1-7:二人への拍手
数十年ぶりのバルムはグレッグにとっていささか眩暈を覚えるような景色の連続だった。
ここ王都バルムは建国時から文化、産業、経済の中心地であり続け、ハイリンクの発展を肌で感じるにはもってこいの場所であった。
人口はおよそ200万人に上り、多様な種族がこの場所で生活を営んでいる。
特にオークやフェアリー、そしてエルフといった代表的な異種族は、唯一迫害的な行為を受ける機会が少ないこの地を好んでいた。
彼ら異種族は、基本的にそれぞれの種族のみが住む閉鎖的なコミュニティの中でのみその生涯を終える者も多いが、出稼ぎやさまざまな大志を抱いてやってくる者もいる。
元々、ハイリンク建国前は奴隷や見せ物として消費されていた異種族たちは、今やハイリンク国内の同じ一員としてその地位を確立しつつあった。
グレッグは多様な種族の群れが街道埋め尽くす様子を見て、この年の人間が多く抱くてあろう「昔はよかった」という感情が湧き出てくる自分に嫌気がさした。
それは懐古主義自体に嫌悪感を示したというよりも、自分がそうした心情を抱くに足るほどまでに月日を経たという事実を改めて実感したためだった。
野盗たちから奪った馬車でバルムへと辿り着いてから、グレッグたちは王都にいる軍の上層部に事の顛末を報告するため、捕獲した少女を連れて、都の中心にある兵舎へと向かった。
そこでは基本的にブラックが事情説明を担当し、グレッグはほとんど口を挟まなかった。
少女から受けた腹の切り傷の手当て(包帯を巻き直すだけではあったが)を受けている最中でもあったし、下手に口を挟めば、話がややこしい方向へ向かうのは目に見えていたからだった。
軍部の司令官たちの中には、連れてこられたグレッグをまるで親の仇のように憎しみの目線を向けている人間もいれば、面倒ごとを引き起こしやがってと咎める様子の人間もいる。
どちらにしろ居心地は最悪だった。彼は身に覚えのない犯罪を犯した被告人として、強制的に裁判にかけられているも同然の状態だった。
一通り、頭から尻までを話し終わったブラックに対し、その周りを取り囲むように座っている司令官の一人がテーブルに膝をついたまま声を上げた。
「……なるほど。アルウィグがこの一連の事件に関与していることは確定したわけだ」
ブラックがその言葉に肯定的な返答を返そうとした時、すかさずその隣に座っていた見た目に似合わず神経質そうな大男が口を開いた。
「だが、君たちは結局この一連の事件の首謀者について何の手がかりも得られていないということだな」
この男の物言いにはグレッグも思うところはあったが、発言の中身には頷くしかなかった。
確かに、グレックとブラックの二人は王子誘拐の実行犯の尻尾を捕まえることができたものの、王子そのものを取り返すことはできていない。
代わりに捕まえた名もなき少女は、現時点ではまだ目を覚ましておらず、牢屋の簡易ベッドで夢でも見ている頃合いだろう。
「……確かに首謀者という点においては、そうかもしれません。しかしアルウィグの人間が関与しているということであれば、これは立派な侵略行為として軍部が主導して対応してかねばなりません」
毅然とした態度でブラックは言い切る。
「対応しないのであれば、これは軍部に責任の所在があることになるかと」
責任の所在。
ブラックのその言葉に反応したのか、大男はさらに語気を強める。
「なるほど、君の主張を端的に表すと我が国とアルウィグとの戦争を望むということかな? 」
「いや、アーノルド大佐。それは極論では……」
アーノルドと呼ばれたその大男は、ブラックの言葉を遮り、他の司令官たちにも知らしめるためか、まるで下手な演劇のように大袈裟に発言する。
「軍部で対応するとなった場合、それはすなわち国家を総動員して対応するという主張に他ならない。もしそうなった時に、君はその責任を取れるのか、ブラック少佐」
アーノルドの尊大な物言いにブラックは冷静に言葉を紡ぐ。
「私はハイリンクのために全身を捧げる覚悟はできています。しかし、それとは話が……」
「ほう? ではブラック君。ではいざとなればその男と共にアルウィグとの戦争に先人を切って切り込んでくれるというのだな?」
話にならない。
グレッグもこのまま口をつぐむような真似はできなかった。
「椅子にケツを一日中くっつけて人の発言にケチつけるだけで仕事になるのか? 司令官ってやつは」
ブラックの横で、替えの包帯を巻き終わったグレッグが明確にアーノルドの方を向いて言葉を投げつけた。
急に口を開いた彼に一瞬、目を見開いたアーノルドだったが、すぐに次の獲物に狙いをシフトする。
「口の利き方に気をつけるんだな。グレッグ・ローズ」
「我々は今、国家の安全に関する建設的な議論を行なっている真っ最中だ。一般人どころか、被告人である貴様に口を挟まれる義理はない」
アーノルドは椅子から立ち上がり、大きくテーブルに手をついた。彼から静かに威嚇をされていることをグレッグは感じとった。
「確実な証拠もなく勝手に一般人を被告人に仕立ててるのはそっちだろう。少佐に尻拭いをさせるだけじゃなく、少しは自分たちの腰を上げたらどうなんだ」
思いの外、自分の発言に熱が入っていることに我ながら彼は驚いた。不必要な正義感なのか、単純にアーノルドの物言いに苛立ったのか、それは彼にもわからなかった。
「なるほど。そこまで言うなら腰を上げようじゃないか、グレッグ・ローズ。まずは貴様を郊外の処刑台に連れて行き、野晒しにしてやろう。すぐに殺すのは群衆も残念がるからな」
その言葉に怒りを覚えたグレッグが更に声を上げようとした時、ブラックが彼を制した。
「グレッグ! よせ……! 大佐、大変失礼しました」
ブラックが初めて声を荒げたことに対し、一瞬グレッグは動揺する。
またその事態を自分が引き起こしたと言うことに対しても罪悪感を覚えた。
「大佐がおっしゃる通り、私たちはこの事件に関してまだ何の足取りも掴めておりません。ですが、ほんの一筋の光を掴んだつもりではあります」
ブラックは額から数粒の汗を垂らしながら、一つ一つの言葉を着実に紡いでいく。
その姿は、先ほどまでにブラックが目にしていた冷徹な司令官としての姿ではなく、任務に対し誠実な姿勢を見せる一人の男としての姿だった。
「3ヶ月……いや1ヶ月いただけますでしょうか。我々は必ずこの事件の全貌を明らかにしてみせます」
彼がそう言い切ると、アーノルドはふんと鼻を鳴らし椅子に深く腰掛ける。
「まあ、マスコミは後1,2週間で確実に嗅ぎつけるだろうが、他に道はない。少佐の力強い言葉に賭けようじゃないか」
アーノルドが乾き切った拍手すると、無言を貫いていた司令官たちも習って拍手をし始めた。
何の意味も持たない拍手がこんなにも耳障りであることをグレッグは初めて認識したのである。
グレッグとブラック。
二人を乗せた船の行く末を知るものは、誰もいない
Old Man and The Dust ゾーン @ZONE77
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