただ、いきなり10000万Gとは、『豹の老教授』も思い切ったことをする。


 ひやかし入札に対する牽制だと、ガベルとサウンドブロックは思った。


「10000! 10000! でよろしいでしょうか!」


 年代物の砂時計の砂が、サラサラとなめらかに落ちはじめた。

 3分のカウントが始まる。


 だれもがみな、この『ストーンボックス』は10000万Gの一声で落札されると思った。


 と、


「50000」


 サヨナキドリのような澄んだ美しい声がオークション会場に響き渡る。

 ルールを無視した金額の提示に、会場がかつてないほどざわめき揺れ動く。


「ごっ……50000万Gがでましたっ!」


 驚きうろたえる観衆。

 誰の声なのか、確かめるまでもない。

 みなが待ち望んでいた美しい声だ。


(たかが石の箱に50000万Gを支払うだと?)


 ベテランのオークショニアは会場を鎮めるために、慌ててガベルを叩く。

 動揺していたオークショニアは、手元を誤り叩き損じてしまう。

 ガベルとサウンドブロックは、震え上がり、乾いた音をたてた。

 袖下に控えているスタッフたちも慌てふためいている。


 88のパドルを掲げた『黄金に輝く麗しの女神』様はあいかわらず、マイペースだった。空気を読まないルール無視のトンデモナイ参加者だった。


(『豹の老教授』も運が悪い……)


 ガベルはため息をつく。

 こんな金額では、競り合うどころではないだろう。

 

「50000万G! 『黄金に輝く麗しの女神』様に続く勇敢なる覇者はいらっしゃいませんか?」


 ガベルとサウンドブロックは驚愕の眼差しを貴婦人に向ける。

 この貴婦人……只者ではない。

 ヒトではなく、比喩でもなく、本物の女神が、ヒトが営む世界に降臨しているのかもしれない。


 その間にも時間は流れていく。


「50000! 50000万G!」


 人々の視線が48のパドルを所持している『豹の老教授』へと注がれる。

 彼の次なる選択を、人々はじっと待つ。


 十秒……。


 二十秒……。


 三十秒……。


 一分……。


「残り一分をきりました! みなさま、よろしいでしょうか?」


 ザルダーズのオークションルールは、入札価格が提示され、三分以内に次の価格が提示されない場合、最終入札者が落札者となる。


 『黄金に輝く麗しの女神』様が50000と歌うように宣言してから二分が経過し、残り一分となったとき……。


 『豹の老教授』はゆっくりとパドルを下ろし、大仰な動作で降参とばかりに首を左右に振る。


「よろしいですか?」


 緊迫した時間が流れる。


 残り三十秒……。


 二十秒……。


 十秒……。


 呼吸音ひとつ聞こえない会場内だが、参加者の心はひとつにまとまり、心のなかだけでカウントダウンをはじめる。


 五、四、三……にい……いち……。


 ガン! ガン! ガン!


 高く掲げられた木槌が勢いよく振り下ろされ、打撃板を鳴らした。


 止まっていた時が再び動き出す。


「みなさま! こちらの『ストーンボックス』は黄金に輝く麗しの女神によって50000万Gにて落札されました!」

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