第4話 休日

 そもそもの話。


 地球上にダンジョンが現れたのは、二十年ほど前。流歌が生まれてくる少し前のことだ。


 ダンジョン内には創作物の世界に登場するような魔物が生息していて、長期間放置されたダンジョンからは、魔物が地上に出てくることがある。


 ダンジョン出現当初、突然の出来事に世界は大混乱に陥ったし、魔物の被害で壊滅した都市もある。しかし、今ではダンジョンとの付き合い方も概ね確立され、落ち着きを取り戻している。


 ダンジョンが発生した原因はわからない。ただ、ダンジョンが発生すると同時に、人間は特殊な力を目覚めさせるようになった。代表的なのは魔法で、魔力を消費して火や風を生み出せる者も現れた。


 その特殊な力はスキルと呼ばれ、人がダンジョン産の何かに触れると、まずは何かしら一つのスキルを習得できる。


 訓練次第で新しいスキルを得られるのだが、剣術特化の者が魔法を覚えるのは難しいなど、いくつか制限があるらしい。その法則性はある程度解明されているものの、完全にはわかっていない。


 ダンジョンの数は、世界に数万とも呼ばれている。難易度や深さはまちまちで、流歌が拠点にしている幻陽のダンジョンは、地下八十六階まで発見されている。要するに流歌が一番深くまで潜っているのだが、最深部に到達した者がいないため、地下何階まであるかは不明だ。


 ダンジョンからは、現代の生活に欠かせない物品が数多く産出されている。


 特に、魔物から取れる魔石は電気に代わるエネルギー源で、非常に重宝されている。他にも色々な魔道具が見つかっていて、様々な分野で利用されている。


 ダンジョンに入り、その有用な物品を持ち帰る人たちのことを、探索者と呼んでいる。


 そして、ダンジョンにおける奇妙な特徴として、ダンジョン内で死んだ人間は、魔法で生き返ることができる。


 仕組みは概ねわかっている。どうやら、ダンジョン内で死んでも、人の魂はダンジョン内に囚われてしまうらしい。肉体を元に戻せば魂が肉体に戻り、人が生き返るのだ。


 死んでも生き返ることができるため、探索者になるものは多い。ゲーム感覚で探索を楽しんでいる者もいる。


 ただ、生き返るといっても、死ぬときの痛みや苦しみはもちろんある。それがトラウマになり、精神を病む人も珍しくない。


 そんな中で、流歌も本来は探索活動を楽しんでいる側の人間だ。ダンジョンは不思議に満ちているから飽きないし、自身の能力を高めていくのも楽しい。小学生のときから暇さえあればダンジョンに潜り、半ばダンジョンで生活しているうち、流歌は随分と強くなっていた。


 今の探索者ランクはBランク。上から順に、S、A、B、C、D、E、Fとなっているうちの、Bだ。


 戦闘力だけならSランク相当とも言われるが、Aランク以上に上がるには、人格面でも優れていなければならない。その基準は曖昧だが、死者を前に不謹慎な発言をするとか、ダンジョン内で遭遇した犯罪者をサクッと殺すとかしていると、評価は下がる。


 逆に、探索者協会からの特別な依頼を率先して引き受けるとか、困っている人を積極的に助けるとかすると、評価は上がる。


 流歌は評価が下がる言動を平気でするし、評価が上がることをほとんどしないので、人格面での評価は低い。万年Bランクに留まるのは、こういう理由だ。


 流歌はその評価を受け入れている。人格者であることを求められるなんて窮屈すぎる。


 Aランク以上になることに、メリットは確かにある。何もしなくても月々数百万円の活動資金が支給される上、色々と特権もある。


 しかし、流歌はそれらに興味がない。お金は十分に稼げているし、ダンジョン外で使う特権も必要ない。


 流歌はただ、好き勝手にダンジョンを探索していたいだけ。本質はそれだけで、死体回収の仕事だって、どうしてもと頼み込まれて、仕方なく引き受けているのだ。



 *



「流歌さーん! 今日はどうしたの? 珍しく昼間っから地上にいるなんて!」



 先日の死体回収から一週間。午前十時すぎに流歌が繁華街を歩いていると、愛海まなみに声をかけられた。どういうわけか、流歌が地上を歩いていると、高確率で愛海と遭遇する。


 どういうわけか、というか、おそらく愛海は流歌に発信機的な物を付けている。あるいは何かの魔法を掛けられているのかもしれない。


 特に生活に支障もないので、流歌はそれを放置している。それに、大学には進学せず、企業務めもしていない流歌にとって、友達と呼べるのは愛海だけ。呼ばなくても向こうから勝手に会いに来てくれるのは、むしろありがたいことですらある。



「こんにちは、愛海さん。たまにはカフェでも行ってのんびりしようかと思って。一緒に行く?」


「うん! 行く!」



 流歌の誘いに、愛海は満面の笑みで即答。さらに、愛海は必要以上に流歌にピタリとくっついて、腕を組んでくる。


 この距離感も愛海の平常運行。慣れているので、流歌は特に気にしない。



「それにしても、流歌さんは相変わらず地味な服を着てるねー。たまに地上で生活するときくらい、おしゃれな服を着たら?」


「私はおしゃれとかにあまり興味がないんだ」



 流歌は、適当にカットソーとパンツを着て、肩にサコッシュをかけている。セミロングも髪も、やや乱雑にポニーテールにしているだけ。せめてものおしゃれというか、身バレ防止のため、魔道具で髪の色は黒からブラウンに変えている。おしゃれとは言い難いかもしれない。


 一方、愛海は爽やかな空色のワンピースを着て、ネックレスやピアスなどでばっちり装飾。お化粧もリップも完璧で、爪にはキラキラしたマニキュアまで塗られている。髪と目の金色も相まって、どうしたって人目を引く華やかさがある。



「流歌さんは可愛くてかっこいい美人さんなんだから、着飾らないともったいないよー。ねぇ、わたしが選ぶから、カフェの後に服を見に行かない?」


「……いや、さっさと帰ってまたダンジョンに潜る」


「じゃあ、カフェの後はショッピングデートね! 楽しみだなぁ!」


「……おい。私の言葉、聞いてたか?」


「ん? わたしの耳、女の子にあるまじき発言は聞こえない仕様になってるんだけど、何か言った?」


「……なんでもない。まぁ、普段はダンジョンに潜ってばっかりだし、こういうときはちょっとぶらぶらするのもいいか」


「そうそう! ぶらぶらしよう! そして最後は二人でお泊りね! ホテル予約しておいたから!」


「普通に帰るよ。女の子として、貞操の危機を避けなければならんので」


「ぶぅー。つれない人!」



 主に愛海のお陰で賑やかに道を歩いていると。



「あ、もしかして、ヒカリさんですか!? 僕、あなたのファンなんです! 僕と食事でもどうですか!?」


 二十代くらいの青年が、愛海に声をかけてきた。

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