第3話 開かない箱
『黄金に輝く麗しの女神』様は、金糸と銀糸の刺繍がほどこされた絹の扇で口元を隠し、オークション開始から未だに一言も発していない。
『黄金に輝く麗しの女神』様に心を奪われた参加者たちは集中力を失い、オークションはいつものペースを崩し、歴史に残るほど荒れに荒れまくった。
少しでも『黄金に輝く麗しの女神』様によいところをみせようと、男性陣が競い合ってしみったれた金額で入札していく。
本日最初の装飾品――碧色の宝玉を散りばめた髪飾り――を落札した若者は、落札決定直後、席から立ち上がると、
「あなたの美しさにはとうてい及びませんが、この髪飾りを『黄金に輝く麗しの女神』様に捧げます!」
とかわけのわからないことを言い出したものだから、さらに会場の男性陣は意味不明なやる気に目覚めてしまったのである。
経験がたりない若いオークショニアは何度も、何度もガベルでサウンドブロックを叩いては、会場内を落ち着かせようとした。
だが、オークショニアの焦りが参加者にも伝播してしまい、オークションはさらに混乱し迷走する。
このままではまずいと判断したザルダーズのオーナーは、前半の半ばあたりで、消耗しきった若いオークショニアから中堅のオークショニアへと交代させた。
中継ぎとしての役割を十分に理解している中堅のオークショニアは、入札額が小刻みになり、長考が続くオークションのペースを持ち直そうと懸命に努力する。
中堅のオークショニアはがんばった。
新人には負けられない、という意地もあるし、ゆくゆくは己がトリを務めるという意気込みもある。
己がいかに優秀なオークショニアであるのかを証明する絶好のチャンスが到来したのだ。
あの騒ぎの元凶『黄金に輝く麗しの女神』様が会場にいつづける限り、この乱れた空気は乱れたままだろうが、中堅オークショニアは奮闘した。
若いオークショニアの失態を巻き返し、なんとかオークションを終盤へと導いていったのである。
そして、トリを飾るベテランオークショニアも、繰り上がっての登場となり、中堅のオークショニアの働きをよどみなく引き継いだ。
ベテランオークショニアが、出品物をひとつ、ひとつ、さばいていくたびに、会場の空気が、沈黙と緊迫に支配された重々しいものへと変化していく。
ガベルとサウンドブロックは、いつも以上に働いた。
ベテランオークショニアは開始と終了時にしかガベルを手にしなかったのだが、今回はずっとガベルを手に握りしめ、たびたびガベルを叩いている。
だが、それもようやく終わりを迎えようとしていた。
本日最後の品『ストーンボックス』の登場である。
「ご覧の通り……見た目はリアルな箱、しかも、見事な細工がほどこされた箱でございますが、モノは石彫でございます。よって、残念ながらフタを開けることはできません」
(そんな当たり前のことを有り難く説明するのもなぁ……)
ガベルは競売人のセリフに呆れ返ってしまったが、なぜか参加者たちは感銘をうけたようだ。
人々の『ストーンボックス』を見る目が、さらに熱いものへと変わっていく。
「まあ……」
「あれが石彫だなんて……」
「とても信じられませんわ」
なんともチョロい参加者たちだ。
カモだ。
カモが鍋をかぶって、ネギをしょっておまけに白菜を持っている幻影がガベルには見えた。
「フタに超古代語が刻まれておりますが、開封は困難。箱の中に何が入っているのかもわかりません。また、厳粛な鑑定の結果、宝石箱ではないと判明しております。こちら、世界が誇る五賢者の古代遺品であることを証明する鑑定書つきとなっております。これぞ、まさしく『ストーンボックス』でございます!」
最後のトリを飾るベテラン競売人は、実に絶妙な間をおきながら、巧妙な語りで観衆を魅了していく。
ザルダーズのオークションハウス内では、魔法で聴衆を操作することは禁じられている。
だが、わざわざ魔法などを使わずとも、声の抑揚、間、語る内容によって、オークショニアは人々の心を意のままに操ることができるのだ。
ベテランにもなれば、いかなるアクシデントにも柔軟に対応できる経験と度胸が備わっている。
ではあるが、今回のオークションはそのベテランの力技をもってしても、なかなか困難なものであった。
「こちらはだだの古代遺品ではありません!」
オークショニアの説明に熱が籠もる。
この口上が、これからの入札に影響してくるのだから、自然と力も入るだろう。
「全世界の注目を浴びまくりの幼きちびっ子冒険者たちが、はじめてのダンジョン探検で発見した、貴重な本物の古代遺品シリーズのひとつです! ビギナーズラックつきの縁起物! 一生に一度しかない、はじめてのダンジョン探検で発見された、またとない逸品でございます!」
「まあ! はじめてのダンジョン探検で、こんなに貴重なモノを発見できるなんて!」
「なんて、ラッキーな冒険者なんだ!」
「しかも、シリーズものですって!」
「その幸運にあやかりたいものだ」
オークショニアによって提示された付加価値に、会場内が再びざわめく。
「それでは、オークションを開始いたします!」
ダン! ダン!
(開かない箱など、誰が落札しようというのだろうか……)
最初、ガベルはそう思っていた。
だが、この広い世の中には、奇妙なモノを欲しがる奇妙な者がいる。
ザルダーズはそのような人々に娯楽を提供することで、収益を得ていた。
競売人がおごそかに入札開始を告げると、恐るべきことに、いきなり本日最高の金額が提示されたのである……。
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