第2話
薄暗い中、気がついたら目の前に誰かが立っていた。目を凝らしても顔が見えないけれど、あたしは目の前の人が西森だと確信していた。
「西森」
声をかけた。静かな場所だった。あたしの声だけが響いて、居心地を悪くする。
西森から返事はなく、ただこちらに顔を向けてきたことだけがわかった。もう一度呼んでみたけれど、やはり無言だった。口元が少し見えた気がして、笑っている気がした。
そして目が覚めた。スマホのアラームが耳元で鳴っている。それを止めて、画面を見ると昌也から連絡が入っているのに気づいた。昔は連絡が来ていれば嬉しかったけれど、今は重たい気分になる。ため息をつきながらメッセージを開くとその一文を見て、体を起こした。
「西森さんが事故で亡くなったんだって。俺もさっき葬儀の連絡受けて知ったんだけど、一緒に行かないか」
それから葬儀の日時と場所が書かれていた。ちょうど三日後だった。西森が死んだ? 先週、一緒にやけ酒をしたばかりなのに。なにがあったのかもう少し詳細を尋ねようかと思ったけれど、うまく聞ける気がしなかった。
カレンダーアプリで調整すべき予定がないことを確認する。実感がわかないまま、西森の死への驚きと、一緒に行くことを昌也に連絡した。彼からすぐに返信があり、連絡を受けたのは彩菜ちゃんの方で、昌也も詳細はわからないらしかった。
待ち合わせ場所を決めて、ようやくベッドから出た。会社に行く準備をしながら今朝の夢を考える。西森が出てきたのは夢枕に立つというやつだろうか。とはいえ、会話はなにもなかった。夢に出てくるくらいなら、なにか言ってくれても良いのに。
そう思ったけれど、またその次の日の夜にあたしの夢に出てきた。西森がいなくなったショックで彼女のことを夢見るのだと思った。
相変わらず表情はよく見えず、声をかけても返事もない。不気味なほど静かで、暗闇の中で機会を伺う獣のようだった。けれど目の前にいるの確かに西森だ。その隣に立って、座ることもなく彼女に話しかけた。
夢の中だというのに妙に意識がはっきりしていて、あたしは彼女にその日あったことや、彼女との思い出をつらつらと話していた。
最後に西森と飲んだ日の罪悪感のせいか、あたしは西森と話すことをやめられなかった。無言になった瞬間に後悔しそうな気がして喋り続けた。
そうやって話し続けた次の日が西森の葬儀だった。そこで昌也と彩菜ちゃんと顔を合わせた。ふたりともおそろいの指輪をつけており、あの日の地獄が蘇り、せり上がってきたなにかを飲み込んだ。
彩菜ちゃんはまだハンカチで涙を拭いながら、鼻をすすっていた。
「横断歩道渡ってたら居眠り運転で突っ込んできた車に轢かれたんだって」
昌也が彩菜ちゃんの肩を抱きながらそう話してくれた。西森の葬儀だというのに、目の前のふたりの光景にじわじわと嫉妬がしみ出してきて、そんな自分に呆れてしまう。
車に轢かれたと言っていたが、西森の遺体はきれいな顔だった。あたしが知っている西森の顔に、見たこともないくらいしっかりと化粧が施されていた。
ご両親が挨拶をしてくれて、あたしたちも丁寧に頭を下げた。突然の娘の死に憔悴しきっていたが、取り乱してはいなかった。
みんなで棺を見送った後、彩菜ちゃんがぽつりと言った。
「さみしいなあ」
それはしっくりくる言葉だった。悲しいよりも、さみしい。あたしもそうだ。でもあなたには昌也がいる。口には出さず、手のひらを握りしめる。あなたは西森に一度も目を向けなかったのだから、そんなことを思わないでほしい。喉まで出かかった言葉を口の中で転がして、ごくりと飲み込んだ。
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