第5話 王子様

 流歌は、声をかけてきた青年を見てそっと溜息をこぼす。


 引き締まった肉体や宿している魔力からして、探索者なのは間違いない。配信か、あるいは直接か、愛海のことを知っているようだ。



「ごめんなさい。先約がありますので、あなたとお食事はできません」



 愛海は爽やかに、しかしきっぱりと誘いを断る。こういう誘いには慣れているようで、言葉には一切の淀みもない。



「そう言わずに! 僕、これでもBランクの探索者なんですよ! 将来はSランクにだってなってみせます! だから、どうか一度だけでも!」



 青年の右手が愛海の肩に伸びる。流歌はとっさにその手を掴んだ。



「ま……ヒカリさんが嫌がっていますので、お引き取りください」



 ヒカリと呼んだり愛海と呼んだりでこんがらがるが、愛海の本名を知らない相手の前では、基本的に探索者名を使う。



「えっと……あなたは?」



 青年は、今存在に気付いた、という反応。愛海の傍ではどんな人も存在が霞むので、仕方ないことだ。



「ヒカリさんの友人です」


「ヒカリさんのご友人ですか! あなたもお綺麗ですね! では、あなたもご一緒にいかがでしょう!?」


「いえ、私もヒカリさんも遠慮します。私たちは予定がありますので、もう話しかけないでください」


「そうおっしゃらずに! 僕、本当にBランクの探索者なんです! ほら! 探索者証!」



 青年は流歌の手を振りほどき、懐から探索者証を取り出す。確かにBランクの探索者らしいが、だからなんだという話でもある。



「Bランク探索者って結構すごいんですよ!? 月収は五百万を軽く越えます! その気になればもっともっと稼げます! 魅力的じゃないですか!?」



 流歌は深い溜息をつく。


 探索者の中には、こういう思い上がった奴が少なからずいる。それなりに実力が有り、高収入なのは確かだろうが、品性や謙虚さや常識をどこかに落としてきてしまう。



「……はっきり言わないとわかりませんか? 私たちはあなたに全く興味がありません。今すぐ消えてください」



 流歌は半ば殺意を込めて青年を睨む。そこで青年も気づいたのだろう。目の前にいるのが、ただのか弱い小娘ではないといことを。



「……ちっ。お前も探索者かよ。誰だか知らねぇけど、俺はBランクだぞ? 木端な探索者が俺に歯向かおうとするんじゃねぇよ」



 急に態度を変える青年。どうやら今までの軽薄な態度は、ナンパのための演技だったらしい。



「……木端な探索者、ですか。まぁ、そうですね。私は無名で実力もいまいちな探索者です。でも、だからってあなたの言うことに従わなければいけないわけではありません」


「うっせぇよ。とにかく二人ともついてこいよ」



 青年の気配がまた大きく変わる。おそらくは威圧系のスキルで、流歌たちを脅している。


 普通の女性であったなら、これだけで萎縮してしまい、青年の言うことに従うのだろう。


 しかし、流歌にこの程度の威圧は通用しない。



「……地上でみだりにスキルを使用することは禁じられています。そして、その行為は刃物を相手に向けるのと同じです。喧嘩を売ったからには、反撃される覚悟があるってことで間違いないですよね?」


「はぁ? てめぇが俺に勝てると思ってんのか? その気配、どう見ても弱小探索者だろ」


「そうですね。でも、弱小には弱小の戦い方があるんですよ」



 青年が見ているのは、流歌が宿している魔力だろう。それが感じ取れるくらいの実力はある。


 一般的には、魔力の多寡で相手の実力は推し量れる。魔力と言いつつ身体能力の強化や剣術にも使うので、魔力量が多い者が強い、というのが基本。


 しかし、流歌はダンジョンでのソロ活動を行ううち、魔力を隠蔽する技術を身につけた。隠密系のスキルほどではないが、魔力を隠蔽すると魔物に見つかりにくくなる。普段からずっと隠蔽しているため、傍目には非常に弱く見えるのだ。


 もっとも、それを丁寧に説明してやる義理など、流歌にはない。



「は! 強がりやがって! その実力、見せてみろよ!」



 青年が殴りかかってくる。が、流歌はそれを軽くかわして、相手の勢いを利用して背負投げ。


 かなり強めに、青年を地面に叩きつけた。




「がっ」


「これは正当防衛ですからね」



 続けて、流歌は青年の頭にデコピンを一発。頭が弾け飛ばないように上手く調整したので、青年の命がここで終わることはない。ただ気絶しただけだ。



「やれやれ……」



 一仕事終えて、流歌は深く溜息。


 すると、様子をうかがっていた周囲の人からパチパチと拍手。かっこいー、などと称賛の声も上がった。


 流歌は気恥ずかしくなり、軽く手を上げつつも、愛海の手を引いてすぐにその場から離れた。


 急ぎ足で歩きつつ、愛海はにんまり笑顔で言う。



「いやー、やっぱり流歌さんはかっこいいよね! 素敵! キュンキュンしちゃう!」


「……面倒な男に絡まれても、全然平気そうだな。ああいうのに結構声を掛けられるんだろう? うっとうしくないか?」


「大丈夫だよー。普段一人で歩くときは、人除ひとよけの魔道具使うことにしてるから」


「……なるほど。それなら、今も使った方がいいんじゃないか?」


「むしろナンパされて、流歌さんに助けられたい! 流歌さんかっこいいんだもん!」


「……愛海さんって私のこと好きすぎない?」


「うん! わたしの最推しなので!」


「ああ、そう……」


「さ、気を取り直してチャペルへ行こう!」


「行き先はカフェだ」



 急ぎ足で歩き、カフェにはスムーズにたどり着いた。しかし、その後のショッピングの最中には、愛海は五回も見知らぬ探索者男性に声をかけられていた。流歌は仕方なく、それらを追い払う王子様を演じることになった。


 愛海の性格はだいぶヤバいと知れ渡っているはずなのだが、むしろそこがいいと思う探索者も少なくないらしい。あるいは、単に見た目が良ければ性格などどうでもいいのかもしれない。


 のんびり過ごして、午後六時過ぎ。


 流歌の持つ緊急連絡用のスマホに、探索者協会から連絡が入った。このスマホは協会から支給されているもので、ダンジョン関連で何か急ぎの事態が起きると連絡が来る。


 今日もまた、消息不明になった探索者がいるらしい。


 もっと自分の実力にあった場所で探索してくれ、と流歌は思うが、積極的に危険を冒せるのも、人が死なないダンジョンの面白さ。流歌はその面白さを理解しているので、今日もお仕事を引き受けてやることにした。

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