1-6:戦利品

 何人かの死体を足でひっくり返しながら、グレッグはその死体のどれもに見覚えのある紋章が刻まれていることを確かめた。


「ただの野盗集団じゃないな」


 死体の装備品を一つ一つを確かめていたブラックが言った。


「武器や防具はその辺の野盗たちと何ら変わりないが、並みの兵士だったら壊滅させられていただろう」


 まあ、先に迎撃したのは俺だがな。


 グレッグはふと湧き出てきた嫌味を言葉にすることはせず自身の心に封じ込めることに決めた。

 彼は代わりに現在の状況について自らの見解を述べることにした。


「まあ、この紋章からしてアルヴィグの連中であることは間違いないな」



――『アルヴィグ万歳!』



 先ほどの戦闘で、自爆攻撃を仕掛けてきた男が叫んだ言葉を彼は脳内で反芻し続けていた。


「ああ。だがまだ断定するのは早い。確かに装備品や服装はアルヴィグのモノで間違いないが、その辺の兵士たちから略奪してきたのかもしれん」


 ブラックの言うことには一理あった。

 この荒野の付近は両国にまたがる広大な未開拓地域であり、形式上はアルヴィグとの国境線となっているものの、実態は野盗集団の巣窟であった。

 

 この地域はハイリンク、アルヴィグ両国にとってはほとんど手つかずの土地となっており、過去の大戦以前の遺物が点在しているような地域だった。

 

 この地では多くの野盗集団が少ない縄張りを巡っては抗争を繰り広げており、この地をどうしても通らざるを得ない商人たちは、自費を払ってボディガードを雇うなど、通常の往来には危険を伴う地域でもある。


 しかし、今回ばかりはそのようなブラックの仮説を否定する材料をグレッグはその手に握っていた。


「コイツを見ても同じことが言えるか?」


 死体の一つから手に入れた一枚の文書を彼はブラックに手渡す。


 ブラックはその文書を受け取り、神妙な面持ちでその文書にザっと目を通した後、腰に巻いた袋へしまいながら言葉を発した。


「お手柄だ、ローズ」


 だが、その言葉を聞いてグレッグは特に誇らしげな気持ちになることはなかった。


「こいつら、皇太子を誘拐した張本人どもだ」


 鉄仮面のようなブラックの口角が少し上がる。


「だが皇太子になんてどこにもいないぞ。こいつらの馬車も漁ったが、人質なんてどこにも……」


 グレッグがそうぼやこうすると、突如、彼らの後方にあった空き家から何かが割れる音が鮮明に響いた。


 ホルスターに手をかけながら、なるべく音を立てないように空き家の入口の横に回り込む。

 ブラックはその後続を務め、二人の男は慎重な動作で家の入口の前にたった。

 

 リボルバーを握りしめた彼は、意を決して勢いよく玄関ドアを蹴り破り、その先にいる人物へ低く冷徹な声を放った。

 


「動くな」



 しかし、彼のリボルバーが捉えたのは予想に反する人物だった。


 ほとんど、砂ぼこりで埋め尽くされたような空き家の片隅に小さな影が揺れているのを彼は見つけたのである


 ほとんど一枚布のようなぼろ服を着た少女が、真鍮の鍋を頭にかぶりながら小刻みに震え、地面に伏せていたのである。



 その姿を目にした刹那、グレッグの脳裏に浮かび上がってきた鮮明な記憶。


――『……もう一度戻ってくれば』


――『グレッグ、よせ……!』


 彼が生きている限り、二度と忘れることのできない記憶。


――『……俺がやる』


 目前の景色をかき消すように浮かび上がってきた記憶に彼の手が震え始める。


少女の震えにあわせるかのような痙攣だった。


 少女はゆっくりと真鍮の鍋を頭から外すと、怯えたような表情でグレッグの姿を見つめた。


 彼から攻撃性が感じられないことを確かめると、少女は軽く息を吐き、安心したように口角を上げた。


 その一瞬だけは。


 次の瞬間、少女は被っていた鍋をグレッグに投げつけると、腰当たりに隠し持っていたナイフで彼を切りつけようと飛びかかってきた。


 反応が遅れたグレッグは腹のあたりを切りつけられ、その衝撃で後ろに倒れ込む。彼がこのような形で傷を負うのは、ほとんど初めてのことであった。

 

 動揺する彼の姿を見て好機と言わんばかりに更に間合いを詰めてくる少女。


 しかし、すんでのところでブラックが辛くもそれを阻止した。


 いつの間にか結晶化させていた右腕でブラックが少女を取り押さえ、その首を絞める。

 少女は数秒間嗚咽と叫び声の中間のような鳴き声を発していたが、徐々にその声はしぼんで、遂には止んだ。


「……大丈夫か」


 幸いにもかすり傷であったことを確かめたグレッグは、無言でグッドサインを出す。

 だが、彼の内心はほとんど動揺に満ちていた。脳裏に浮かんだ記憶を取り払おうと、大きく深呼吸をする。鼻から抜けていく息と共に、かすかに残っているはずの生命力が全て抜けていってしまうように彼は感じた。


「その子は殺したのか?」


 彼の問いかけにブラックは首を振り、ため息を吐きながら少女を担ぎ上げる。


「いいや、ちょっと眠らせただけだ」


 その言葉を聞いたグレッグは、先ほど殺されかけた相手にも関わらず妙な安心感を覚えていたことに気づいた。


「とりあえず、戦利品は幾つか手に入った」


「バルムに向かうぞ」


 服に滲んだ血を見つめながらその言葉を聞いたグレッグは、この薄汚れた空き家共に自分の身体がこのまま朽ちていけばよいのにと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る