第3話

 西森の葬儀が終わっても、律儀に二日に一度、彼女の夢を見た。気味が悪いと感じるべきなのかもしれないけど、不思議と不安はなかった。とくになにか危険を感じることもなく、西森はなにも言わなかった。あたしは返事がないことがとても気楽で、つらつらと世間話をした。

 そんなことが二週間ほど続いたある日、仕事で別の部署の課長たちに新しいプロジェクトの説明をしていた。部署横断プロジェクトというやつだ。社長直々のプロジェクトで、あたしの部が企画と推進を行っている。プロジェクトリーダーは先輩だが、細かい企画の説明はあたしが行うことになっていた。

 概要を説明し、スケジュールを説明しようとしたところ、開発部の課長がしかめっ面を見せた。

「これさ、うちがやる意味あるの?」

 来た。うちがやる意味ツッコミ。心の中でため息をつく。確かにこれまで手を出してこなかった分野に対するプロジェクトだ。うちのこれまでの強みを生かすというより、開拓の意図が強い。元々は社長発案のプロジェクトなので、そのあたりがきちんと揉まれていないのも問題だろう。周りの納得を得られないまま動こうとしている。実際、やることに対する目的はあたしたちが社長の意図を汲み取って言葉にしたものだ。

 けれどこのあたりは想定済みだった。落ち着いて、これまでなかなか引き込めなかった顧客層のために、新しいことをやる必要がある。それにはまず、小さくテストをすることが必要だと説明した。

 しかし、開発部の課長は大きくため息をついた。「小さくやるにしても費用はかかるだろう。本当にそんなことをして、顧客を引き込めるのか?」

 それを確認するためにやるんだよ。思わず口からこぼれそうになった言葉を飲み込む。

 代わりに優しく、遠回しに説明をしてみるが納得してくれないどころか、なぜかどんどん機嫌が悪くなっていく。

「あのさあ、顧客に受けるかわからないもんにうちのリソース出せないよ。もっとちゃんと時間かけてリサーチしてから企画出してくれない? 今までなにやってたの?」

「いえ、だからそれは・・・・・・」

「大体こんなの、売れると思えないんだよね。なんでこんなお遊びみたいなの持ってきたんだろうね」

 言葉を遮られてそう言われた。言い返すべきかどうか考えているうちに、別の部の課長がなだめるように言った。

「まあまあ、もともとは社長の案なんですし」

 けれど、頭に血が上っているのか開発部の課長は大きなため息をついた。

「だったらこんな若い女の子になんか任せないで、責任の持てる人に任せて進めたらいいんじゃないですか? 言われたことだけやってる感じじゃないですか」

 一瞬場がしんとなった。今どきそんなこというやついないだろう。コンプラの研修受けなかったのかよ、と思ったが自分が今指摘しても火に油だと思い、口を閉じる。

「それはよくないですよ佐藤さん」

 曖昧に笑いながら別の人が止めるが、課長はもう一度、わざとらしくため息をついた。

「とにかく、企画は練り直してきたらいいんじゃないか? やるには情報不足だと思うね」

「わかりました」

 プロジェクトマネージャーがそう言ったのを聞いて、書類を持った指に力が入って紙がゆがんだ。 

「ほんとにマジで、なんなのあいつ」

 西森の日だった。あたしは会社であったことを話していた。西森は相変わらず返事もないが、気配でこちらを向いていることはわかった。

 結局あの後、あの課長をどう説得するかを考え直すのにまた時間がかかってしまった。言われたとおりのリサーチをするには数ヶ月かかる。下手したらこのプロジェクト自体を一度止めなければいけないかもしれない。

「この数ヶ月が無駄になったんだよ。最悪」

 古い考え方の人たちを説得できなかった自分の力不足、あっさり引いた先輩に対する怒りも相まって、あたしの愚痴は止まらなかった。

 西森は慰めの言葉どころか一言も話さないので、あたしはただただ、あの課長について怒りを吐き出していた。夢の中なので立ったまま離し続けてもちっとも疲れない。

 ふとひと通り文句を言い終えてスッキリした頃、西森の方に視線を向けると、目が合ったのかはわからないが、こくりと頷いたように見えた。びっくりして、今頷いたのかと聞こうとしたと同時に、目が覚めた。部屋はうっすら明るく、スマホを見るとアラームより三十分も早く起きていた。

 なぜか気だるい体を起こして、頷いた西森を思い出す。顔はぼやけていたけれど、聞こえていたのだと確信を持てた。しっかり聞いていたのだ。そう思うともっと楽しい話しをすればよかったと後悔した。あんな怒りのままに吐き出した愚痴なんかより、もっといい話ができたはずなのに。

 次に会ったときはもっと楽しい話をしよう。そう考えながら朝の支度を始める。いつもより早起きしたおかげで、少し早い時間帯の電車に乗れた。

 会社につくとまだ始業よりも早いため、人もまばらだった。昨日のプロジェクトのやり直し案を資料にしなければならない。たたき台を作って、先輩に早めに共有したかった。

 午前中は会議がなかったので黙々と資料を進めていると、昼近くになって、先輩から個人チャットが入ってきた。

「佐藤課長、亡くなったらしい」

 ぱっと昨日の顔を思い浮かべる。あれだけ元気だったのに? 少しびっくりして「急ですね。事故ですか?」と返した。

「さっきうちの課長からチラッと言われただけだから、詳しいことはわかんないけど、事故って言ってた。びっくりだよね、昨日まであんなに元気だったのに」

 先輩からの返信に、昨日夢で散々悪態をついていた自分を思い出したし、後味が悪くて唇をすぼめた。きっと午後には社内メールで訃報が届くだろう。

 昨日まで元気だった人間がいなくなるというのは初めての経験だった。関わり合いが少なかったから衝撃は少ないものの、驚きはあった。

 こういう時って葬式は行くものだろうか。自分の部署の課長ではないから、別に良いのか。この間着たばかりの喪服を思い出す。そういえば、西森の四十九日は来月か。おうちに行くのは気が引けるが、墓参りは行っても良いだろう。

 昼休みを過ぎた頃、課長が亡くなったことが知れ渡ったのか、何人かが固まって話しているのが聞こえてきた。

「家で急に倒れたらしいよ」

「持病とかあったのかね」

「えー。でもまだ全然若いよね。四十後半でしょ」

 いろいろなひそひそ話が耳を通っていくが、自分が加わっても楽しくなさそうなので、あたしは先輩のところへ作り直した資料持って行った。先輩は印刷された資料をめくりながら言った。

「正直、反対していたのあの人だけだったから、もうここまでやらなくてもいいかもね」

 暗にいなくなってよかったとも捉えられそうな言葉尻に、曖昧に微笑んだ。

「でもまあ、一応あの場でちゃんと全体の意向を取らないと進めないので」

「そりゃそうだね。あそこの新しい課長誰になるかもまだわかんないしね」

 そんなすぐに補填されるんだろうか。まあでも会社ってそんなものか。良くも悪くも代わりがいる。だからいなくなっても大丈夫。

 西森にも代わりはいたんだろうか。今夜はきっと出てこないけれど、無性に会いたくなる。西森の代わりはいないんだと伝えたくなった。

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