聖遺物箱

深川夏眠

reliquary


 知らない番号から着信があった。忙しければ無視するのだが、第六感が働いたとでも言おうか、何故か応答せねばと思った。案の定、姉に関する話だった。

 姉は会社勤めをしていたが、要領を得ない理由で退職したきり連絡がつかなくなっていた。

 心許こころもとないので友人に随伴してもらい、遺体を確認した後は住居へ。姉はさほど遠からぬ町の片隅で小さな家を借りて暮らしていたのだ。

 茫然とする僕の横で一方的に捲し立てる家主に友人が代わりに相槌を打ってくれた。

「まあこのたびは、とんだことで、ご愁傷様でございます。家賃は前払いで頂戴したから問題ないんです。ただ、敷金がね。ご覧になって、茶の間の畳。そっちです、ほら、焼け焦げがあるでしょう。きっとタバコの灰を落としたんでしょうね、困るわぁ本当に」

 姉は喫煙者ではなかった。来客か、さもなくば同棲相手の仕業か。言われてみれば、部屋はきちんと整頓されて清潔だが、壁紙からヤニが臭ってくる。

 諸経費を差っ引いて残りを返金するからと、家主が僕に振り込み先を訊ねた。それから、僕らは遺品と不用品を弁別し、後者の処分を業者に委ねた。


 翌月、少し気分が落ち着いてきた僕は形見の検分に乗り出した。すると、一つだけいわく言いがたい品が目についた。小振りの弁当箱くらいの大きさで、螺鈿細工が施された漆器であり、猫脚の……文机ふづくえかたどったかに見える、何か。

 友人も不思議そうに、

「きれいだけど、どうなってるんだろうね。小物入れにしちゃ、引き出しもないし」

「オルゴールじゃなさそうだよなぁ」

 仮に、おもちゃのローテーブルだとしたら、てんばんに相当するパーツが圧着されている風でもある。揺り動かすとカサコソと微かに音がした。

 友人は眼鏡のブリッジを押さえて思案していたが、

「心当たりがある。イチかバチか……」

「うん。頼むよ」

 好奇心に抗えず、然るべき人に助力を求めた。破壊せずにこういたを外してもらったのだ。

 中にはお守り袋を思わせる巾着が一つ。紐をほどくとビニールのジッパーがチラと覗いた。次の瞬間、ふちを摘んで引っ張り出した僕らはウワッと悲鳴を上げて、のけぞった。名刺だいのポリ袋に入っていたのは錆が浮いた一本の釘、だが、ただのくぎではなかった。螺旋を描く溝には暗赤色の血肉が生々しくまとわりついていたのだ。

「うぇぇ、ハザード、ハザード!」

 縁起直しのまじないめかした言葉を発した僕らは、しばらくほうけてポカンと口を開けていたのだが、ややあって気を取り直した。

 友人が、さる筋に鑑定を依頼する一方で、僕は姉の日記らしきノートをひたすら捲ってみた。

 結果、辿り着いた答えは――肉片の絡んだ金属は肘などの複雑骨折を治療する際に埋め込まれたボルトで、後日、患部を切開して取り出す「ばってい手術」が行われ、病院の方針にもよるのだろうが、この医療廃棄物を患者自身に持ち帰らせる場合があるそうで、姉の備忘録からも裏付けが得られた。恐らく、同居人が無造作に放った小袋を姉が保管し、その人が姉を捨てて出ていったか、さもなくば死去したのち、どこかの工房に注文してを封じ込めたに違いない。そんな結論に至った。

「お姉さんにとっての聖遺物箱か。だとしたら、離別じゃなくて死別だろうね」

「遺骨や遺髪の代わり……か。道ならぬ恋だったのかな」

「切ないねぇ」

 僕らは小箱を前に、姉を偲んで盃を交わした。



               reliquary【END】



*2024年3月書き下ろし。

*雰囲気画⇒https://cdn-static.kakuyomu.jp/image/Zsb24uIY

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聖遺物箱 深川夏眠 @fukagawanatsumi

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