第2話 『黄金に輝く麗しの女神』様

 歴史と品格のあるザルダーズのオークションが、これほどざわめくのも珍しいことだった。


 それもこれも、原因は……前回のオークションで『ストーンブック』を落札した『黄金に輝く麗しの女神』様が再びオークションに参加し、逆に『黄金に輝く麗しの女神』様と落札を争った『黄金に輝く美青年』様は、会場に姿を現さなかったことによるものだろう。


 『黄金に輝く麗しの女神』様は、オークション開始直前に、会場の扉が閉じようとするその瞬間に姿を現した。


 狭くなっていく扉の隙間から、『黄金に輝く麗しの女神』様は、するりとすべるようにオークション会場へと入り込んできたのである。


 その貴婦人らしからぬ登場の仕方に、ガベルとサウンドブロックは大いに驚いた。


 本人はできるだけ目立たないように振る舞うつもりだったらしい。

 だが、空いている席を見つけることができずに扉付近で狼狽えているところを、『黄金に輝く麗しの女神』様は参加者とオークションスタッフに見つかってしまったのである。


 オークション参加者たちの口から一斉に熱い吐息がこぼれ落ちる。

 彼女目当てで参加した者もいたくらいだ。


 なので、会場はほぼ満席状態。前回の感覚で参加した『黄金に輝く麗しの女神』様は、空席がほぼない状態にとまどったことだろう。


 仮面を被って容姿はよくわからないというのに、だれもがみな、『黄金に輝く麗しの女神』様の輝きを放つその姿を美しいと感じていた。


 ベテランオークショニアが『黄金に輝く麗しの女神』と称したのは誇張でも虚構でもなく、真実だと参加者は確信する。


 壁際に控える会場スタッフの案内で、開始ギリギリの参加となった『黄金に輝く麗しの女神』は、会場の中央近くにある空き席へと案内された。


 他にも空き席はあったのだが、その中でも一番、見通しのよい目立つ場所にオークションスタッフは『黄金に輝く麗しの女神』を導いたのである。


 その間、己の正体を華美な仮面で隠し、豪奢な仮面に負けじと綺羅びやかに着飾った多くの貴人たちの心が、ひとつにまとまる。


 一分でも一秒でも長く『黄金に輝く麗しの女神』様を鑑賞するため、貴人たちはじっと息を殺し、まばたきもせずに、オークションスタッフの案内に従って会場を移動する『黄金に輝く麗しの女神』様の姿を追っていた。


 肌の露出が少ない碧色のドレスは、前回と微妙にデザインが違う。

 髪型と髪飾りは違っていたが、輝くような黄金色の金髪は、前回と同じくまばゆい光を放っていた。


 服が輝いているのか、髪が輝いているのか、それとも、『黄金に輝く麗しの女神』様自身が輝きを放っているのかはわからない。


 案内スタッフも心得たもので、わざとゆっくり歩き、参加者たちに『黄金に輝く麗しの女神』様をじっくり堪能する時間を提供する。

 参加者の『欲しい』を瞬時に汲み取り、即時に『提供』するのも老舗のザルダーズならではのサービスだ。


「なんて美しい……」

「月も霞む美しさだ」

「太陽のように光り輝いているではないか……」

「まさしく、天上から舞い降りた女神だ」


 参加者はヒソヒソと『黄金に輝く麗しの女神』様を褒め称える。

 同時に対なる存在とも云えた『黄金に輝く美青年』様の参加がなかったことに落胆したのである。


 ザルダーズのオークションに参加する者たちは性別関係なく美しいものを愛し、愛でる傾向にある。


 美しいものは美しい。

 美しいは正義。

 美しいものには惜しみない賞賛と、正しい評価を。


 それがザルダーズのオークションに参加する者たちの暗黙のルールである。


 『黄金に輝く麗しの女神』様は、最高級の銀白狼の毛皮をゆったりとまとい、そよ風が舞うような所作で、案内された椅子に座った。


 両隣の参加者が色めき立ったのは言うまでもない。

 また、一部の参加者から、『黄金に輝く麗しの女神』様の両隣となった者に対して、殺気が放たれる。


 その動揺が波紋のように周囲に広がってゆき、オークションハウス内が異様なざわめきに包まれる。

 それを鎮めるのがオークショニアと、ガベル、サウンドブロックの役目だ。


 しかし、前半の進行を務める若いオークショニアは、参加者と一緒になって『黄金に輝く麗しの女神』様の姿に心を奪われ、放心状態になっていた。


 『黄金に輝く麗しの女神』様は、前回のオークションの受付で購入した鳥をモチーフとした仮面をつけていた。


 前回のオークション後、そして、今回のオークション前、『黄金に輝く美青年』様と『黄金に輝く麗しの女神』様が身につけていたザルダーズの仮面は、即座に売り切れてしまった。


 今回、『黄金に輝く麗しの女神』様が新たな仮面をつけていたら、またその仮面が完売しただろうが、爆買い現象は起こりそうにもない。支配人はさぞかし残念がっただろう。


 あのやり手の支配人なら、この失敗を教訓に、次は『黄金に輝く麗しの女神』様に新しいデザインの鳥仮面を贈ると予測できた。


 金持ちの考えることはよくわからないな……と、ガベルとサウンドブロックは呆れ返ったものである。


 ザルダーズのオークションは慈善事業が発端となっているので、今でも収益の一部は社会支援にあてられている。


 ぼったくり金額が設定されている仮面も、参加者から寄付金を集める意味ではじめられたことだ。


 なので、この現象――金を溜め込んでいるところから、金が少ないところに移動する傾向――は大いに歓迎すべきことだ。


 彼女はまさに、地上に降臨したこの世を救う『女神』だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る